第117話イナイは少し帰ってこれないそうです!
『タロウ、聞こえるか?』
「は?」
部屋でのんびりしていると、唐突にイナイの声が聞こえた。きょろきょろと周りを見回しても、イナイの姿は無い。
そもそも探知に引っかかっていなければ、転移した形跡もない。
「タロウさん、腕輪じゃない?」
シガルが俺の腕輪を指さして言う。ああ、なるほど。
『あれ?お前あたしが腕輪で話してるの見てただろ?』
「見てたけど、その使い方は教えてもらってないから、てっきりこっちには付いて無いのかと」
『ああ、すまん。帰ったら教えるよ』
腕輪の操作は、手で操作するだけでは機能しない物が有る。たぶんこの機能もその類なんだろう。
ただ、リンさんが持っている腕輪だけはその限りではないらしい。だから絶対失くすなと言われていると聞いた。
あの腕輪だけは、誰でも気軽に操作ができるそうだから、当然と言えば当然。
『少なくとも2、3日戻れそうにない。すまん』
「いいよ、気にしないで」
『ありがとうな。その間別に王城で待ってなくてもいいからな。
あの王、あたしが居たから大人しかったが、お前たちだけだと何してくるか分かんねえし、戻るまで街の宿に居たほうがいいかもな。
やりすぎた罪悪感でちっと考えが回ってなかったが、アロネスに少し指摘されたんだ。あんまり対応が素直すぎるってな』
アロネスさん鋭いなー。あの人なんで普段あんななんだ。
「大正解」
『なんかあったのか?』
「娘との婚姻話持ち掛けられた」
『・・・なるほどな。それであの契約か。なるほど、確かにあの契約で何の問題もねえわ。上手く行けばだがな』
「俺は難しい話はよくわからないけど、どうしたらいいかな?」
『今回に限っては多分、お前らしくしてれば問題ねえな』
俺らしく?どういうことだろう。イナイには何か先が見えてるらしいけど、教えてくれないのかな?
「詳しくは教えてくれないの?」
『教えたら顔に出るからしない』
「酷くね?」
『お前なら大丈夫だから、気にするな』
これは信用されてるのだろうか。いや、思考が読まれるから教えないと言う点で信用はされてないな。
でも信頼はされてるのかな?流石にそう思わないと落ち込みそう。
『それとも、その娘に惚れたか?』
「無理。あれは多分無理」
イナイの言葉を即座に否定する。あの子はかなり裏表があると見た。そういう子は俺には無理だ。
『そっか。なら大丈夫だろ』
「まあ、イナイがそう言うなら信じるけどさ」
ちょっと腑に落ちない。まあ、駆け引きだなんだのは出来ない自覚はあるので、知らないほうがいいのかなぁ?
ただなんか、聞こえる声が少しほっとしたように感じたのは俺の願望だろうか。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんが戻ってくるまでは私ちゃんと我慢するから心配しないでね」
それまで大人しく話を聞いていたシガルが腕輪に向かってよくわからない事を言う。
何の話だろう。何かやる約束をしてたのだろうか。
『シ、シガル!!』
「あ、でも、お姉ちゃんは別にそういうの気にしなくてもいいからね?やっぱり一番はお姉ちゃんなんだと思うから」
『おい、こら!ちょっとまて!』
「・・・なんの話?」
「内緒ー」
『くっ、タ、タロウは気にするな!』
なんだか二人だけで話していた事が有ったらしい。まあ、そこは突っ込みいれるのは野暮だろう。
わざわざ俺の知らない所で話してた事らしいし、イナイの様子から聞いてほしくなさそうだし。
『ったく・・・。あ、ハク』
『ん、どうした?』
『老竜には、聖地以外は人の手に任せるように話しておいてもらえないか?』
『分かった。伝えておく。タロウもそれで良いんだろ?』
聖地っていうと、あの国境の街か。まあ確かにあそこは守ってもいいよな。領主さん竜崇めまくってるし。
俺はハクの問いに頷く。
というか、ナチュラルにイナイの意見は肯定すると思われているな。
『とりあえず報告はそれで全部かな。もしかしたらもう少し遅くなるかもしれない。その時はお前らの好きに動いてくれてて構わない』
「ン、わかった。まあとりあえず組合でのんびり仕事でもしとくよ」
『わかった。じゃあ、またな』
「ん、またね」
「お姉ちゃん、無理しないようにねー」
『お前こそな』
そこでイナイの声は聞こえなくなった。しかし通信機能か。すごいなーホント。どこまで届くんだこれ。
いや、あの映像通信が国の端から届くことを考えれば当然か。
「さて、じゃあ、今日は泊まるとしても、明日は城を出ようか」
「うん、わかった!」
『私はまた、老に話をしてくるな』
「ハク、また飛んでいくの?」
『ああ』
「転移使わないの?」
『苦手だし、飛ぶ方が楽しい』
あ、苦手なんだ。それに空を飛ぶのも、ハクにとってはいい息抜きになっているのかもしれない。
普段ずっと姿を変えてるわけだし。たまには竜の姿で思いっきり飛びたいんだろう。
「すぐ行くの?」
『そうだな、今から行って来る』
ハクはそう言って服を脱ぎだす。俺はまたその手をがっと掴んで止める。
『何をする』
「ハク、頼むから唐突に脱ぐの止めて」
『?』
ハクは意味が分からないと言う表情だ。庭での一件で理解してくれたと思ってたのに。
「お願い」
『・・・わかった』
心底不思議そうな顔をしながら俺の願いを聞き入れる。
『じゃあ、どうすればいい、このまま飛べばいいのか?』
「人が見てるところで脱ぐのを止めてくれれば良いから。今も俺が向こうを向いてる間にしてね?」
『・・・・・・・わかった』
ものすごく溜めてから言ったな。なんか納得できないみたいだな。
俺が後ろを向くと、ハクが服を脱ぐ音が聞こえる。
『終わったぞ』
「ん」
振り向くと、シガルがきちんと服を畳んでた。下着は別にしていた。いやうん、気にしない。気にしてはいけない気がする。
ハクも意向を理解してくれたのか、竜の姿になってる。よかった。
『じゃあ、行ってくる』
ハクは窓から身を乗り出し、飛び出す。次の瞬間咆哮が響き、成龍が現れ飛び立つ。
同時に城の人たちがバタバタと動くのが分かる。いやまあ、そうなるよね。
しばらくして、コンコンとノックの音がし、ドアを開けると文官さんの一人が立っていた。
「失礼します。国王陛下から、先ほどの咆哮はハク様なのかを確認するように仰せつかったのですが」
「あ、そうです。驚かせてすみません」
「いえ、ハク様ならば問題ありません。ハク様はまたどちらかに行かれたのですか?」
「ええ、また山に少し。あ、あと俺達も明日には城を出ようと思ってます」
「明日、ですか。分かりました。陛下にお伝えしておきます。失礼しました」
ぱたんとドアを閉めて、ゆったりと去っていく。と思いきや、ある程度離れるとぱたぱたと走り出す。
まあ、普通ならそこまで離れたら気が付かないからそうなるか。
「仕掛けてくるなら今夜か、明日の朝かな?」
シガルが物騒な事を言う。
「仕掛けるって、何を?」
「分からないけど、お姉ちゃんの言い方だと、このまま城を出してくれるとは思えないかなって」
なるほど、確かに何かを企んでるなら、出るまでに何か仕掛けてくるのかも。
「念のため、シガルは俺から離れないようにして」
「ん、わかった」
返事をしつつ抱き着いてくるシガル。うん、そういう意味じゃないから。
「シガル、分かってやってるよね」
「もちろん!」
にこやか返してくるシガル。俺は苦笑しつつ頭を撫でる。
「じゃあ、今日はもうのんびりしてようか」
「今日は鍛錬しないの?」
「うん、シガルも疲れたでしょ」
「んー、体はハクが治してくれたからそこまでかな。でも今日は確かにもうやりたくないかも」
あれだけやればそりゃ、もう今日はやりたくないだろう。結局何人とやったんだろう。
俺も一度ああいうのやってみようかな。相手してくれる人が居るのかどうかが分からないけど。
日が暮れる少し前に、王が食事に招きたいと、伝えが来た。
おそらくあの娘も同席してるんだろうなー。やだなー。とか思いながらその場に向かう。
場につくと、案の定娘がいた。にっこにっこしてるけど、騙されないぞ!
シガルも同席している。ハクはまだ帰ってきてない。
「タロウ殿の口に合うといいのだが」
「この国の食事を気に入って頂けると嬉しいです」
なんて感じの当たり障りない会話をしてくる王と娘に促され、最初に出されたスープを口につける。
スープを飲み込んで、もう一杯抄おうとした時点で異変に気が付く。
体をめぐる気功の力。生命の力。その流れが乱れた。
以前、アロネスさんに言われて、毒物を摂取して、技巧具や、呪具で取り除くと言う事を経験させられた時にも、似たようなことが起きた。
気功仙術を会得していると、自身の体が普段と違う状態に変化するのが分かると、その後ミルカさんから聞いた。
俺はスープからシガルに目線を移すと、スープを抄おうとしているところだった。俺が先に食べるのを待っていたらしい。
王と娘に目を向けると、二人も似たような状況だった。もしこれに毒物が入っているとして、即効性だったらやばい。
俺は平気だ。だって腕輪が有る。この腕輪、アロネスさんが暗殺対策に毒物除去の呪具も込めてあるらしく、即効性の毒物でも、一時体調が悪い程度で済む。
因みにそれも一度経験させられた。滅茶苦茶気持ち悪かった。
ともかく、止める。口に入れるなと言って止まればいいが、止まらなかった時が怖い。
人間を止めるにはどうすればいいか?
驚かせると大概の人間は止まる。何をして驚かせるか。ちゃぶ台返しだな。それしかないな。
うん、やってみたかっただけじゃないからね?
俺はテーブルを掴んで、皆に被害が出ない方向にひっくり返す。
案の定みんなは驚きに固まる。やったぜ。なんか妙な達成感がある。
「タ、タロウさん、どうしたの?」
「スープの中に、何かの薬が入ってた」
俺のその言葉に、シガルは驚き、王と娘も驚愕の表情になる。
「く、薬だと?そ、それは真実だろうか?」
詳しく説明しても分からないだろうし、薬が入ってると分かる程度でいいかな?
「ええ、俺は薬物が体に入ると、分かるんです。さっきのスープには間違いなく何かしらの薬が入ってました。俺以外の口に入らないようにテーブルを返しました。驚かせてすみません」
「い、いや、いいんだ。す、すまない、この事はすぐ調べる」
「ええ、お願いします。この後に出される分の食事も少し怖いので、そちらも調べて下さい。俺達は一度部屋に戻ります。いいですか?」
「あ、ああ、まことに申し訳ない」
「た、度々不愉快な思いをさせて申し訳ありませんタロウ様」
王と娘が二人そろって頭を下げる。自分たちが狙われたのかもしれないのに。
「気にしないでください。それよりも気を付けてください。あなた達の普段の食事にも入れられていたのかもしれない。どんな効果があるのかは分かりませんが、良いものではないでしょう」
「わ、わかった、そちらも詳しく調べておこう」
その言葉に満足し、頭を下げて部屋を出る。振り返るとバタバタと使用人さん達が片づけを始めるために集まっていた。
それを眺めながらゆっくりと歩きだす。
「最初に口を付けたのが俺でよかった。シガルが入れてたらと思うと、怖い」
「でも、タロウさん、なんで平気なの?」
「コレコレ」
腕輪を指さす俺を見て、ジト目になる。
「その腕輪、便利過ぎると思う」
「俺もそう思う」
でもまあ、実は腕輪なくても平気だったりする。さっきの通り仙術で流れの乱れが感知できるし、すぐに魔術を使えば間に合う。
それにやろうと思えば、仙術で無理やり流れを正常にすることもできるので、腕輪が無くても毒物は通用しないようになってる。
「私もその腕輪欲しいなぁ」
「イナイに頼めばくれると思うよ?」
「くれそうだから言えないんだよ・・・多分それ一個で凄い値段するよ。家なんか庭付き豪邸が余裕で買えるよ」
「・・・まじか」
分かってなくて使ってたよ。怖い。なにそれ怖い。これ一個でそんなにか・・・。
「私もそういうの気にしないようにしないと、もたないかなぁ?」
「たぶん。あそこで暮らしてた身からすると、細かい疑問は持つだけ無駄だと思った。受け入れると楽」
「タロウさんは受け入れが上手すぎると思う」
ああ、なんかイナイにもそんな事言われたな。受け入れが良すぎるって。
でもまあ、受け入れるしかないと思ってたし、その辺はしょうがない所があると思う。
「さて、食事は手持ちの材料で作りますか」
「うん、一緒に作ろう!」
シガルと二人で厨房を借りて、食事を作りを楽しむ。
一人でやるより楽しい。効率は気にしない。さて、これ食ったらもう寝るかな。
明日は早朝から動こう。
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