第90話強盗団を叩き潰します!

「で、人を殺す覚悟もないのに、強盗掃討の指名依頼を気安く受けてきた。そういう事でいいか?」

「え、あの、はい」


宿に帰ってイナイに依頼の話をするとものすごく不機嫌な顔をされた。


「はぁ・・・確かにあたしは覚悟は持っておけといった。けどそれは命を奪うことを躊躇して、自分が死ぬような目に合わないようにっつー忠告だ」

「いや、それはさすがにわかってるけど・・・」

「分かってねぇ。いいか?相手は強盗団だ。もうすでに殺人を犯してる連中だ。向こうは躊躇しねえ。半端な攻撃じゃだめだ。それこそ相手が反撃できないようにするしかない。殺すか、その直前までやるか、だ」

「き、気絶させれば」

「もしそんなことを言ってられない相手だったらどうする。相手はお前より弱いと限らねえ。同じぐらいの力量かもしれねぇ。お前より強いかもしれねぇ」


次の言葉が出なかった。確かにそうだ。相手が俺より強い可能性はあり得る。なぜ俺はその思考が抜け落ちてた?

何より、その可能性があるところに俺はシガルを連れて行こうとしていた?

・・・ちょっと反省点が酷いな。俺、また少し調子に乗ってたみたいだ。ハクもいるし大丈夫だろと、気が緩んでたかもしれない。


「そしてシガルもだ。あたしの言葉を重く受け止めてくれたのは嬉しいが、それとこれは話が別だ。覚悟は決めろと確かに言った。けど殺すのに慣れろと言った覚えはねえ」

「ご、ごめんなさい」


シガルは、イナイのその言葉に素直に謝る。


「・・わかったんならいい。別にそういった依頼を受けるなって言ってるわけじゃない。人を殺すために、殺すことに慣れるために受けるようなことはするな。それじゃダメだ。

もし人を手にかける事が有っても、その人間を殺すために殺す事になったら、ただの殺人鬼だ」


イナイの言葉はとても重かった。恨みを晴らすとか、何かを守るとか、そういう目的のために人を殺す事じゃなく、殺す事が目的で殺す。それはたしかに殺人鬼だ。

シガルも俺も、その点を少しはき違えていた気がする。


「とりあえず、あたしもついてくからな」

「え、いいの?」

「お前ら二人だけじゃ不安だよ。だいたい他の仕事もちょくちょくついて行ってたろ」

「そうだけど、ほかにも人いるよ?良いのお姉ちゃん」

「別にいいよ。あたしは力を隠してるわけじゃなくて、見せると面倒くさい事が有るから余りしないだけだ。

それにある程度の力は見せておいたほうがいいもんだ。そのほうがバカやってくる相手も減る。実際そうなったろ?お前」


そう言って俺を指さす。え、俺?何のこと?


「お兄ちゃん、素手で斧砕いたでしょ。あんなこと普通出来ないよ?」


・・・そういえばそんなことしましたね。でもあれもろかったよ?あれぐらいの力で殴りつけたって、俺の持ってる剣、どっちも折れ曲がりすらしないよ?

いやまあ、技巧剣のほうは比べちゃダメなのかもしれないけど。


「あれ以降、お前たちにちょっかい出す馬鹿はいなくなったはずだ」

「いや、なんでイナイそれ知ってるの?」


あのとき居なかったし、話してないはずだ。


「あれだけハクが好き勝手やって、お前も一緒に居て、お前の話が街中に広まらないわけねえだろ。その時の一件も噂になってるよ」


・・・マジすか。知らんかった。シガルのほうを向くと、こくんと頷かれた。どうやら気が付いてなかったのは俺だけだった模様。


『タロウ有名なのか!?』


訂正。この竜も気が付いてなかった。


「はぁ、とりあえずとっとと準備して行くぞ」

「あ、うん」

「シガル、これ中に着ておけ」


イナイはシガルに少し厚手のシャツとパンツを渡す。


「なにこれ?」

「魔物の皮で作られた服だ。ナイフぐらいなら全く通さねぇ。剣戟でも相手が達人でもなけりゃ簡単には切り裂けねえだろうな。ただし突きには気を付けろ。どんなものにも、隙間ってもんは存在する」

「あ、ありがとうお姉ちゃん」

「タロウは、こっち着とけ。こういう荒事の為に用意しておいた。それも薄く見えるけど大概頑丈だ。お前は普段着でもいいと思うが、さすがに荒事に普段着は周りの目に問題がある」

「え、あ、はい」


魔物の皮で作った服か。そういえばあのダラウアの皮とかも使えたのかな?

ともあれ俺たちは装備を整えて門に向かった。







「軽装過ぎね?」


俺達を見たバダラさんの最初の発言である。確かにパッと見すさまじく軽装である。

バダラさん達は皆、ある程度の鎧。レヴァーナさんすら急所を守るプレートを付けている。

あれ?フーファさんがいない。


「シガルにはベレゲレハウルの肌着を着させています。タロウの服もエレボロスの糸で作られた物とゾレドアッドの皮で作られた服を着ています。どちらも下手な鎧よりは頑丈かと。私の服も同じです」

「どっちもとんでもねぇ高級衣服じゃねえか・・・。」


今初めて自分が着てる服の詳細を知りました。高いのね。値段を聞くのがとても怖い。

ところでまたなんか、新しい単語が出た。動物かしら?虫かしら?糸って言ってるし、蚕みたいなのがいるのかな?


「ところで、嬢ちゃんもついてくんの?」


バダラさんがイナイを見て言う。そういえば初対面だっけ。実はバダラさん以外は面識有るんだけどね。


「イナイ・ステルと申します。よろしくお願いします」

「あ、ああ。俺はバダラだ。よろしく」


しゃなり、という効果音が似合いそうな動作で礼をするイナイ。それを見て、戸惑うバダラさんは、こっそり俺に耳打ちをする。


「この子、つれてって大丈夫なのか?」

「あ、俺より強いんで大丈夫ですよ」

「・・・・え?」


バダラさんの思考回路はフリーズした模様。


「まあ、いいさ。準備は整ってんだろう?」


ナマラさんは通常運転だ。流石だ。


「はい」

「外に馬車を用意してある。フーファがいつでも出れるようにしてくれてるから、行こう」


なるほど、外にいたのか。

俺達は門を出て、フーファさんと合流し、強盗団が襲ったという村に向かう。

そう遠くなく、馬車で飛ばせば半日かからないとのことだ。

でも、だからこそ早めに行動し、早めに追跡したいそうだ。大きな町の近くを襲った自覚があるなら、いつまでもそこにいる可能性は低い。

特に今回逃げ延びた人間がいる。余計に留まっている可能性は低いだろう。


と、ナマラさんが説明してくれた。

俺とシガルはへ~と言いながら聞いていた。バダラさんは馬車が走り出して早々に寝ている。鎧着たままだけど寝にくくないのだろうか。

レヴァーナさんはハクを後ろから抱えてお菓子をあげている。

フーファさんは御者だ。イナイはその隣に座っている。二人は無言でずっと前を見ている。


因みに馬車に乗る際に馬がハクを怖がって暴れたけど、イナイが魔術で無理矢理精神を落ちつかせた。なので馬を誤魔化し続ける為にイナイは御者台に座っている。

しばらくそんな感じに過ごしていた辺りで、フーファさんが馬車を止めた。ナマラさんが不思議そうに御者台のほうに行く。バダラさんも起きたようだ。


「どうした、フーファ」

「魔物が来る」

「飛ばして逃げれねえの?」

「無茶言うな、横や後ろならともかく、前から来てるんだぞ」


前を見ると、犬のような、オオカミのような魔物が数匹向かって来るのが見える。なんか上あごの牙が凄い。口の中に納まってない。

それを確認していると、イナイが飛び降りた。


「おい、嬢ちゃん、お前さんがやるのか?」

「ええ、露払いをしてきます」


イナイの行動に声をかけたバダラさんに答え、イナイは強化魔術をかけて一瞬で魔物たちとの間合いを詰め、魔物たちのわき腹を殴り飛ばしていく。

たったそれだけですべての魔物は動かなくなった。鮮やかすぎる。

イナイはその場で手を振って待つ。


「・・・なに今の」

「最近の女の子っていうのは、怖いな」


目の前の状況が理解できないレヴァーナさんと、シガルとイナイを見てそんなことを言うバダラさん。いや、この二人特殊だと思います。

ちなみにナマラさんはひゅー、と口笛を吹き、フーファさんは「ふむ」とつぶやいただけだった。


その魔物はとりあえず今は放置との事だった。もし帰り道でもおいてあれば持って帰ろうという話になった。

けどおそらく残ってないと思うとも言ってたけども。







「あいつら馬鹿だろ」

「馬鹿だな」

「馬鹿ねぇ」

「馬鹿でいいじゃん。探す手間省けたし」


ナマラさん達の感想は実にその通りだと思う。強盗団の奴ら、村から離れるどころか、村で宴会をしている。

おそらくこの村にあった食べ物や、酒で好き放題やっていた。

俺達は物陰からその光景を眺めている。


「流石にこれはひどい」

「・・・血の匂いが酷い」

『同族の死体と血と臓物の中で宴会か。いい神経をしている』

「ゲスだな。加減する必要は無さそうだ」


イナイさん、素が出てますよ。あのハクですら嫌悪の表情だ。多分同族をただ蹂躙したのが気に食わないんだろう。

その価値観の底の部分は、ハクにしかわからないけど。


「あそこはあたしが行く。レヴァーナさんもお願いできますか?」


イナイがそういって、とある家のほうを指さす。目はとても険しい。何が見えたんだろうかと、俺もその家をよく見てみる。

・・・なるほど、イナイが切れてるわけだ。あの中には女性がいる。そして明らかに乱暴された後の女性と、今まさにされている女性が見えた。中にはそのうえで事切れているように見える人もいる。


「え、えと・・」


レヴァーナさんはナマラさんを見て、どうしようという風に狼狽える。


「レヴァーナ、頼む」


ナマラさんが頼むと、こくんと頷いて、イナイとどう動くのか相談し始める。


「俺達はどうする?」

「・・・数が多い。捕らえるのは無しだ。殺す。こいつらは逃がしたらまた同じことをやる連中だ」

「あいよ。一人も逃がさねえよ」


ナマラさんが「殺す」というと、フーファさんとバダラさんはザッと走っていく。別方向から攻めるつもりのようだ。

静かだが、三人とも怒りに満ちているのが見て取れる。


「タロウ。俺たちの結論は聞いたな。?」


これは多分、無理ならここで待ってていいと言われている。

いや、違う。全員一人も逃がさず殺す。それをやれないなら要らないと言われてるんだ。


「行きます」

「嬢ちゃん達は?」

「やれます・・・!」

『元より、誇りも力も無い下等生物にかける情けなど無い。タロウが良しというならば奴らを殺すのに躊躇は無い』


ハクさんが怖い。なんか凄いこと言い始めた。ていうかこの子一応俺の意向を聞く気があるのね。ちょっと意外。


「分かった。じゃあタロウはあそこ。嬢ちゃん達は二人であそこから行ってくれ。突撃の合図はこれを奴らの中央に投げる。それが合図だ」


そういってナマラさんは爆薬を取り出した。それだけでもある程度の人間は無事では済まないだろう。


「家屋にも何人かいるのは見て取れる。だから外でバカ騒ぎしてる連中を少しでも削っておく」

「分かりました」

「はい」

『分かった。シガルは私が守ろう』


その言葉と共に、ハクはシガルを抱えて音もなく低空飛行していく。

俺も指定された場所に移動する。

ここまで連中に気が付かれた様子はない。というか奴ら見張りすら立てていない。イナイにも確認したので間違いない。

そして合図が放たれる。その爆発で一番近くにいた4人はそれだけで再起不能だろう。それ以外の人間も大小あれど負傷している。


それと同時に俺達も村の中に走る。その中央に突っ込んでいくナマラさん。敵襲に全く備えていなかった連中は、ナマラさんの斧に両断されていく。そばに置いていた剣で防ごうと、盾で防ごうとした連中も、それ事両断される。

あの斧とナマラさんの技量がとんでもないのが分かる。


俺達の相手は、その爆音に反応し、装備を整えて出てきた連中や、出てこなかった連中の相手だ。

フーファさんやバダラさんは、手慣れた感じで危なげなく切り捨てていく。

ハクは無表情で手刀を胸に差し込んだり、首を爪で裂く。

シガルも的確に相手の首を狩っていた。

イナイは最初にっていた通りの家屋に突撃していった。レヴァーナさんも後からついていったようだ。


そして俺は、震えていた。

戦うのが怖くてじゃない。もうすでに戦いは終わってる。俺の前には、いや俺の通ってきたところには7人の死体がある。

袈裟懸けに切り付けた物。首をはねた物。胸を突いた物。胴を薙ぎ払った物。完全に頭から両断した物、仙術で胸から上を吹き飛ばした物。足を取って背中から刺した物。


戦闘そのものは一瞬だった。走り出して、連中が出てきて、俺を敵だと認識して一斉に向かってきた。

俺はそれらを、ただ効率よく屠っていった。

戦っている最中は平気だった。戦闘といえるほどの時間もかからなかったせいもあるかもしれない。

今はカタカタと震えている。力ずくで押さえつけても収まらない。


殺した。俺がこの手で殺した。相手は犯罪者だ。それもこの村の住人を殺し、その中で宴会を開いたような連中だ。けど、殺したんだ。人を。

手に、肉を切る感触が残っている。仙術で殴る際に砕け飛び散る感触が手に残っている。連中の断末魔が、耳に残っている。

血が、臓物が・・・死体がいくつも転がっている。魔物じゃない、自分と同じ人間の死体が、自分が作った人間の死体が転がっている。


「うっ・・・ぐっ・・」


胃液がせりあがってくる。気持ち悪い。でも耐えた。ものすごく気持ち悪い。体も震える。けど、見てしまったから。

きっと俺と同じ事を感じ取ったであろう、シガルが物陰で吐いているのが見えてしまったから。だから弱音は吐けない。あの子の所に行かなければ。


「えほっ・・げほっ・・・!」

『シ、シガル、大丈夫か?』


物陰で吐いているシガルにオロオロしながら魔術をかけているハク。でもその魔術は多分治療だ。シガルは怪我をした訳でも、病気をした訳でもない。治療じゃ効かない。


「ハク、代わって」

『うん・・わかった』


ハクは明らかに悲しそうな目で従う。シガルを治せなかったのが辛いんだろう。

俺は以前使った精神安定の魔術を使う。無理やりやると逆効果だから、ゆっくりと落ち着かせる。


「これで、少しは楽になったかな?」

「おにい、ちゃん・・」


シガルは目を潤ませながら俺に抱き着いてくる。俺はそれをしっかりと抱きしめる。

シガルはまだ震えている。俺もまだ震えは収まっていない。ハクは何を思ったのかそんな俺達を抱えるように抱き着いてくる。


「ハ、ハク?」

『こ、こうしたらいいんだろ?違うのか?』


とても不安そうに聞くハクに、少し笑みが浮かんだ。ちょっとだけ落ち着いてきた。


「ああ、ハクありがとう。落ち着いたよ」

「クスクス。ありがとう、ハク。あたしを守ってくれて」


シガルも落ち着いたみたいだ。そうだ、な。こういう事の覚悟はいるかもしれないが、こうやって支えあえる相手がいるなら、大丈夫かもしれない。

でもイナイの言っていたことが分かった。これは『慣れちゃいけない事』だ。これに慣れたらきっと、人としての何かが終わる気がする。

でも覚悟はしておこう。この気持ち悪さを、恐怖を、迷わず行えなければいけないとき、その時迷わない覚悟を。


「大丈夫か?」


イナイの声だ。後ろを振り向くとイナイが立っていた。


「大丈夫じゃなかったけど、もう大丈夫」

「・・・そっか」


イナイは優しい目をして、シガルを撫でる。


「わかったろ。覚悟はしても、慣れるなよ?」

「うん、わかった」

「いい子だ。さて、数人は助けられたし、帰るか」


その言葉にレヴァーナさん達のほうを見ると、泣き崩れたり、放心したり、お礼を言っている女性たちがいた。

生きているのが女性しかいない辺り、連中のゲス加減が伺える。

女性たちはとりあえず馬車に乗ってもらい、一緒に街に来てもらう。

イナイは村のそばにも誰かが潜んでいないかも確認した後に最後に馬車に乗る。


帰り道は特に問題なく、報告もナマラさん達がやっておくという事になったので、俺たちは宿に帰った。

精神的な疲れがすさまじかったのか、すぐに寝落ちる。こうして初めての指名依頼は終わった。

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