第62話竜と対面します!
ギロリとこちらを睨む竜と目があった。
こいつ、やばい。
戦わなくてもわかる。強すぎる。
つーか、そもそもサイズ差が半端じゃない。こいつの前足の爪一つが俺よりはるかにでかい。
ちょっとした山がそこで生きてるぐらいのサイズだ。
『―――――――――――――!!!』
竜が口から炎をちらつかせながら咆哮を上げる。
ただそれだけで地響きが起きる。
怖い。洒落にならないぐらい怖い。
圧倒的な強者に対する恐怖で体がすくむ。
ああ、確かにおっちゃんの言うとおりだ。これはすぐに逃げ出したくなるよ。
怖くて、一歩下がりそうになった俺の耳に届くものがあった。
「――ひっ」
俺の耳にその声が聞こえた。咆哮に恐怖する少女の声が。
声のした方を見ると、明らかな恐怖の顔でシガルちゃんが動けなくなっていた。
――――バカ野郎なにやってやがる。
てめえはこの子を連れてくるとき、親御さんになんつった。
任せろつったんだろうが。
だったらてめえは恐怖ですくんでる場合じゃねえだろうが!
俺は竜に対する恐怖を不甲斐ない自分自身への怒りで押し殺し、シガルちゃんの壁になるように横にずれる。
この子は俺を真正面から慕ってくれている。
未だにどこが良かったのかなんてさっぱりわからないが、一緒にいる時間が増えてもこの子の俺に対する目は変わってない。
イナイにもなついている。なら俺にとってこの子は家族だ。
そしてそう思うなら、守り通せ。
別にこの竜に勝つ必要はない。全力で、生きて、この子を逃がす。
守る。何があろうと。
その想いをさらに上乗せ、勇気に変えて竜を見据える。
怖がってもいい、でもどれだけ怖くてもよく見ろ。体はいつでも使えるようにしろ。
最悪二人抱えて逃げるんだから。
そこでふと、ちらりとイナイを見た。
すると腕を組んで仁王立ちで、こちらを満足そうに見ていた。
めっちゃ余裕すぎる。
「うん、いいな、やっぱいいな、お前」
なんて、すごく嬉しそうな呟きが聞こえたが、なんのことかさっぱりわからんのですが。
その俺たちの様子をしばらく睨みながら眺めていた竜が、先程までの威圧をとき、なんとなく嬉しそうな目をした気がした。
『ふむ、なるほど、その少女はともかく、そちらの二人はここに立つ資格が有るようだ』
・・・・・しゃべった?
え、ちょ、喋んの?
あ、そうか、アロネスさんが話分かるって言ってたっけ。
でも賢いってだけで喋れるとは思ってなかった。
魔術で意味を伝えられてはいるけど、それはつまり、この竜の鳴き声が、ちゃんと言葉だということだ。
「初めまして竜殿。私の名はイナイ・ステル。おそらく過去に、アロネス・ネーレスという男が訪れませんでしたか?私はその同胞です」
『おお、覚えておるよ。あの強き不思議な魔術師だな。錬金術、といったか?あれは不思議な業であった。
彼は素晴らしかった。我の想いに十二分に答えてくれた。なるほど、彼の仲間ならば納得できよう。
来たのが少年少女であったので、なんの間違いでここに来たのかと思ったよ。
わしには名前はないが、皆には老と呼ばれておるよ。一番年寄りでの。あまり動かず、ここに来た者の試験官といったところだの』
イナイの挨拶に答える竜は、楽しそうに喋る。さっきのような凄まじい威圧感はどこに行ったのかという感じだ。
しかし、試験官か。つまりあの威圧にビビったら不合格。とっとと消えろという話なのかな?
「その言葉といい、先ほどの石碑といい、竜の一族は独自の魔術を使われるようですね」
『そうだのう。人間が使う魔術とは、少しばかり違うの。だが根幹は一緒だよ。世界に力を借りるのは変わらん。
あの石碑は何百年か前にここに来た人間にせがまれて作った物でな。起動の言葉は彼らが考えたので、人間にも使えるというわけだ。
そしてそれがちゃんと理解できるお主も、相当の魔術師のようだの』
「ありがとうございます。ですが、アロネスには劣ります。彼は我々の中でも天才に位置する者です」
『ほっほ、謙遜するでない。わかるよ。お主は彼に劣ると言う程の力量差は無いだろう?』
「ふふ、あなたのような竜にあうのは初めてですよ。アロネスがあなた方を手放しに褒めたのが理解できました」
『ほっほ、そうかそうか、彼も我々をよく思ってくれていたか。それは重畳』
さっきまでの緊張感がバカバカしくなるほどの温和で、のんびりした世間話がされている。
俺も会話に参加していいのかな?
「あのー、すみません、いいですか?」
『おお、どうした少年。なにか聞きたいことでもあるのかの?』
「なぜ、あなた方はここに人が来るのを待っているんですか?」
その質問に、竜は首をかしげる。
何か変なこと言った?
『お主ら、わかっていてここに来たのではないのか?』
「すみません、竜殿。あまりここに関する詳しい内容は聞いておらず、ただあなたに会いに来てみたかったのです。それが失礼なことであったのなら、申し訳ありません」
あ、イナイ、やっぱタダの興味だったのね。
『ほっほっほ、そうであったか。なに、気にする必要はない。彼の同胞と言うならば、主らもまた、我らの同胞だよ。
そちらの少女も、もう怖がらずとも良い。ここに来るは、普通は戦いの為ゆえにあのような対応だっただけで、お主をどうする気もないよ』
「は、はい、ごめんなさい」
『ほっほ、謝る必要はないよ。気楽にしておくれ』
ほむ、最初の印象と違い、この竜すごく優しい竜に見えてきた。
しっかし、すげえなアロネスさん。こんなとんでもない竜に同胞とか言われてるよ。
あの人普段ふざけてて掴みどころがないけど、やっぱすごいな。
『そうじゃな、どこから話そうかの』
竜は、ふむと考え込んで、ゆっくりと話しだした。
それはこの国に昔起きたお話。
何百年どころじゃなく、何千年も前の話。
大昔、竜はとても退屈をしていた。
生まれながらの強者。自らを鍛えずともすべてを狩り取る圧倒的強者。
だが、その力を振るわずとも生きていける存在。
ゆえに何もすることがなく、ただただ退屈だった。
退屈を紛らわすために獣を狩り、人の住む集落を襲うものもいたが、やはり退屈であった。
圧倒的ゆえに、すべてが簡単すぎたからだ。
そんなある日、とある人間が竜に挑んできた。
討伐ではなく、ただ自分がどれぐらい強いのかを確かめたいと、無謀にも竜に挑んだ。
竜は、あっさりと人間を倒す。
人間は命からがら逃亡した。
だがその人間は翌年、また竜に挑みに来た。
そのときでも、竜のほうがまだまだ強かったが、人間も前と違い少し強くなっており、勝てずとも一矢報いることができた。
だがまた命からがら逃亡した。
そしてその人間は何年もそんなことを繰り返し、ある年とうとうその竜に勝った。
竜は驚いたが、嬉しかった。
人間が何度も何度も挑んできて、来るたび来るたび強くなって、新しいことを覚えて、楽しい戦いをくれたことが。
とても心躍る戦いをくれた人間に、感謝をしていた。だから、ここで殺されても、満足だと思っていた。
そんな竜に人間はこう言った。
「楽しかったな。お前も楽しかっただろ?また来年来るから、そんときゃ傷治ってんだろ?今度はお前が俺に挑戦する番だぜ?」
殺されると思っていた竜は、心底その言葉に驚いた。
そして、自分がまだ、こんな楽しい戦いをさせてもらえるのだと理解して、その人間になお感謝した。
だが翌年、人間は来なかった。
とても楽しみにしていた竜は、待っていられず、人間の気配を探しに出かけた。
そこでその人間がとある国に毒殺されたと知る。
竜は怒り狂い、その国に飛んでいき、王都の上空で叫んだ。
『我に勝利し、我が認めた人間を!我が友を!恩人を!よくも汚い手で殺してくれたな!
かの者は我に挑み、我が認めた同胞!我らが同胞につまらぬ方法で手をかけた事、絶対に許さぬ!』
竜はそう言って、城を焼き払った。
その国は人間が住んでいた国を攻めようとしており、あまりに強すぎる人間が邪魔だった。
だから毒殺という手に出た。
戦って敗れたのであれば仕方ない。だがそうではない。あの人間は戦うことも許されず殺されたのだ。
それはどれだけ無念だったことか。そう思うと竜は心が張り裂けそうになりながら咆哮を上げたあとに、言った。
『あの国は、わが友の地!我が同胞の地!竜が守護する地と心得よ!』
そう叫んで、竜は住処に戻った。
その言葉が人間の国にも広まり、この国では竜が国を守護する存在として、竜神として祀られるようになった。
そしてその竜の想いに応えられる人間がいれば、竜のもとへ行き、その加護に対する恩を返すため戦いに行くようになった。
『それが長い年月をかけて、いつの間にか我らに勝てば竜の加護がもらえる、という話になったんだろう。
我々もそれが少々楽しくての。何千年かそうやっておる』
「規模がでかすぎて、驚きました」
数千年前とか。人間じゃ正確に伝わるか怪しいというか、下手すりゃ話自体なくなるレベルだ。
『ほっほっほ、人間は長く生きれても100年ちょっとだからの。我々は長ければその百倍以上は生きるのでな』
一万年っすか。
流石に規模が違いすぎて想像できないっす。
『だが近年は、祀られ、捧げ物は送られるものの、戦えるものが来ず退屈しておった。ゆえにアロネスの来訪はとても素晴らしい事だった。
アロネスは、彼を思い出させてくれた。もう段々と薄れていた記憶がとてもはっきりと、昨日のように蘇った。彼には感謝してもしきれん』
それってもしかして、今の話、この人?
「その話は、まさかあなたの話、ですか?」
『そうだ、と言いたいところだが違う。わしはその戦いをいつもそばで見ておった者だ』
なるほど、だから詳しいのか。
『あやつはいつも楽しそうに戦っておった。見てるこっちが楽しくなるくらいにの。
ゆえに、あの人間を殺され、怒りに任せて城を焼き払った気持ちは痛いほどわかる。
だが人と付き合うようになってあやつは知ってしまった。自分が焼き払った城で死んだ者たちに対して、自分と同じように死を悼む者がいるのだと。
野の獣と違い人間は、身近な者の死が消えない傷になるのだと。それに思い悩むようになった。
あの城にいたものには罪なきものもいたのではないか、とな。
あの人間を失ったことで、あやつは純粋な竜としての思考は出来なくなったのだろうな。
そのせいか他の竜よりも早く、弱っていった。そして我らに思いを託して、死んでいった。
そのことを人間に伝え、代わりに我らがあやつの思いを受け継ぐことを伝えたのも、未だに祀られるようになっている理由かもしれん。
そして我らもまた、人と関わりを持ってしまった。もう、純粋な竜とは少し違うのだろうな』
竜は、少し寂しそうな、でもそれでも楽しそうな、何とも言えない感じで話していた。
『老ー!また人間がきたってホントー!?今度こそ私の番だよー!!』
そこに、そんな元気な声でやって飛んで来るものがあった。
ん?なんかやな予感すんぞ?
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