第92話自分を見つめなおします!
黙々と様々な武器を振るう。アルネさんに教えられたとおりに、ただひたすらにその影を追う。
大剣。片手剣。短剣。長槍。手槍。手斧。戦斧。鎌。槌。棍棒。棍。
悩まずとも、考えずとも、思い出さずとも自然に動けるようになったそれらをただひたすらに。
一通りやり終わると、一つ終わるたびに放置して固めていた武器を拾い、元の場所に戻していく。
やっぱり、アルネさんの作る武器のほうが使いやすいな。訓練用に雑多に置いてあるものを使ってるんだから、当然と言えば当然だけど。
そこでやっと気が付く。なんかすごいギャラリーがいる。あれー?俺早朝に来てたはずなのになー?
あ、太陽が真上にある。
「お、やっと終わりか?凄い集中力と体力だな」
「バダラさん」
「はい、ぬるくなったけど、お茶ここに置いておくから、どうぞ」
「あ、ありがとうございますレヴァーナさん」
よく周りを見ると、ハクとシガルも来ていた。というか、レヴァーナさん達と一緒にお茶をしている。
普段は受付の奥で作業をしているおっちゃんや、組合によくいる人もいない人もなぜか訓練所に居る。
あんまり利用する人がいないって聞いてたから使ってたんだけど・・・、もしかして今日は使いたかった人が多かったのだろうか。もしそうなら申し訳ない事をした。
「今日は訓練所使いたい人多かったんですね。悪いことしたな・・・」
「何言ってんの?」
「へ?」
バダラさんが本気でよくわからないものを見る目で見てくる。
「みんな君の訓練を見てたのよ。すごいわね。剣だけじゃなくて、あんなにいろんな武器を使いこなせるのね」
「そ、そうなんですか」
「あれはもう、あれだけで金がとれるぞ」
「そ、それはさすがに言い過ぎじゃないかなと」
俺の訓練を見てたのか。なんか恥ずかしい。まあ、棒と鎌を使う人は珍しいと聞いているので、そういうところかな?
まあ、アルネさんのほうが全体的な完成度は上なんだけど。
流れは同じでも、キレとスピードが違う。あの人の動きはもっときれいだ。いかつい体に似合わないきれいな剣筋は素晴らしかった。
それでも『剣』だけに限れば、やはりリンさんのほうがはるかに上をいく。
「お疲れさま、お兄ちゃん!」
『おつかれー、もぐもぐ』
シガルとハクも声をかけてくれる。タオルを差し出してくれるシガルと、肉を食いながら片手間に言うハク。
「ありがとう。そして、ハク、その肉どうしたの」
『塩漬けの保存食らしいが、塩抜きしてくれたんだ。うまいぞ!』
「いや、調理法を聞いてるわけじゃなくてね」
おそらくレヴァーナさんだと思うのでそっちを見ると目をそらされた。いや別に責めてはいないんですよ?
出所がはっきりしてるなら別に問題ないし。
「だってね!ハクちゃん、おいしそうに食べるからね!」
目をそらしつつ力強く言い訳し始めた。ハクの何がそんなにツボに入ったんだろう。
「いや、別に変な入手法で手に入れたんじゃなかったら良いんですよ。そこが不安なだけなので」
「そ、そっか」
ホッとするレヴァーナさん。そういえばハクは食べる必要が無いはずなんだが、バックバク食ってるな。
でも自ら食べに行くっていうより、出されたものは食べるって感じだけど。
「ところで、タロウ、なんでこんなとこで訓練してんだ?いつも街の外でやってるって聞いてっけど」
「今日はちょっと、いろいろやりたかったんですけど、武器を借りれそうなのがここぐらいだったので」
「なるほど、それで朝早くからやってたわけだ」
「あれ、もしかして朝からずっといたんですか?」
「んなわけないだろ。やってるのは気が付いてたが、流石にまってらんねーって。一仕事終えてもまだやってたから飯食いながら眺めてたんだよ。でもこれなら眺めててもよかったかもな。あの動きはそうそう見る機会ねーわ」
後半は鎌と槌だったので、珍しかったんだろうな。
朝早くから訓練をしていたのには理由がある。俺の技術を再確認するためだ。
改めて自分が振るう技術を確認して、あの人たちに感謝しなければいけないことが増えた。
あの時、これだけの技を叩き込まれていなければ、途中で人を殺した事実で、動きが止まっていたかもしれない。
時間にして5秒にも満たない時間。たったそれだけの間に7人殺した。殺したんだ。
正直、この世界に来て異世界を自覚した後に、ある程度の覚悟はしていた。日本ですら強盗殺人は存在するんだ。この世界で無いなんて、希望的観測過ぎる。
荒事をやってくる相手には、荒事で返せなければ、わが身が危ういのは分かってた。けどやっぱり俺は分かってなかったんだ。人を殺すっていう事を。
人を殺したことで、自分の中の何かが崩れる感じがした。今までの自分が持っていた何かが。
きっとそれは何度も繰り返すうちに違和感がなくなっていくんだろう。苦手なものに対して根本的な部分は慣れずとも、行為そのもには繰り返せばいつか慣れていくように。
イナイは慣れるなと言った。行為そのものへの嫌悪は慣れないだろうが、行為自体はきっといつか慣れてしまう。
何度も繰り返せばいつかきっと。
分かっていたはずだ。自分がやりたいことをやるためにはこういう事が有って当然だったと。
分かっていた『はず』だったんだ。やはり分かっていなかった。だからあの時何も思考が働いていなかった。
ただただ体に叩きこまれた技術を十全に発揮して、結果を見ただけ。俺は結局殺害行為からもまだ逃げているようなものだ。
そういうことをグルングルン考えていたら夜が明けていた。
なのでそのまま訓練場に来たので、今余計に思考が働いてなくて、悩んでるけど何に悩んでるのかわからなくなってきた。
とりあえず、俺は旅を続けるのを止めるという選択肢はない。なのでいざという時のためにもできることをちゃんと確認しておきたかった。
思い出すとまだ震えてくるこれを、いつか慣れないといけない。イナイの言う通り慣れちゃいけない部分はちゃんと持った上でだ。
変な話だが、怖い事に、気持ちの悪い感覚に慣れる、というほうが俺らしい気がしてきた。きっと殺しその物にはいつまでも慣れない気がするから。
うん、ぐちゃぐちゃ悩むのはもうやめよう。明日明後日でもうここは出て行くんだ。道中で襲われない保証はないんだ。
今度は逃げない。無意識の動作じゃなく、ちゃんと自分の意志で、切る。
「よし、そうと決めたら、結局出来なかった挨拶回りしますかね」
まずは一番近くにいるこの二人に告げる。
「そっか、気を付けてね。あなた達がいる間面白かったよ。ハクちゃんあたしのこと忘れないでね~」
そういいつつハクを抱きしめる。ハクは『?』という感じだった。
「気を付けてな・・ってもお前たちなら大抵のことはどうにかなっちまうんだろうけど」
「あはは、それでもありがとうございます。気を付けます」
「おう、元気でな」
二人と軽く雑談した後、組合に入るとヤカナさん、フーファさん、ナマラさんが揃っていた。
なので3人にも伝える。
「そーか、そーか。次の目的地は王都か?」
「一応そのつもりです」
「そっか、気を付けてな」
シガルと俺はくしゃりと頭を撫でられる。なんか気のいいオジサンって感じだったな、この人。いい人だった。
「シガル。お前は実力ではそこいらの人間ではかなわんだろう。だが戦闘経験が足りん。この間のようにうまくいくことばかりではない。肝に銘じておけ」
「はい、ありがとうございます。フーファさん」
ニッコリ答えるシガル。なんかフーファさん、シガルを気にしてるよなー。やっぱり女の子が戦うのは、心配なんだろうか。
いや、俺も心配じゃないわけじゃなんだけどね?
「タロウ、ちょっと待ってろ」
「え、あ、はい」
ヤカナさんは支部長室に入っていくと、すぐ戻ってきて、俺に手紙らしきものを渡してきた、
「向こうの組合に行く事が有ったら、まず受付でこれを出せ。紹介状みたいなものだ」
「あ、はい」
「じゃあな、お前のおかげでここ数日の仕事の回りの管理をするのが楽だった。感謝する」
「いえ、こちらもいい経験ができて楽しかったです」
紹介状か、有りがたくもらっておこう。お礼を言って、今度こそ領主館でベレマナさんに挨拶をする。
「そ、そうですか、王都にいかれるんですよね?」
「はい、一応そのつもりです」
「そうですか、では、これをお持ちください」
ふむ?こっちでも手紙?
「これは?」
「王都の門は入るのに少し時間がかかりますから。これを貴族たちが通る門の兵に渡せばすぐ通れます」
なるほどな。んー、でもそれ何か面倒の匂いがするな・・。でもまあ、受け取るのは受け取っておこう。使うかどうかは別ってことで。
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。旅の無事を祈っております。ハク様もお元気で!また来てくださいね!ぜった来てくださいね!待ってますからね!」
ハクの手を取って膝をつき、あがめるような体勢で懇願する。なんつーか、この人本当に熱烈だな。
『わかった。お前が生きているうちにいつかきっと来ると約束しよう』
「ありがとうございます!!!」
至福の表情でハクに礼を言う。なんか、狂信者になりそうで怖い。
俺達は手を振って領主館を後にする。
宿に戻る前に、ハクと一緒にハクになついてた子供たちや、気にかけてくれた近所の方たちにも挨拶そして行く。
途中、子供に行くなと泣かれたり、色々野菜を渡されたりと、ハクが皆にものすごく受け入れられているのを見て、嬉しくなった。
「また今日は大量にもらったな」
宿に帰るとイナイがノートに何かを書いていた。日記かな?
「明日か明後日に出るって言ったら沢山。子供たちにも泣かれてしまった」
「あー、ハクになついてたからな」
『みないつか会おうと約束した。もとより私はこの地に住まう竜なので、会おうと思えば簡単に会えるのだ』
確かにそうだ。むしろここが帰るべき場所だ。
「じゃあ、荷物まとめてって言っても、たいしてまとめる物もないんだけど」
あえて言うなら今日貰った野菜ぐらいだ。たぶんハクが半分以上平気で食うけど。
「あ、そうだ、シガル」
「ん?ああそうだね」
シガルに声をかけ、以前から相談していたことを実行に移す。
俺達は袋を取り出し、その袋をイナイに渡す。
「なんだこれ?」
「俺達の食べ物とかを買った分とかで少し減ってるけど、俺達がここで働いてもらったお金です」
「イナイお姉ちゃん、受け取って。宿のお金とか、ほかの物も今まで全部お姉ちゃんが出してるでしょ?」
「・・・気持ちは有りがたいが、な」
イナイは袋を開けて、数十枚の銀貨を取り出すと、あとはこっちに渡した。
「宿代はこれで十分だ」
「え、いや、でも、この間の服とか」
「そ、そうだよお姉ちゃん、高いんでしょ?」
「ありゃ、あたしが仕留めた物から作ってるから、材料費も手間賃も0だ」
なんと手作りだった模様。そういえば俺も衣服作らされたっけ。技工の領分ってどこまでなのか不思議である。
「ああいう特殊な魔物の皮は、普通の縫製じゃ無理だ。あの手の素材は技工士か鍛冶師の領分だよ。錬金術にも使わないわけじゃないけどな。糸はまあ出来ねぇ事は無いが、魔物を上手く従えないとダメだからな。幸いこっちも伝手があるんでな」
「そうなんだ・・・お姉ちゃんの仕事の領分って広いんだねぇ」
「ま、そういう事だから、これは返す。お前たちが使いたい時の為にとっとけ」
「・・・ん、わかった」
「よしよし。あんがとうな、二人とも」
少し悩んで受け取った俺とシガルの頭をやさしく撫でるイナイ。
「よし、じゃあ、今日は飯ちょっと豪華すっか!」
『食べるぞ!』
「ハク、ほどほどにね?」
『分かった!』
うん、絶対分かってないと思う。この晩はイナイが全力で腕を振ったのでとてもおいしかった。
さて、明日から旅を再開だ。街道をいくつもりだからそうそう何もないとは思うけど、気は張っとかないと
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