第64話子竜の決心ですか?
すごいすごい!
この少年、見た目よりすっごい動ける!
不思議な力を使って一瞬一瞬を見極めて、緩急をつけてる。
そのせいで、攻撃のタイミングがずれて、当てられない。
絶対かわせないと思ってた攻撃が、ことごとく外れる。
魔術じゃない、不思議な力。
なんとなく、何かやってるのはわかってるけど、どうやってるのかわからない。
すごいな!人間すごいな!私達にできないことをたった100年も生きられない身で習得してみせるんだから!
アロネスが来た時は、自分が戦えなかったのは残念だったけど楽しかった。
短い間だったけど、ここにいる間、いろんな話を聞かせてくれた。
自分が住む人間の街の技術とか、道具とかの、進歩。この国しか知らない私にとってはすごくすごく楽しい話だった。
私たちはここにずっと住み着いてて、ほとんど、ほかのところには行かない。
退屈なのに、なんで?ってアロネスに言われたけど、竜はそういうものなんだ。
生まれた地の周辺でずっと生活し、生まれた地で地に帰る。
そしてどれだけ退屈でも竜には戦いを挑まない。
本能が、それを拒否するんだ。
だからこうやって、たまに来る楽しませてくれる人間を心待ちにしている。
老はそんな竜はきっと私たちだけだろう。世代を重ねればいずれ本能を押さえ込んで、外にゆく者も出てくるだろうって言ってた。
私は一度遠くに行こうとしたけど、できなかった。途中でとっても怖くなっちゃったんだ。
なんでかわからないけど、竜は昔からそういう生き物なんだ。
だから、この少年のような人間が来てくれる事は私たちにとって、とても嬉しいんだ。
だから、私頑張るよ!
私は100年程度しか生きてないから、体もちっちゃいし、大したこともできないけど、思いっきり楽しむよ!
だから少年、君も思いっきりやるといい。思いっきり楽しむといい!
その想いをありったけにぶつけるように闘う。
魔術も使える限り使い続けていく。
少年は「だーー!」だの「こなくそーー!」だの「だから規模がでかいってー!!」だの叫びながら避ける避ける。
でもわかっちゃうんだ。少年はまだまだ本気を出してない。それは間違いない。
つまりそれは、私が少年に本気を出させられるほど強くないということだ。
その証拠に少年は、段々と私の動きに対応し始めてきた。さっきの不思議な力を使わないで私の攻撃をかわしながら腕を切りつけてきた。
『あははは!すごいな少年!でも私の鱗はそんな攻撃じゃ通らないぞ!』
少年の攻撃は私のウロコに阻まれてはじかれる。
けど私の言った言葉は少し間違いだ。確かに斬撃は通らなかった。けど、反撃をされ始めた焦りが私の中にある。
それを誤魔化すためにああ言った。だって、反撃できるようになってきたってことは、私の鱗のない所を攻撃できるってことだもん。
すごく、すごく、すごくすごくすごく怖い。
負けるどころか、傷つくって経験がほとんどない竜が、人間に負ける。
それをなし得る可能性のある人間が目の前にいる。
なんて怖いんだろう。初めてだ。こんなに焦って、こんなに怖いのは。
それに何よりもこんなに楽しいのも初めてだ!
負けるかも知れない。勝てないかもしれない。そんな結果のわからない戦いがこんなに楽しいなんて!
少年!君はすごいな!もしかして今の世界には君の様な人間がもっともっといるのかな?
行きたいな!見てみたいな!ここから離れるのはとても怖いけど、この怖さと楽しさを味わえるならそんな怖さ、なんてことないと思えてきた。
戦闘が続くうちに、少年は剣にもなにかの魔術をかけ始めた。
その魔術がなんなのかはなんとなくわかった。たぶん剣を強化したんだ。
だって、そうじゃなかったら、私の鱗が切り裂かれるわけないもん。
すごいな、竜の鱗を切れるような魔術を使えるんだこの少年は。
痛い。すごく痛い。怪我をするってこんなに痛いんだ。
楽しい。痛いって、生きてるって認識できることだって老が言ってたのがすごくわかる!
竜はこの痛みも知れずに朽ち果てる者が当たり前だった。
だけど私たちの一族は、この高揚感と痛みを知ってしまったらもう戻れなくなった。
今すごくわかるよ。最初の人間の友達になった竜の気持ちが。
楽しいよね、すごく楽しいよね。そりゃこんな楽しみを奪われたら怒っちゃうよね。
少年は私が傷に全く怯まず攻撃を繰り出してきた事に少し焦り、また大きく逃げ回る。
でも、やっぱり最初の方の不思議な力は使ってない。
ああ、悔しいな。戦うのは楽しいし、嬉しいけど、その相手が本気で戦わなくていいぐらいの力量差ってのは悔しい。
アロネスと戦った竜が、楽しかったけど、悔しかったって言ってた意味もわかっちゃったよ。
だから、使うよ。私ができる一番強い攻撃を。
竜が放てる最大の魔術を。
私じゃ一回使ったら、元の姿に戻っちゃうから、少年が立ってたら少年の勝ち、倒れてたら私の勝ちだ。
大丈夫。少年なら絶対死なない。
だから勝っても負けてもきっとまたこの戦いを味わえる。
そのときは私も、もっと強くなるよ。
だから、少年が死ぬ前にまた戦おうね。
「げぇ!なんだそれ!!」
少年は私の魔術を見て叫ぶ。
やっぱりすごい。この少年は見ただけで今使う魔術の威力を見定めたんだ。
私は少年に向けて、最大出力で炎の渦を叩きつける。
私達竜は、なぜか炎の魔術を無意識に行使できる。それをわざと意識して力を溜めて放つ。
当然その分魔力はごっそり持っていかれる。
私は魔力量も魔力操作も成竜には及ばない。けど、威力だけは本物だ。
だから、竜の誇りと、この戦いに対する感謝と、少年の強さに対する敬意を込めて、撃った。
少年はかわさず防御しようとしていた。逃げる素振りも見せなかった。少し意外だ。
大惨事だ。正面の地面は融解してるし、周りも熱と衝撃で真っ白だ。
普通なら人間は死ぬ。こんな攻撃人間じゃ耐えられない。
でも、立ってる。あの少年は、立っている。
少年の周囲だけ、足場がちゃんと残ってる。純粋に魔術で防いだんだ。やっぱりこの少年はすごい。
「あっつ、あっつ!ちょ、本気で洒落にならんかった!死ぬかと思った!」
なんて軽口を叩きながらなるべく無事な地面へ飛び移る。
『少年。君の勝ちだ』
私は元に戻った姿で少年に告げる。
「あ、元に戻ってる。さっきので全力使い果たしたってことですか?」
『そういうこと。ありがとう。とっても楽しかった。本当にありがとう』
少年はその言葉を聞いたら大きく息を吐いてどかっと腰を落とした。
「つっかれたー。まさかこんなに強いと思ってませんでしたよ」
なんて、言ってきた。それは私の台詞だ。
少年は明らかに最初の印象より強かった。
でも確かにお互い様か。私は普段はちいさいし。
楽しかったな。外に出れば、これ以外の楽しいことも沢山あるってアロネスが言ってたけど、ここを離れる怖さを超えるほどの興味は起きなかった。
でも、今は違う。あんな怖さなんともない。
もっと怖いことを知ったから。もっと楽しいことを知ったから。
だから決めたよ。
『少年!私はお前についていくぞ!なに、たかが100年程度だ!』
少年が死ぬまでは、ついて行ってみようと思ったんだ。
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