第69話食事は美味しいです!
「ベレマナ様」
さっきよりさらにドスのきいた声で領主さんを呼ぶ爺さん。顔はニッコリだけど、あれ間違いなく怒ってる。
その声に、見るからにやばいという顔をしながらこちらを向く領主さん。
力関係がすごく見えるね。大丈夫なのそれ。
「ス、ステル様もどうぞ。お食べになってください。西端の田舎の郷土料理のようなものですが、味には自信がありますので」
ふむ、ここ田舎なのか。国境の町だし、人の出入りもありそうなのに・・・。
あ、そういえばウムル側からはこの国に来る人全然見なかった。
けど、竜祀る国なんだし、国の人はきそうなのにな。
「ご謙遜を。この地はこの国にとっては、聖地とされている土地ではありませんか」
イナイが答えたことにより俺の中ではさらに混乱。
アロネスさん!情報が中途半端すぎんよ!ちゃんとそういうのも教えてくださいよ!
これ、どっちが本当なんですかね!
「はは、もう昔の話ですよ。今やこの地はただ竜が住まう土地。
度胸のある人間か、信仰心のある人間しか住み着かないし、寄り付かない土地です。先々代の頃まではまだそこそこ人は訪れたそうですけどね。
いまでは形だけ、そういった信仰と、その名残が残っているようなものです。
古い方々はそうでもないですが、若い方はもう竜への信仰心は、ただ昔から馴染みのある土地に伝わるお話程度の認識ですよ」
ああー、なるほど、段々と信仰心が薄れていった感じなのかな。
日本の信仰に似てる気がする。
「お祭りの時期だけは、そこそここの地を訪れますが、それ以外では静かなものですよ」
あー、なるほど、やっぱりそういうのあるのね。
神事にお祭りは付き物だもんな。
チョコバナナ食いたい。そういえばバナナ見たことねーな。いや、他の物も似たようなものはあるけど、同じものは今んとこほぼ見たことないけど。
どうでもいいことを考えながら黙々と食事をする。
だって、お腹すいてたんだもん。崖登りして、竜と戦って、その間に食べたものは保存食ですもん。
うまい。シガルも美味しそうに食べている。
「ふふ、そんなに美味しそうに食べていただけると嬉しいです」
イナイに向いていた視線が、気が付いたらこっちを向いていた。
「あ、すみません黙々と食べてて」
「いえ、お気になさらず」
そう言ってニッコリと笑う。落ち着いて笑う姿は綺麗だ。
さっきのハクに近寄った時の残念さは見て取れない。
「ヴァーガナ卿、お聞きしたいのですが、ここに来るまでの道の指示はあなたが出したのですか?」
イナイが真面目な顔で口を開く。
道?ああ、そういえば人気がないところ通ってきたな。
その言葉に、にこやかな笑みが消え、真面目な顔になる領主さん。
「ええ、あなた方、というよりも、ステル様。あなたに民間人が粗相をしてはいけない、と。
兵には街に近寄らず、直接ここまで来るようにさせました。もしや、ご気分を害されましたか?」
「いえ、お気遣いありがとうございます。ですが私は王に認められた立場とはいえ、所詮ただの技工士です。そこまでお気になされずとも、問題ありませんよ」
ふたりの言葉に言ってないけど見え隠れする言葉がある。
領主さんは民がイナイになにかすれば大事になるから近寄らせたくない。イナイはそれが至極面倒だからやめてほしい。
まあ、この場合イナイの我が儘な部分もある。立場がある人間が来るっていうことは、こられた側からすれば気にするなというのは無理な話。
だからイナイはあくまで、気遣いに感謝はしています。というポーズだ。
「そういうわけにはまいりません。ステル様といえば、ウムル王国では英雄。そしてその技工の技は国内のみならず周辺国にも恩恵をもたらしています。
あなたはウムル王国の貴族の前に、一人の技工士としても讃えられる方です」
「買いかぶり過ぎですよ。私は私の思うように生きていただけです」
「ならば尚の事素晴らしい」
ふむん?さっきの俺の考えとはちょっと違うのかしらこの領主さん。
まあ、何かあっては問題だとは思ってるだろうけど、単純に他国の偉いのが気が付いたら自分の領地にいてめんどくせー的なものじゃないっぽい。
「アロネスも過去、この地に訪れたようなのですが、それはご存知ですか?」
イナイはこの話題は続けてもダメだと思ったのか唐突に話を変える。
「ネ、ネーレス様がですか?い、いいえ、存じておりません。いつの話でしょう」
あれ、アロネスさんここには来てないのかな?
直接山に行ったのだろうか。それにしては組合のおっちゃん知ってたみたいだけど。
「いつごろだったかは忘れましたが・・8年以内の出来事だと思います」
「そ、そうですか・・もしかしてあのときの・・・」
「なにかご存知ですか?」
「は、はい、いつだったか正確な時期はわからないのですが、数年前軽装で山に向かった方の話が噂程度で出回った時期があります。
そのちょっと前に竜神様が山で戦ったらしきものが見えていましたので、もしや・・・。
ただその時は山に行かれた方が帰ってきたと報告も無く、特に気にも止めていませんでした
街では、誰かが挑んだんだと噂されていましたが、真偽を確かめることもできませんし・・」
直接帰ったな、多分。
そこで、ふとハクを見た。ガッツガッツ食ってる。
よっぽど初体験な食事が旨いのか、勢いが凄い。
っていうか、そばに控えてたこの家の従者さんがおかわり持ってきてさらに食ってるよ。
しかし、メイドさんじゃないな。当たり前か、常識が違うんだし。
真っ黒の長袖の上着と真っ黒のシンプルなパンツだ。
「私も、そちらのタロウ、さん?に聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
ハクを見て和んでたら話を振られてビクッとした。ハズい。
「なんでしょう?」
「竜神様に挑まれた、ということですが、本当ですか?」
うん、そうよね、疑問よね。
俺もあの竜見たからわかるよ。俺が挑んだって言っても信じられんよ。
「ええ、挑むつもりではなかったんですが、なぜかそういうことになりました」
そう言ってイナイを見る。
その向こうにいるシガルが、あ~って感じの顔でイナイを見てる。
「タロウにはいい経験かと思い、やらせました。結果としては上々といったところです」
その言葉に領主さんはガタっと立ち上がった。
「上々、なんてものではありませんよ!竜神様に勝ったんですよ?強いと認められたではなく、勝った。それがどれだけの力を持っている人間ということか!
もしかしてと思っていたのですが、彼はウムルの次代を任せる人間なのではありませんか?」
鼻息荒そうに聞いてくる領主さん。
ウムルの次代?いえ、ないです。ワタシムズカシイコトニガテ。
政治に関わる気なんて一切ないっすよ。
「彼はただの一般人ですよ。ただ彼の師が我々だというだけです」
「そ、それこそとんでもないことではないですか!」
「ただ教えた、というだけですよ。彼がただの一般人であることには変わりはありません。そうでしょう?」
「そうですね。その通りです。ベレマナ様。お客様に失礼ですよ。お座りください」
爺さんに言われて自分が立ち上がったことに気がついたようだ。慌てて座る。
なんだろう、爺さんがすこし緊張して俺とイナイの顔を見てる。
領主さんは、さっきの会話を反芻するように考えながらイナイを見ている。
「そう、ですね。失礼をいたしました。その通りです。彼はただの一般人ですものね」
「ええ、ご理解ありがとうございます」
うん?なんか二人だけで納得してるぞ?
当事者の俺は何言ってんのかさっぱりだっつーのに。
そのあとは領主さんにせがまれて竜と戦った時のことを話した。
俺視点で俺だけの話になってしまった。というのもハクがひたすらに食っていたからだ。
どこに入るんだっていうぐらい食ってた。あいつ自分の体の3倍ぐらい食ってたぞ。
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