第98話野営の一幕です!

ぱちぱちとなる焚火を眺めながらあくびを噛み殺す。

夜の番は出来ない事は無いが、普段ががっつり寝ているので、頑張らないと寝そうになる。

眠気覚ましに体を動かすかな。


剣を置いて、構える。とはいってもあんまり熱中しすぎて何かの接近に気が付かないでは問題なので、軽くだ。

一通り型を流して息を吐く。


「眠たかったの?」


俺に声をかけた人のほうを見る。シガルだ。見てるのは気が付いていたが、話しかけてこないのでそのままにしていた。


「体動かしてないと眠くて」

「あはは、じゃあ、ちょっと組手の相手してもらえる?」

「ん、いいよ。どっち?」

「やった。剣だと他の人に迷惑だから、無手で」


シガルが構える。軽くなのでお互いに強化は一切無しだ。


シガルが踏み込み、力の籠った掌を腹に打ち込んでくる。その掌を右膝で蹴りあげる。

シガルはいたそうな顔をしながらも止まらずに、俺の左に回り込み、俺のわき腹を狙う。最初から掌打は囮。

俺はその攻撃を肘で撃ち落とす。


「うっ、つぅ」


シガルはそれでも止まらない。その場で跳躍し、浴びせ蹴りを放ってくる。俺はそれを受けずに少し下がって躱す。

シガルは素晴らしいバランス感覚をしているようで、そのままきれいに着地したと思ったら、また懐まで突っ込んでくる。


今度は最初のような全力掌打ではなく、細かく、手数を放ち、手痛い迎撃を避けつつ、一撃を入れるタイミングを狙う。

俺はそれをいなしながら、前に出る。シガルはじりじりと、下がりながらも手は止めない。

だが、トンと自分の背に障害物がある感触を知ると、真上に飛んで、一番高い所で後ろにあった木を蹴って俺の頭上を通り過ぎざまに蹴りを放つ。


俺はそれを躱しつつ、足を取る。シガルは反射的に反対の足で蹴りを放つが、とった足を押し上げ体勢を崩し、蹴りを大きく逸らす。

シガルは背中から地面に落ち、受け身を取るものの、すぐには起き上がれず、俺の蹴りをトン、と軽く腹に受ける。


「うっ」

「シガルはやっぱり軽いね。体重が無いから素の状態だと大技はやらずに、細かい手で攻撃したほうがいいよ。軽いとはいえ、ちゃんと鍛えて打つ位置もわかってる。綺麗に決まればそこそこ効くんだから」

「はーい」

「あと、そっちの戦法に移行したときも、さっきみたいに相手の土俵に立たずに、もっと移動したほうがいい。シガルは速さはあるんだから、そっちで戦わないと大人には勝てないよ」

「うー、早く大きくなりたいなぁ」


シガルがボソッとつぶやく。まあ、イナイはあの体格で、素のままでも強いのだけども。

というか、ミルカさんには確かに劣るが、イナイも無強化でとんでもなく強いんだよなぁ。足りない筋力を技術でカバーしてる感じだ。

本気の戦闘なら強化を使えば俺なんかよりよっぽど強い。


「シガル、手を出して」

「うん!」


俺は迎撃で撃ち落とした部分を治療する。治療しながらこの子の一番強い部分はここだろうなと思った。

普通なら、最初の2発を迎撃されたら一旦止まると思う。けどこの子は止まらない。明確に『負け』が確定するまではこの子は攻撃の手を止めない。

そういう教えなのかなと思って聞いてみたら、別にそういうわけじゃないと言う。

痛いだろうその手で、動かせるようになったからといってまた掌打を打ち出しに来るあたり、かなり心が強いと思う。

この子の短期間の強化の理由はここにあると思う。


でもさすがに時間は嘘をつかない。

それこそこの子は濃密な訓練をしたんだろう。俺と同じく、とんでもない人たちの技量に引き上げられて。

けど、だからこそ俺と一緒でまだまだ出来上がっていない。

だから最終的に、本気の戦闘になると魔術を使う。当然といえば当然だけど、この子の筋力と技では、ずっと鍛えた、技量の高い大人には勝てない。

だから足りない分を強化魔術で補う。そしてそれでも足りないからスピードで攪乱する。

フーファさんにシガルが挑んだとき、『本気』でやったらおそらくシガルは負けた。きっと彼女もわかっている。

フーファさんはそれに気が付いているから、心配していたんだろうな。


「やっぱりまだまだだね」


シガルはそういうが、普通に考えればシガルは強いというか、強すぎるんじゃ?とは思う。

それに、疑問に思う事が有る。彼女は魔術師になりたいと言っていた。もちろん彼女は魔術の腕も磨いているが、これでよかったのかという疑問はある。


「シガルは魔術師になりたかったんだよね」

「え?うん、そうだけど」

「今のシガルは純粋な魔術師からはだいぶ離れてる気がするけど、いいの?」


これは前から思っていたことだ。俺の発言というか、俺を鍛える環境を知った後、シガルはかなり無茶をしている。

むしろ無茶をしなければここまでにはなれないはずだ。自分の夢を後において、彼女は俺と同じ技を修めるほうを選んだ。

彼女自身が決めた選択だ。いちいち何かを言うのはおかしいとは思うけど、気になっていた。


「いいの。目標をみつけたんだ。そのためには大事な事だから。いいの」

「そっか」


目標か。それならいいのかな。


「良い動きだな。そのお嬢さんも、護衛を受けるだけの実力があったという事だな」

「フェレネさん、交代ですか?」

「ああ、交代だ。気配を消してきたつもりだったのだが、気が付かれていたか」


ええばっちり。隠れてみてるのは分かってた。まあ俺の場合魔術で探知してるので、気配とやらをいくら消しても関係ない。

魔術で妨害しないと無理です。


「二人とも見た目ではわからない実力の持ち主なんだな。いい経験になった。人をパッと見で判断すると痛い目に合いそうだ」

「あはは。ほめ言葉と受け取っておきます。では俺は寝ますね」

「ああ、おやすみ」


ふあーと欠伸をして馬車に入る。シガルもついてきて、イナイと一緒になって眠る。

さすがに最近一緒に寝るのは慣れてきた。なんとか。偶にいろいろまずいけど、さすがにこういう道中で変な気分にはならない程度には。

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