第96話最近のウムル国内の噂ですか?
「師匠!次は何をやればいいですか!?」
「師匠はやめろ。ヘズの親父んとこにこれもってけ。あとコロエネズの婆にこっちな」
「はい、わかりました師匠!行ってきます!」
「だから師匠はやめろ」
ドタドタガタンゴトンガンドンバン。と落ち着き無い事この上ない音をさせながらバカタレが走っていく。
走っていくのもこけるのも良いが、薬ぶちまけるなよ・・・?
「ったく、騒がしい。やっと静かになった」
あいつに持たせた薬は街の端と端の住人の物だ。あいつがどれだけ急いでも、両方渡しに行くなら半日はかかる。
やっと静かに調合ができる。
「師匠!私は何をすればいいでしょうか!」
「だから師匠ってい・・・」
反射的に最近日課になっている師匠呼びを否定しようとして、声がもう20年以上も前から聞きなれた女の声だという事に気が付いた。
「リン、何してんのお前」
「やほー、アロネス。遊びに来たよ。中は半分ぐらい改装したんだね」
「そのまんま使うには傷んでたからな。いやそうじゃなくて、なんでお前『今日』きてんだよ」
「あらー?もしかして知ってた?」
「ミルカを甘く見るなよ」
「なんであの子、めんどくさがりのくせにこういう所はきちっと連絡してるかなぁ」
ミルカは定期的に俺達と連絡を取り合っている。
多分、イナイが居ないからだろう。今までならイナイがやってた事だ。
とはいえイナイほどきちっとはして無い。連絡事項が抜けるなんてのは日常茶飯事だ。
イナイも抜ける時はあるとはいえ、あいつは多すぎる。
だがあいつは、抜けると後に響く事と、身内の大事な事だけは忘れない。
「ブルベは20年近く待ってくれてたんだぞ。あいつの目にはずっとお前しか映ってなかった。
式の準備ぐらいちゃんと付き合ってやれよ。ドレス、合わせる予定だったんだろ?
あと国内に向けて正式に発表するって聞いてるぞ」
「・・・・そうなんだけど、ね」
「なんだよ、いまさら怖気づいたのか?」
「ううん、ブルベと一緒になるのはいいんだ。騎士も続けていいって言ってくれたし。
でもさ、ドレスとか見ててさ、なんか、自分がやっぱり女なんだなって、思っちゃってさ」
「あん?」
「王族の嫁に行くってことはさ、子供は絶対作らないといけないじゃない。特にブルべ、あたし以外娶る気が全くないし。
そうなるといつか戦士の私は機能しなくなるんだろうなって。女じゃなかったらこんなことに悩まなかったのかなって。ぐるぐる悩んでたら、気が付いたらお母さんに会いに来てた」
「・・・そっか」
俺は調合を続けながら相槌を打つ。
「お母さんは大丈夫だって言ってくれたんだけどね」
「まあ、あの人ほどの『母親』はそういねえだろうし、説得力あるだろ」
「そだね、お母さんはずっとお母さんだもんね」
「今何人いたっけ?」
「ドリエネズ孤児院は19人かな。戦争が終わって平和になっても孤児は居なくならないものだね、本当」
リンは今昔を思い出し、そして今の孤児の現状を嘆いているのだろう。遠い目をしている。
ドリエネズ孤児院。リンの捨てられた場所であり、リンの育った場所。その思い出を。
こいつは定期的に帰ってきて、孤児院に寄付をしている。こいつにとっては世話になった親への仕送り感覚だろう。
だからか、ここ以外の孤児院の事もよく調べてる。そして知れば知るほどこいつは気落ちして帰ってくる。
「むしろ戦争が無くなったからこその孤児も出てきてっけどな」
「やるせないよね、なんのために頑張ったんだって言いたくなる時があるよ」
「決まってんだろ。自分たちが守りたい物のためにだよ」
「はは、アロネスは相変わらずそういうところ強いよね」
「お前が実力のわりに心が弱いだけだ」
こいつはなぜか知らないが俺と気が合った。
俺はほとんどの事は要領よくこなせる人間で、こいつは猪突猛進の頭の足りないガキだった。
けど、なぜか楽しかった。何でも言い合ってもお互い根に持たない事も一つの理由かもしれない。口で言うけど、言うだけだ。本気で根に持ってることなんてない。
こいつと一緒にいると、今まで見た事無い何かが見れる気がした。
事実、王族の吹っかけてきた喧嘩まともに買った上に、ボコって逃げないっていう凄い事やりやがった。
そのおかげで今の俺達があるのだから、不思議なものだ。
俺は姿を消して、本当にまずくなったら助けるつもりだったが、見通しの甘さを後悔した。
ロウの野郎に見つかった。あの時は生きた心地がしなかった。上には上がいると、グルドよりも先に思い知らされてたんだよな、俺。
逃げるためにつかった魔術がすべて通用しなかった上に組みふされた。いやー、リンじゃないけどよく生きてるよな、俺も。
ロウは俺の目的を聞くと、悪いようにはしないと言って解放してくれた。
あの頃からだろうか、リンが俺に弱音を吐き始めたのは。
ロウの訓練を物に出来ないと嘆き、セルの力になれないと嘆き、ミルカが反抗期だと嘆き、ブルべの想いにどう答えたらいいのかわからないと嘆き。
ホント、なんでか知らないが、こいつはいっつも俺に言って来る。
「なんでお前は俺に弱音を言って来るのかね?他の連中にはあんな適当なのに」
20年近く疑問に思っていたそれを思い切って聞いてみた。
「だって、アロネスだし」
だっての意味が分からん。
「答えになってねえよ」
「あたしにとっては、頼りになる親友なんだよ。セルも親友だけど、セルには強いところを見せておきたいじゃん?だからアロネスとはまたちょっと違うかな?」
「あ、そ」
よくわからんが、こいつの中では弱音と相談は俺に持ってくるものとなっているらしい。
そいやタロウ関連でも良く持ちかけてきてたな。どう教えたらいいのかわかんないって。
「でも、もうあんまり来ないほうがいいのかな?」
「ん、なんでだ?」
「だって、あの子、アロネスのいい人なんじゃないの?」
「怖い事を言うな。なんでよりにもよって20近く年の離れたガキに手を出さなきゃならんのだ」
「イナイは出したよ?」
「お前絶対イナイにそういう事言うなよ。とばっちり俺にも来るんだから。それにタロウはもうそこそこの年だろ」
何故か知らないがイナイがリンを叱るときは俺も一緒の事が多い。全部首謀者は俺だと思ってる節がある。
それに確かにイナイとタロウは年が離れてはいるが、タロウはもう19のはずだ。特に問題は無いだろ。
だが俺の場合は、俺を師匠と無理やり弟子になりきに来た小娘はまだ8つだ。いくらなんでもあれに俺が手を出すのはダメだろ。
どこぞの変態貴族共なら有りかもしれんが、せめてあと2年は年取ってないと世間の目としても怖いものがある。
「でも、安心した」
「安心?」
「うん、アロネスはずっと一人でいるつもりかなって思ってたから・・・ごめんねあの時は」
「ばーか、お前が謝ってどうするよ。あんときブルベの奴が選択肢くれたのに、突っぱねたんだ。全部俺の決めた事だ」
そうか、こいつ師匠が死んだ事、ずっと引きずってやがったのか。バカだなお前。お前何にも悪くねえのに。
「まあ、あいつは押しかけて来ただけだし、ガキの気まぐれだろ。思いっきり使い走りさせてるし、そのうち音を上げるだろ」
「そう、かな?あたしあの子絶対折れない予感がするけどな」
「やめろ、怖いからやめろ」
こいつがはっきり言う予感は当たることが多いいから聞きたくない。
「そんな事より、ただ遊びに来ただけか?」
「ああ、そうそう面白い噂も聞いてさ、教えてこうと思って」
「噂?」
「うん、最近王都で広まってる噂。近くの街でも広まってみたい」
「もったいぶらずに内容を言えよ」
「イナイがさ」
イナイ?イナイの噂?あいつが噂になるって言ったら旅に出たことぐらいだろう。
しばらく帰ってこないって噂なら流れててもおかしくない。実際あいつセルとリンの結婚式以外は帰ってこない予定らしいし。
「イナイが、実は子供趣味で、女の子も行ける人だったって。だから今まで相手が居なかったんだって噂が流れてる」
「ぶふぇぁ!あっはっはっはっは!!なんだそれ!!あっはっはっはっはげっほげっほげっほ!!」
笑い過ぎてむせた。なんつーうわさが流れてんだ。
「イナイ、移動先でタロウと婚約者って事隠さないでいるらしくてさ。兵士の間で自分の見た目に合う幼い人が趣味だったんじゃないかって話になってったらしくてさ」
「げっほげっほ、ひー、はー、はー、で、そ、それで子供趣味ってか、な、なんで女もって話に?」
こ、呼吸が、呼吸がつらい。
「タロウにくっついていった女の子がいるのは知ってるよね?」
「ふーーーー。ああ、前にタロウに教えてもらった、タロウに惚れたって子だろ?」
「その子もイナイの相手だって思われてるらしくてさ」
「ぶふぉ・・・で・・ぷくく・女の気もあったと・・くく・・」
「いやー、面白いうわさでしょ」
こんなん笑わずにいられるか!だいたいそういう趣味だったとしても、それでっていうのはおかしいんだけどな。
あいつがその気ならいくらでも集められたはずだ。しないと思うけど。
「ひー、ひー、これイナイ知ってんの?」
「知らないと思う」
「はぁーー・・だろうなぁ」
「まあ、それ教えに来た」
「あー、あんがと、面白かったわ」
「んじゃ、あたしはもう一回家に顔出して帰る。アリガト、アロネス」
「おう、じゃあな」
アリガト、ね。俺は特に何もしてないけどな。
まああいつの中で何かが決着ついたならそれでいいか。
「あ、あと言っとくけど、あの子絶対折れないから、試す真似はやめたほうがいいよ」
「え、ちょっ!」
去り際にものすごく不吉なことを言って帰っていきやがったあいつ!
やめろよー、もう試すような真似何度もしてる上に、弱音はいたらもう来るなって言ってんだよ・・・。
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