第87話領主様はもう全部投げ出したいようです?
「もうやだあああああああああ!!」
夜中の執務室に、いや、私の館に絶叫が響く。
「これは、流石に不憫じゃな・・・」
隣で爺が珍しく私を慰めようとする。いつもそうしてくれ。
「なんなの!なんでこんなにまとめて面倒な事が起こるの!!」
「運が悪いのう・・・」
私が何を嘆いているかというと、まず、王都から来た書状。
内容は単純明快。イナイ・ステルをどうにかして、それこそ私財も使って王都に連れて来いと言うもの。
ぶっちゃけ、これだけならさほど問題もない。いやあるけど、あの人たちは王都には行くつもりのようだし、そこは問題ない。
けど、これはつまり、王に謁見する形を取らせろという意味だ。既に断られてるのにだ。
その点でも面倒くさいのに組合のヤカナおじさんが送って来た書類が勘弁して欲しい内容だった。
まさかのイナイ・ステルの婚約者であるタナカ・タロウと、その婚約者シガル・スタッドラーズに対し、未遂とはいえ殺害行為をした人間がいるという物だ。
何より目を剥いてしまったのは、ハクと呼ばれる竜人族という種族の少女にも同じことをしたということだ。
竜神様ですよね!これどう考えても竜神様ですよね!人型にもなれるなんて流石です!今度絶対見にいこう。
いや、そうじゃない、現実逃避してる場合じゃない。
つまりなんですか?私たちの国は大国の重要人物と、その婚約者、縁者、果ては我が国の神にも不敬を働いたってことですか?
あー、もうやだー!絶対こっちの話なんか聞いてくれるわけないじゃないですかー!
「もうやだぁ・・・おじいちゃん代わってよう・・・・」
半泣きになりながらお爺ちゃんにお願いしてみる。
「やだ」
真顔で言いやがった。このクソ爺、絶対いつかしめる。
「とりあえず、あの少年にお願いしてみてはどうかの」
「・・・・やっぱそれしかないよねぇ」
イナイ・ステルの行動は今のところ一貫している。それは単純明快に「タナカ・タロウ」が快適に旅ができる補助だ。
この地に留まる理由も彼がとどまっているから、だ。
だから、彼を上手く誘導できればイナイ・ステルもおそらく渋々でも従うだろう。
彼はあまり腹芸ができるタイプの人間ではないのはわかっている。
まあ、そういう企みがバレたら拒否されるだろうけど。ていうかバレてそうだけど。
「実際のところ選択肢って果てしなく無いに等しいのよね」
「骨は拾ってやるから、がんばるのじゃぞ」
「死ぬの!?ねえ私死ぬの!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。多分」
「多分って言った!」
ギャーギャー言い合っているが、これがある意味精神安定になっている。
正直、おじいちゃんが傍に居てくれなかったらとっくに音を上げている。
「とりあえず、この、一方的に襲ったやつは・・・処刑かな。他二人は一応勝負の形だった事もあるから組合の処分だけでいいでしょ」
「うーむ、本来なら未遂じゃから、犯罪者として数年労働力に使う程度でもいいんじゃが、相手が相手だからのう」
「はぁ、こいつのせいでこの国が全部こんな奴らばかりだと思われてないかしら」
もしそう思われていたら、表面上は何も変わらないかもしれないが、かなり怖い。
「それは大丈夫じゃろ、どうやらあの少年はナマラ達とは悪くない関係になっておるようだし。それに土地を治める立場の者であれば、『民衆』というものは知っておるよ」
「そうね、ナマラおじさん様様だわ」
「あの鼻水共も思わぬところで役に立ったのう」
「もうやめてあげなよ、20年以上前の話でしょ?」
「ふはは、傑作じゃったぞ、あやつらの無様な顔。たまたま街に出ていたおかげでいいものを見れたわ。まあ、あれがあったおかげで今のあ奴らがあるのじゃろうがな」
ヤカナおじさんと、ナマラおじさん。
この二人は有名だ。ただし、竜に挑みに行って泣いて帰ってきたという事でなので、ちょっとかわいそう。
でもあの二人は優秀だ。この地の組合はあの二人がいるから基本的には何も問題ないようなものだ。
たまにこういうことも起こるけどね・・・。
「はぁ、なんで私領主やってるんだろ」
「今更じゃな。どうしてもいやならとっとと婿でも見つけるんじゃな」
「普通おじいちゃんが見つけてくれるものよね?」
「めんどくさいからやじゃ」
くそ、この爺め。私に言いよってくる男なんていないって知ってるくせに。
「はぁ、とりあえず今日はもう寝る。ふて寝する」
「ま、よかろう。」
明日から頑張る。今日はもう頑張りたくない。
でも本当は明日も頑張りたくない。気が重い。ああ、ハク様の人型だけは楽しみだなぁ・・・
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