第72話シガルは想いをさらにつよめるのですか?

初めて会ったときのことははっきり覚えてる。

結構危険だった所を気が付いたら抱え上げられていた。

あの時のあの驚きと、胸の高鳴りは絶対に忘れない。

見つけたんだ。憧れを。

見つけたんだ。目標を。

見つけたんだ。心の底から素敵だって思える人を。


当時私は魔術学校に通っていた。

小さい頃から父の使う魔術を真似ていた私は、気が付けば5つになる頃には、効果の大小はあれど当たり前にほとんどの魔術が使えた。

魔術の基礎を全く練習せずにすでに魔術を行使するに至った私を見て、父は私を天才だと褒めた。

あの人や、イナイお姉ちゃんの実力を知ってしまった今となっては、笑い話でしかない。

けど、当時の私はそれを真に受けてしまっていた。


7つになった頃、魔術学校に通わせようとしたのは母だ。

父は、その学校がゆくゆくは魔術師として王国に使えるものを育てるための学校と知っていたので、危ないことはさせたくないと否定的だった。

だけど、今の世の中、持っている能力を腐らせるような真似をしては、職を狭められてしまうという母の強い押しに負けて通うことになった。


それから2年ほどたって、気が付いたら私は午前中の教養学は普通の成績だが、午後の魔術学に関しては、教師も歯が立たなくなっていた。

そのせいで、午前中は学校に行くが、お昼からはやることがないという状態だった。

なのでお昼からいつも街をぶらぶらして帰るのが日課だった。

きっと私は、間違いなく調子に乗っていた。

もちろん英雄様達に勝てるほど凄いなどとはこれっぽっちも思ってなかった。

なにせそのうちのひとりの実力はちゃんと見て知っていたから。

むしろ目標は、あの人たちに仕えられるぐらいになれたらいいな、ぐらいだった。


けど、心のどこかで、その辺の大人たちでは、私に何もできない。なんて根拠のない自信を持っていたんだ。

詠唱できなければ魔術を発動できない上、身体能力も並のくせに。


そんな時事件は起こった。

私は帰り道で、母にもらったお金で氷菓を買って、食べ歩いていた。

いつものように、ブラブラと歩きながら。

そして周りをよく見てなかった私は、人とぶつかった。

尻餅をついてしまったが慌てて起き上がり、ぶつかった上、氷菓をぶつけてしまった相手に謝った。

けど、その人は謝る私を蹴り飛ばした。


私は蹴られた勢いのままに地面に倒れた。

その後、まずいというのはわかった。その人が魔術を組み上げてるのが見えたからだ。

間違いなく私にぶつける気の魔術。

私は咄嗟に反撃、せめて防御をしようと思ったけど、出来なかった。

蹴られた胸が痛くて、上手く集中できない。詠唱などできない。そんな状態じゃ魔術は使えない。


悔しかった。

目の前の人物が私を攻撃してくることよりも。今私がこの痛みを与えられていることよりも。

この程度で使い物にならなくなる自分が悔しくて悔しくてたまらなかった。

何が天才だ。この程度も対処できないただの子供じゃないか。

私はそこでやっと、自分の程度を思い知った。

自分は所詮この程度なのだと。ただ胸を一回大人に蹴られただけで、何もできなくなるただの子供なのだと。


きっと助けてくれたのが騎士のおじちゃん、ウッブルネ師匠や、騎士さん、兵士さんたちならそれで終わっていた。

こんな気持ちは、想いは、願いは抱かなかっただろう。

でも、抱いてしまった。あの人に助けられて、治療されて、顔を見て、行動を見て。

あの人はなんて素敵な人だろうと思ってしまったから。


助けられたときは見とれてしまった。

だから、あの人に大丈夫?と言われるまで言葉が出なかった。

だって、とても綺麗な魔術であの人は私をあっという間に治してしまったから。

なんて、なんて綺麗で早い魔術なのかと思った。その上無詠唱。

この人だ。本当の天才っていう言葉はこの人のためにあると思った。


思わず返事が変に明るくなってしまったのもしっかり覚えている。

今思うとあれはさすがに少し恥ずかしい。


あの人は治った私を下ろすと、私をかばってくれた。

私を蹴った相手に向かって壁になって立ってくれた。

蹴った相手はあの人の態度が気に食わなかったのか、大魔術を使ってきた。

当時は本気でそう思っていた。

内蔵されてる魔力量の一つ一つはそこそこだが、量がすごかった。

それを途中で止めもせず、あの人は眺めていた。ものすごくのんびりと。

状況の危険性はわかっているはずなのに、動かない。

私は思わず叫んだ。けど、その心配が意味のない事だとすぐ知ることになった。


あの人はとても短い詠唱で、あっさりと同じ量の魔術をやってのけた。

本気で驚いた。

学校の教師でも、このレベルの魔術を使うだけならできる。もちろん私もやろうと思えばできる。

でもそんなに早く、そんなに綺麗に、それも完全に相殺する威力を見極めた魔術行使はできない。

凄いと素直に思った。こんな人がいるのかと。


そのあとの方がもっとすごかった。相手はもう手段を問わず、周りに被害が出ることを一切考えていない巨大な火球を作り出した。

あの人はそれに対し、剣を取り出した。

魔導技工剣だった。その時技工剣初めて見た。

あの人はそれで魔力ごと火球を奪い去った上に、上空に炎の花を咲かせた。

炎が派手でごまかされそうになったが、内包されてる魔力量に目を剥いた。

さっきの火球なんか目じゃない。ものすごい量の魔力。

しかもなんて綺麗な魔力の流れ。

思わず綺麗だと叫んでしまった。


それが最初の出会い。もうその時私は心を奪われていたのだろう。

帰ってからもあの人の顔が、魔術が、あの花が、頭から離れなかった。

あの人に会いたい。もう一度会いたい。

その一心で翌日同じ時間帯、同じ場所を歩き回った。

会えないかもしれないなんて、わかってた。けど動かずにはいられなかった。

そして見つけたとき、私は思わず、たまたま見かけたような声のかけ方をしてしまった。

そばに女の人がいたからだ。


そこで気がついた。ああ私はあの人を好きになってしまったんだと。

ただ、たまたま女性がそばにいた。ただそれだけで何か変な気持が芽生えるほど、あの人にやられてしまったのだと。


だから、どうしても、あの人のことを知りたかった。

そしてなによりも、私はあの人のように、強く、優しい人になりたいと、目標にしたいと思った。

あの人のような、魔術師になりたいと。

だからどうしても、再会の約束をしたかった。


それは叶った。それももっと上の約束を口走って。

あの人が小指を絡めて、素敵な笑顔で目の前まで来て約束なんて行ったのが悪いんだ。

だから、お嫁にして欲しいなんて言ってしまったんだ。

でも後悔はしていない。むしろあれで良かった。

だって、本当にあの人が大好きになってしまったんだもの。





それからのあの人は、王都に来る用事があると、私を探して見つけてくれた。

子供との約束を、ちゃんと守ってくれた。

ああ、やっぱりこの人は素敵な人だなと思った。

あんな口約束、それもこんな子供との口約束だ。律儀に毎回守る必要なんてないのに。

でもあの人はその約束を破らない。大好きになりすぎてどうにかなりそうだった。


でもある日、とんでもないことを聞かされた。

あの人に恋人ができたと言われた。

正直聞かされたその時は、一瞬目の前が真っ暗になった。

でも仕方ないと思えてしまった。私はこの人が大好きだけど、この人は私を子供だと思ってる。流石にそれぐらいわかってる。

だから、私は一番はその人に譲ることにした。

2番目でもいい。あの人のそばにいられるなら。あの人に受け入れてもらえるなら。

私はそう思ってそれを伝えた。


そしてその人の話を聞いてさらに驚いた。

相手の女性はイナイ・ステル。8英雄の一人。

なんて大物。

さらに気が付いたらその大物がうちに訪ねてくることになっていた。

そのときは焦りすぎて何言ったか半分ぐらいよく覚えていない。


でもその時もあの人は格好良かった。

父が無茶を言ったのも受け入れて、ちゃんと怪我させないように気遣ってくれた。

そして相変わらずとても綺麗な魔術に見惚れた。


でも、その前に無視できない話があった。

あのひとは魔術師じゃなかった。

それどころか、剣士でも、技工士でもない。

ただただそのあらゆる技術を詰め込まれた人だった。

自分が目標にした人は、とてつもなく遠い人だとそこで初めて知った。


私は、あの人に追いつくために、あの人の学んだものを学ぼうと思った。

だからまずは牙心流の道場の門を叩いた。

そしてその傍ら、ウッブルネ師匠に頭をひたすら下げて剣も習った。


短い期間だったけど、元々魔術師として鍛えてた分があったので、それで補助するやり方を模索しつつ、基礎を鍛えていった。

あの人が私を迎えに来る頃には、なんとか戦える程度までにはなった。

きっとあの人を見ていなかったら、今の私は無いだろう。

あの人に追いつきたい、並んで立ちたいと思ってなかったら、それこそ本当に血反吐を吐きながらも頑張るなんてできなかった。


でも私は思い知ることになった。

あの人は、自分が想像していたより、遥か高みにいたことを。

私はあの人の動きを思い出す。

ハクと戦うあの人の動きを。

明らかに今まで見たことがない速さ。

一瞬一瞬ではあるけど、尋常じゃない速さ。

少しは追いつけたかなと思っていた。けど全く追いつけてなんかいなかった。

あの人の「戦う姿」を初めて見た結果がそれだ。


勝てないどころか、まともに勝負になるイメージすらできない。

魔術も、闘技も、何も歯が立たないのが直ぐにわかった。

すごく強い。でも、だからこそ気がついた。

あの人はとても強いけど、同時に弱いんだって。


ハクとの戦闘は、あの人が本気で最初からやっていれば、すぐ終わった。それぐらいの力量差があったはずだ。

多分ハクは途中で気がついていた。でもあの人はそれをしなかった。

いや、本人はしなかったつもりはきっとない。あれで本気でやってるつもりだろう。

でも、違う。あのひとはハクを必要以上怪我させないように、気を遣いながら戦ってた。

だから、一部を切るぐらいで、攻撃はそこまでしていかなかった。


危うい。

あの人はあんなに強いのに、その優しさのせいできっと危ない目に遭う。

ハクの攻撃を受け止めた時がそうだ。

あの人が全力を出さないのを見て、ハクが先に一番の攻撃を出した。

きっとこれからもそういう事があるんだろう。

でも、あなたはそのままでいいよ。そんな優しいあなたが大好きだから。

だから守るよ。あなたのその優しさがそのままであるように。

たとえその優しさを抑えて戦う時が来てもあなたが辛くないように。

私が強くなるよ。今はまだ無理だけど、いつか必ず、貴方に背中をあずけられる人になるよ。


大好きだよ、タロウさん。

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