第50話リンさんの忘れ物です!

「ただいまー」


今や誰もいない、いや、俺とイナイだけになった家に帰る。

どうやってだって?転移です。

俺は使えない。腕輪の機能ですよ?


「すっきりした顔しやがって」

「あはは、面目ない」

「お前、年齢にそぐわない落ち着きや、変に受け入れるのが良すぎるから気にはなってたんだ」

「あ、そなんだ」

「おう、あのリンも言い出したくらいだからな」


まじか、そんなに変だったのか。

でも落ち着いていると言われると困る。瞬間沸騰器みたいに一気に頭に血が昇った覚えが、ここに来てから2度ほどあるだけに。

そいや、あのバカ貴族どうなったんだろ。


「ま、お前にとってここがあるべき場所と思えるなら、それでいいよ」

「・・うん、ありがとう」


俺はイナイを抱きしめる。誰もいないせいか、イナイはそれに素直に応えてくれる。


「キ、キスとか、してみるか?」

「あ、そういうのストレートに聞くんだ」


なんとなく、そういうのって言外の雰囲気で察しろって思われるのかと思ってた。


「え、だ、だめなのか?」

「いや、ダメってことはないよ」


あたふたするイナイが可愛い。


「じゃ、してみる?」

「お、おう」


俺たちは、お互いに目をつむり、唇を近づけていく。


「あのー、仲がいいところよろしいんだけど、申し訳ない。あたし居るのよ」


その声にばっと離れて、見ると、リンさんが居た。


「い、いつから居た!」


イナイ、声裏返ってるよ。


「うん、ごめん、最初から居た。ちょっと忘れてた事あったから、待ってたら寝てた。起きたらいちゃついてて、いつ声かけようかなーって」

「うわあああああああああ!」


イナイは頭を抱えて叫ぶ。


「リンさん、何忘れたんですか?」

「うん、忘れ物っていうか、事」


うん?なにし忘れたんだろ。


「タロウ!お前なんで平然としてるんだよ!」

「いや、だって、前にもあったし。もう、なんか、いいかなーって」


恥ずかしくないわけじゃないけど、見せつけようとしてたわけじゃないし、いいんじゃないかね。


「うう、なんでだ、なんであたしだけこんな恥ずかしい思いしてんだ・・・」

「昔散々あたしをからかった罰だね」

「ぐっ、くそう・・・・」


あ、そういうのあったんだ。イナイはもはや何も言う気が起きないようだ。


「で、イナイ、ちょっとタロウかりていい?」

「・・・・大怪我させてくれるなよ?今セルもアロネスもいないんだから」

「大丈夫、すぐ終わるよ。タロウ、ちょっと外についてきて」

「あ、はい」


言われるとおり、外に出る。

するとリンさんは鎧姿になる。前に見た赤い軽甲冑。

そしてその手には剣を持っている。ただ、初めて見る片手剣だ。

両方とも腕輪に入れているようだ。


「タロウ、構えて」


リンさんはいつものような気楽な雰囲気の無い声で言う。

俺はそれに素直に従い、剣を出す。アルネさんからもらった普通の剣だ。


「これが忘れてたこと。一度しかしないから」


そう言って、リンさんはいつもと違い、構える。

なんだ、これ。

怖い。

いやいつも怖いけど、いつもの怖さなんて話にならない。

怖い怖い怖い。

いつかイナイがロボット着て来た時に感じた恐怖と同じものが体を駆け巡る。

勝てないとか、そういう話じゃない。なす術なんて無く、ただ殺される。そう思う怖さ。

手が震え、息ができない。


「・・・いくよ」


リンさんは、ちゃんと、宣言をしてから切り込んできた。

でも反応できなかった。

動く瞬間も、近寄られた瞬間も、切りかかられた瞬間も。

レベルが違いすぎて、全く何も出来なかった。

リンさんが切った場所が、俺の隣じゃなかったら、死んでいる。

リンさんが踏み込んだところはクレーターになって、切り込んだ地面は大きくえぐれている。

なんだ、これ。強化も補助も使ってない人間が、こんなことができるのか。


「タロウ、見えた?」

「見るだけは、できました」


震える声で答える。

リンさんはその答えを聞くと、装備をしまう。


「うん、タロウはまだまだ強くなれるね」

「そう、なんですか?」

「あの攻撃が見える時点で、まだまだ成長の余地はあるよ」


見えた。けど、見えただけだ。

それも微かに、こう動いたってのがわかっただけ。

それでも見えてるか見えてないかで、雲泥の違いがあるのだろう。


「これがあたしの本気。そしてこれより強い奴がこの世界にいる。だから、タロウ」


リンさんはそこで言葉を区切った。

少し沈黙してから口を開く。


「イナイ姉さんの事、守ってあげてね」


真剣な目で、そういった。

姉さん。ミルカさんと一緒で、リンさんもイナイを姉さんと呼ぶのは、特別な意味があるようだ。


まだ俺にはイナイを守れるほどの力はない。

リンさんはそれが分かっているはずだ。けどその上で守ってやってくれと言う。

つまり、戦うことだけの話じゃない。いろんな意味で守ってやってくれと言われてる気がした。

それがなんなのかは、真意はわからないけど、俺は返事をする。


「イナイ守れるほど強くはないですけど。イナイを泣かせるような真似だけはしないように頑張ります」

「うん、お願い」


リンさんは、俺の言葉を聞いて、にっこり笑う。

イナイはみんなに愛されてるな。


「見えなかったらどうするつもりだったんですか?」

「まあ、それはそれで、いざという時の戦力とは考えないようにするだけかなー」

「それはちょっと、切ないですね」


いざという時なんてあって欲しくないけど。


「あはは、なら、強くなってね。イナイより、ミルカより、セルより・・・あたしより、ね」


リンさんの言葉には、なにか辛そうなものを感じた。


「じゃ、帰るねー」

「あれ、もう帰るんですか?」

「うん、用はこれだけだし。イナイに宜しくねー」

「そう、ですか。わかりました。では、また」


その言葉に頷いて、リンさんは転移する。

俺と同じで腕輪でだけどね。

リンさんを見届けて振り向くとイナイが立ってた。


「柄にもねえな、あいつ」

「いつからいたの?ていうか聞こえてたの?」

「おう・・・あいつ気が付いてて言ったみたいだけどな」

「あ、そうなんだ」


俺そんな余裕なかった。スゲー怖かったです。マジで殺されるかと思った。


「姉さん、ねえ、あいつに言われるとむず痒いわ」

「あはは、でも、みんなイナイの事好きだね」

「・・・ああ、あたしもあいつらが大好きだよ」


目をつむっていうイナイ。

そんなイナイに軽くキスをする。

ちょん、とつけるだけの可愛いものを。

イナイは驚いて目を見開き、顔を真っ赤にする。

俺も少し顔が赤い気がする。


「な、な、なに、い、いき、いきなり」

「いや、さっき途中だったし。可愛いし、いいかなーって」

「っ!」


イナイは綺麗なボディーをいれてズンズンと家に帰る。

俺はしばらくその場から動けませんでした。

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