第70話領主様は気が気じゃなかったのですか?

「部屋まで用意してくださって感謝します」

「いえ、ステル様がお宿を取られる前で良かった。ゆっくり休んでください」

「ええ。ああ、護衛は大丈夫ですよ。タロウがいますし」

「そう、ですね。ただこの部屋から出れば声が聞こえる位置に人は置いておきますので、御用があれば気軽にお呼びください」

「はい、何から何までありがとうございます」


パタンと扉を閉めたのを確認し、部屋から離れる。


「ベレマナ様、私たちが――」

「やめておきなさい。命が惜しいならね」


おそらく、彼女たちの様子見をしようと提案した兵の言葉を止める。


「命、ですか」

「ええ、理解しておきなさい。あそこにいるのは正真正銘の化物よ。

竜神も悪魔も話にならない。本当の化物があそこに居るの。あの人の機嫌を損ねたら国が滅びると思いなさい」


兵がこの言葉をどれだけ真剣に捉えたかはわからない。

けどある程度真に迫った言葉なのだと理解はしてくれたようだ。


「私は仕事に戻ります。何かあったら呼んでください」

「はっ」


私は爺をつれて執務室に戻り、ドアを閉める。

それと同時にドアに背中をあずけ、ずるずると崩れ落ちる。


「こわ、か、った~・・・・・・」

「はっはっは、お疲れ様」

「はっはっはじゃないわよお爺ちゃん!」


この爺め。

全くシャレにならない。

国の不手際というか、馬鹿な行動の尻拭いをなぜ私がしなければならないんだ。


「お爺ちゃん、うまくいったと思う?」

「だめじゃな、全然ダメじゃな」


この爺!

めんどくさいこと私にぶん投げた上に容赦なくダメ出ししてきやがる!


「どこがダメだった?」

「おそらくあの嬢ちゃんは初めから気がついておる。その上でにこやかに会話をしておった。お前、気が付いてなかっただろう?」

「うっそでしょー、じゃあこれなんの意味もないじゃない」

「いや、意味はあった。つまり、見逃してやると言われたんじゃよ」


見逃してやる。

最初からすべて、何もかも理解して、わかっているが、気が付いていないふりをしてあげる。

そう言われていたという事、か。


「ともあれ、多少確信を得るためにカマをかけられていたがな」

「え、どこ!?」

「あの少年に関してだよ。なぜお前は『我々』と言った時に突っ込んでいかなかった。それがもう答えじゃよ。『我々』だけでは、技工士達の事か、8英雄の事かはわからんじゃろう」

「あー!しまったああああ!!!」

「おかげで肝が冷えた」


やってしまった!

あの時彼女があの少年を変に国と絡ませたくないという意図でしか見てなかった!

これじゃあ、あの少年に関して下調べがバッチリです。そりゃ竜神も倒せますよ。しってますって言ってるようなものだ。

その上草も放ってるのがバレた。

どうしようどうしよう。


「まあ、どうせバレたところで、危なくなればバックれればよかろう」

「いいのお爺ちゃん。ずっとここ守ってきたのに」

「あの少年を見て思ったよ。ウムルに明け渡す方が面白いのではないか?と」

「・・・聞かなかったことにしておくよ」

「はっはっは、そうしてくれ」


事の発端は上層部の一部が馬鹿な暴走をしたことだ。

うちの国は竜神様がいることで、他国が攻めて来ることがほとんどない。

竜神様とはよく言ったもので、国内での問題には出てこないが、国外の勢力がやってくると、駆逐してくれるからだ。

上層部は、今回下手を打っても、それで行けると踏んだ。

だが奴らは知らない。彼らの、彼女らの異常性を。

あれはもはや単体で軍隊だ。人の『強さ』では測れない領域の化物だ。

奴らはそんな化物の一人に目をつけた。


イナイ・ステルの襲撃。

それを容認したのだ。

失敗しても、国内に戻ってきた連中を使って、適当にでっち上げて向こうに訴えるつもりだった。

本当に馬鹿だ。連中は彼らの、ウムルの恐ろしさを知らない。

彼らの戦いを一度でも見たことがあれば、そんなことは考えもしない。

あいつらは、襲撃が成功しても利があり、しなくても訴え、イナイ・ステルとアロネス・ネーレスの技術をよこせと要求するつもりだった。


これに焦ったのが国王陛下だ。

国王陛下はこの事実を掴んだ大臣から報告を受け大慌てだった。

それはそうだ。奴らはわかっていなかったが、これの扱いしだいで国は滅ぶ。

冗談じゃなく、それだけの力を彼女は持っている。


そこで彼女が現状一番近い所にいる私にお鉢が回ってきた。

イナイ・ステルに対し、この国に好印象をなるべく持たせ、そういった力押しをやりにくくさせるようにと。

無茶言うな。と思った。

けどやるしかなかったので全力で馬鹿を演じることにした。

いや、竜神様を信仰してるのは本当だし、感激だったけど、あれの恐怖をわかっててそっちに行く度胸は本来はない。

けど今回はそうやって、アホの子を演じて、親しみやすく行ってみようとした。

全部台無しだったみたいだけどね!

私の本物のアホー!!


「うう、なんで領主変わってたった数年でこんなことに・・・」

「頑張れ、お前は出来る子じゃ」


黙れくそじじい。


「でも、とりあえず許してもらえた、ってことでいいのかな」

「今後下手な事はしない、というのが大前提じゃがな」

「それは大丈夫じゃない?国家反逆罪扱いで牢屋でしょ?あいつら」

「じゃな。まあ今回は本当にまずかったで、そうなろう。彼女たちの特徴としては、一般人には甘い。ゆえに彼女たちが土地に親しみやすくなるよう、それとなく手を回すぐらいしかなかろう」


それしかないよなぁ・・・やっぱり。


「まあ、解決策があるだけましか。問答無用で攻め込まれてたら数日持てばいいほうかな?」

「まあ、そうじゃな。よかったよかった、うちの子が少し残念な子のおかげで甘く見てもらったのかもしれんからな」

「なんだとじじい!」

「じじいというなといつも言っとるじゃろうが!」


執務室で孫と爺の取っ組み合いが始まる。

このじゃれあいが出来てほっとしてる。

食事中は緊張し過ぎで何食べたかも覚えてない。

はぁ・・・明日もうまくいきますように・・・・。

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