第88話新しい試みです!

魔力制御の訓練をしながら、イナイとシガルの組手を眺める。

集中してろよと思われるかもしれないが、これもセルエスさんの教えである。

よそ見して、他の事に気を取られてとっさに魔術が使えませんでした。なんて言い訳は戦場じゃ通用しない。そんな言い訳をしていたら死ぬだけよ。だってさ。

あの時のセルエスさんは苦虫を噛み潰したような顔でそう言っていた。今思うと思い出したくない、負けを思い出していたんだろう。

戦場に赴く気は無いが、師の苦渋の心からの教えに背く気は無い。


なので、これはいつも通りの訓練風景なのです。ぶっちゃけ普通に集中してたほうが楽だし。

ちなみに樹海に居た頃は、よくそばでリンさんやアロネスさんが邪魔をしてきました。あの二人ホントどうにかしないとダメだって。


「シガル、最初の時から少し違和感があったんだが、お前防御やそこからの反撃はいいが、攻撃に回ると緩いな」

「そ、そう?」


一通り組手を終えたあと、イナイは息の切れたシガルに言う。


「ああ、殺気への反応がすさまじく良いのに、お前から攻撃させるとその鋭さが無い」

「そ、そうなの、かな?全然、自覚、ないや」


そういえば、あの亜人差別の男とやった時は、確かに鋭い一撃だった。でも、シガルは本気ならあれぐらいはできると思っていたので疑問に思わなかったんだけど。

俺やイナイとの訓練時は、あの鋭さは確かに無い。けどそれは勝負におけるモチベーションの問題かな?と思っていた。

実際こっちから攻撃を仕掛けたときのシガルの反応は目を見張るものがあったから、あの程度ならいけると思ったんだ。


「うーん・・・なあ、シガル、もしかして、ロウから教えられた後ぐらいから、道場の階位上がったんじゃないか?」

「え、うん、そういえば」

「・・それだな。あいつ、変な気の利かせ方しやがって」


何やらイナイはその理由に思い当たる節があったようだ。


「おそらく、ロウの奴は防御に重視、それも死ぬような攻撃を絶対に食らわないように教えただけで、攻撃は基礎しか教えてねえ。それが原因だ」

「え、でも、お・・・師匠は防御の技術も基礎中の基礎って言ってたよ?」

「・・・シガル、あいつとの訓練は多分木剣だったと思うけど、死ぬと感じたことはあるか?」

「あ、うん、結構何度も。怖すぎて最初のほうは何もできなかったけど・・」

「子供に本気の殺気を叩き込みやがったか。そりゃちぐはぐになるわ。それは戦場で使うための心だ。基礎っちゃ基礎かもしれんが、少なくともお前が思ってる基礎とは違う。

だがあいつはその反面誰かを殺す技を余りお前に教えたくなかったんだろうな。だから攻撃に関してはあくまで基礎と、お前に向いた立ち回りを教えただけになってるな」


つまり、まともに剣で食らえば死ぬような攻撃を何度も何度もシガルは撃ち込まれて、それを体と心に叩き込まされていて、その結果防御面だけはとても良いと。

でも攻撃に関してはそこまでの技術を叩き込まれていないから、その差がすごいと。

でもあの時の一撃はその違和感がなかった辺り、その気になれば出来るんじゃないかな。

よく考えたら、俺もこの子もあの国では最高峰の人たちに鍛えられてるんだよな。俺の場合はさらに容赦なく、半分実戦と変わらないような組手も何度もしてるしなぁ・・・。


「シガル、人を殺す気で戦えとは言わない。けど、そういう覚悟も旅をするなら必要だ。それは覚えておけ」


これに関しては俺もなんだよな。あの時もそうだが、腹が立って殴り飛ばす程度はしても『殺す』気にはなれない。

正直に言うと、怖い。この手で人を殺すのが。


「う、うん」

「たく、ロウめ。子供に甘いのはいいが、目的聞いてるならちゃんと教えとけっつんだ」


そう言いながら、イナイは構える。イナイの構えは、基本は割とオーソドックスな構えだ。

左肩を前に、右足を前に出す、割と普通な構え。でもそれにこだわらず、スイッチ出来るし、両手両足を前に出す形にも変え、その時その時の柔軟性のある動きを見せる。

この辺やっぱり、ミルカさんと同じなんだなって思う。


「そろそろ呼吸落ち着いただろ、もう一本行くぞ」

「はぁーーー、すぅーー、はぁーーーー、・・・はい!」


イナイに言われ、呼吸を完全に整えたシガルも構える。

さて、俺は俺で新しいことを試そうかな。

俺は魔力制御の訓練を終わらせると、仙術の訓練に切り替える。


と言っても、制御訓練ではない。ていうか、どうせただ制御するだけでも疲れるので、どうせなら使って色々試すほうがいい。

現状仙術を使える人はミルカさんと俺だけという話だ。

ミルカさんは接近戦のエキスパートだ。だから仙術での攻撃は基本肉体攻撃の延長上にある。

だが仙術は魔術と一緒に仕える。ならば―――。


『炎よ』


軽く火を魔術で作り出す。そしてその中に気功を練りこむように混ぜてみる。

お、意外と簡単にできた。これで魔力を試しに霧散してみる。

・・・消えねえ。気功の力だけで炎維持してる。

そのままコントロールして、大きくさせたり小さくさせたり、形を変えたりしてみる。

問題なくできるな。ただちょっと普通に肉体強化より疲れるな。


気功も消して、今度は『気功で魔術の真似』をしてみようとする。が、気功の力そのものは発生するが、それ以外の物は発生しなかった。

ふむ、魔術で作り上げた物の維持はできるが、気功でそれを成すことは出来ない、か。

これはもしかして、魔術じゃなくて、実際に有る物でも行けるんじゃないか?

試しにその辺の草をちぎって、気功を流してみる。あれ、難しい。でもなんとか行けた。見た目的には何の変化もないけど。

ペランペランしてるその草で近くの木の枝に軽く叩きつけてみると、ベキッと枝が折れた。


見た目の変化はないが、完全に強化状態になっているな。

気功を流すのをやめると草は一気に枯草になった。え、なにこれ。

・・・生き物に気功を流して強化するのはやめておいたほうがよさそうだ。

けどこれで確認できた。魔術の攻撃に気功を混ぜられる。これはつまり、ミルカさん以外には打ち消し不可能に近い攻撃手段を手に入れたことになる。

気功を打ち消すには気功をぶつけるか、その力と同レベルの力をぶつけるしかない。

だが気功は魔術で打ち消すには、魔力で対抗は出来ない。魔術で作り上げた『力』そのもので打ち消すしか方法が無い。その上気功は防具の向こうに衝撃を通せる。

だから実質この攻撃の防御方法は結界か障壁のみ。上手く使えば有利に立ち回れるな、これ。


「オイ、タロウ、今のなんだ」

「お兄ちゃん、今の魔術じゃないよね・・・」


組手をいつの間にかやめてこっちに来ていた二人に振り向く。


「え、何って、仙術」

「いや、仙術じゃ炎は出せねえだろ。ミルカが昔試してみたの聞いたぞ」


あれ?最初の所は見てなかったのかな?


「最初に魔術で出したんだ。その辺の草にも流せたから、焚火の火とかでも行けるんじゃないかな」

「・・・それ、たぶん、魔力で打ち消すの無理だよな」

「うん、無理。以前ミルカさんにやってひどい目にあったから」


そう、さっきまでのはただの体験談だ。魔力で打ち消せば霧散できるんじゃね?と思ったら気功の力そのものは全く減衰できず、もろに食らった。


「おまえ、いろんな技を詰め込まれすぎて、とんでもない事になってんな・・・多分それミルカにも無理だぞ・・」

「お兄ちゃんすごい・・・」


イナイは若干あきれ顔に近い感じで、シガルはものすごいキラキラした目で見てくる。

そうか、ミルカさん出来ないのか。だから教えてもらえなかったのかな?

でも確かにこれは我ながらとんでもないかも。だって妨害干渉をホボ受けない攻撃手段を手に入れたことになる。

とはいえ、仙術なのでポンポン使えないのがネックなのだが。強化や、肉体からの攻撃ならそこまで思いっきり消費することもないが、他の物に流し込んで使うのは結構疲れるようだ。

けど、奥の手にはなるな、これ。

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