第116話王女様の憤慨ですか?
「この!この!この!」
手に持ったナイフを人形に何度も何度も刺して、ズタズタにし、引き裂いて中をぶちまける。
「くそっ!」
人形の首と胴を切り離し、頭を刺して壁に貼り付けにする。
「はあっ、はあっ、はあっ」
何度思い返しても腹立たしい。あの男、私を値踏みすらしなかった。最初からまるで眼中になかった。
私の演技に騙されて同情はしたみたいだが、それだけだ。
平民のくせに!王族である私に頭もまともに垂れず、跪く事も無く、興味すら持たなかった!
「荒れているな。クエル」
私の名を呼ぶ声に振り向くと、父が立っていた。
「荒れている?荒れていますとも。ええ荒れています!こんなに我慢したのは久々です!いえ、初めてです!!」
声を大きくできるだけ大きくして、父に叫ぶ。あまりにも不愉快だ。こんなに不愉快なのは本当に初めてかもしれない。
「なんなのですかあの平民は!私は王族なのですよ!お父様にもです!この国の王に対してあの男は気安すぎます!!なぜあのような男を!!あのような男が!!!」
「すまんな。だがあれに逆らえば、今度こそ本当に我らが滅ぶ。国ではない。我らが、一族すべてが消える日になりかねない」
分かっている。理解している。事の顛末はしっかりと聞いている。
その場に居なかったから信じないなどと、世迷言を吐く気は無い。
父が言っている。この国の王をやっている父が、あの男に頭を下げた。それを知りながらあの男の力を信じられないような愚か者ではない。
「初めての屈辱です。亜人や平民に媚び諂うなど!!」
「あの男の前では絶対に口を滑らすな。あの男は亜人という言葉を大層嫌っていると言う話だ」
「ええもちろんです。言いませんとも・・・!」
「それに彼女は亜人ではない。本物の竜だ」
「分かってます!でもあの姿で話されると、どうしても亜人に見下されているようで腹立たしいのです!!」
あれが竜だと理性で分かっていても、心がそれを許さない。亜人が頭も下げず、目の前にいるようにしか思えない。
腹立たしい、ああ腹立たしい。あの女の得意げな顔をナイフで刺してやりたい。
「お父様、どうしてもあの男を落とさねばなりませんか?」
「頼む。あの男を身内に引き入れれば、それだけで竜が手に入る。のみならずウムルの上層部にも食い込める」
「イナイ・ステルですか・・・・」
「ああそうだ。あの女と錬金術師ネーレスの地位は他の英雄たちよりも上だ。貴族としての地位は他の者と同じだが、あの二人は国の利益の大半を握っているに等しい。
あの女の言葉と行動は、ウムルに少なくない影響を、いや、多大な影響を与える。
貴族、平民問わず、あの女の存在はウムルでは絶大だ。下手をすればウムル王よりも発言力がある女だ」
ウムルという国を支えた二人。戦うだけが能の者達と違い、復興の要となった二人。
他国の者たちが大人しく迎合されたのも、あの二人の力がかなりを占める。
滅んだ地の民を、生きているなら受け入れ、自国民として扱い、生活の基盤を与えていった。
「あの女が国に来ると知り、少しでも接触できればと思っていたのが、今や国が亡ぶか滅ばぬかの瀬戸際だ。何が起こるかわからんものだな・・・」
悔しそうに目を伏せて呟く父に、八つ当たりをした罪悪感がわく。
「ごめんなさい、お父様。お父様のほうがお辛いのに」
「いや、構わん。私が不甲斐無いせいでお前に無茶を言っているのだからな」
「ですがお父様、あの男を落としたとして、イナイ・ステルが素直にいう事を聞くでしょうか?」
「流石にそれは分からん。だがあの女はあの男にかなり入れ込んでいる。多少の影響は与えるだろう」
つまり多少でも構わない。その多少でもかなりの影響があると踏んでいる。
それだけの力を持っているのだろう。ますます腹立たしい。何故この国に来たのか。あいつさえ来なければこんな事には!
「くうう・・・」
「苛立たしいのは分かる。すまん」
「いえ・・・」
気持ちを無理矢理押さえつけ、思考を冷静に働かせる。そうすると、まず何よりもの問題点を父に相談しなければならない。
「お父様。お父様の意向は理解しています。ですがこのままだと実現できません。あの男は私に女としての魅力を感じていません」
「あの男は幼子が好みだと踏んだのだが」
「おそらく違います。あの男の視線は私に向いていましたが、一切の興味を持っていませんでした」
「そうか・・・・」
間違いなくあの男は私に興味を持っていない。むしろ面倒とすら思っている気がある。
それをどうにかこちらに向かせなければいけない。おそらく色仕掛けをしても無駄だろう。少しでも興味を持っているのであればいいが、あの目にそれを期待するのは無理だ。
「お父様、あの薬を使ってよろしいですか?」
「・・・量を間違えるなよ?もし殺してしまえば取り返しがつかん。お前は知らんだろうが、あれの横に居た娘だけで、我が国の騎士の半分を相手にできる力量を持つ」
「あ、あの娘がですか!?」
あの平民の娘は、ただ付いて来ているだけの、ただの娘ではなかったのか。
あんな小柄な体のどこにそんな力があるのか、まったく理解できない。
「私も驚いた。だが事実だ。そしてあの竜はあの娘も気に入っているらしい。下手を打てば一瞬で終わる。そのことを覚悟の上で使うならば、許可しよう」
「・・・ならば全員に使うしか無いでしょう。途中で邪魔をされても困ります」
「やむを得ぬか。このままでは本当にただ属国になって終わる。あの時はあれしか選択肢が無かった。あの女はこの国の在り方を変えさせることでしか、許す気が無かった・・・!」
後半は声を荒げながら、悔し気に壁を叩く。父も私と同じく、腹の内は怒りで満ちている。
謁見の場でイナイ・ステルと相対しているときは、諦めの気持ちが強く出ていたらしい。
だが、大人しく傀儡になるなど認められるものではない。ウムルと交わした契約は、それらをすべて隠すための物でしかない。
「このままでは我らは、ただ有るだけの王族になる!そんなもの許せるものか!あの時どんな契約内容を交わそうが、結末は決まっている。ならばあの契約など飾りだ」
「ええもちろんです。お父様。私はやりますよ」
「頼む。鍵は渡しておく。やれ。やってしまえ」
「ええ。後悔させてあげましょう。彼女に。そしてあの男を傀儡に」
先ほどまでの腹立ちがどこかに行ったように楽しくなってきた。
失敗すれば酷い事になるのは分かっている。けど、やらなければ私たちは人形と同じ。
人形になどなってやるものか。絶対にあの男を跪かせてみせる。
ああ、それは気分が良いだろう。とてもとても気分が良い。
タナカ・タロウ。この国に来た事がお前にとっての最大の幸福にさせてあげます・・・!
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