第48話最後の訓練です!

俺は右手を前にだし、左手を引き、体を半身にして、右足を前に出す。

足の向きは内側へ、重心は少し落とし、つま先でバランスを取る。

親指に力を込め、どの方向にも動ける体勢を取る。


いつもやっている動作を丁寧に意識しながら、打ち込む。

愚直な直打。でも、今打てる最高の直打。

それをあっさり躱され、その上目の前に拳が迫る。


その拳を体を横にひねり、首を曲げ、肩と頭で挟む。

それと同時に掌を打ち上げ、肘関節を狙う。


悪手だった。いや、この人以外には早々悪手ではないだろうが、この人の反応速度では対処できるものだった。

首に痛みが走る。手首のスナップだけで首に抜き手を放たれる。

痛みで思わず力が緩み、その隙に手は戻され、同時に蹴りが胴に放たれる。


それを膝で受け止め、その蹴り足を蹴り上げる。

と同時に地を蹴り、懐に潜り込み、体のバネも使い打ち上げを放つ。

その攻撃は顔を上にそらされて、掠めるだけに終わる。

でも、かすった。


全力で放った打ち上げのせいで、体がちゃんと地についていない。

そこに蹴り上げた足が降ってくる。踵落としだ。


軽く後ろに動きながらの踵落としに、まだ地につききってない足首を伸ばして無理やり前に行って受ける。

その受けた反動も使い俺の上に跳び、さらに顔面に蹴りを放ってくる。

何とか左腕で受けたものの、衝撃で腕が上がらない。

たまらず後ろに下がる。


回復などさせぬとばかりに、着地後迫ってくる。

動く右手でジャブを放つが、全て空振り、腕を取られる。

ヤバイと思い、前蹴りを放つが、右手を離された。誘われた。


軸足を駆られ横転する。しかも左側に。

何とか体をひねって、腕をつこうとするが、その腕を蹴られ、顔から落ちる。

そのあと背中にトンと、何かが当たる感触がする。


「勝負あり、だね」

「はい、負けました・・・」


今日はミルカさんと組手ができる最後の日。

まだここを離れるまでもう少し余裕はあるが、ミルカさんは王都で仕事が始まる前に結婚式をするそうで、これ以降は相手ができないということだった。

だから、本気だった。

今まで以上に。

でも、届かなかった。


「結局一発入れる約束は果たせず、か」


宣言しておきながら情けない。


「入ったよ。一撃」

「かすっただけだろ?」

「でも、一撃は一撃。入れられると思ってなかった」


ミルカさんは嬉しそうに言う。


「仙術に頼らず、体術を、私の誇りを大事にしてくれた。タロウ。ありがとう」

「ただ意地になってただけだよ」

「うん、それでもいい。ありがとう。楽しかった。」


そう言いながら俺の頭を撫でる。

結局最後まで子供扱いだな。


「仙術の技もちゃんと教えられた。あとは、タロウ本人のがんばりしだい」

「うん、今までありがとうございました」


頭を下げて礼を言う。


「タロウは・・・いや、いいか」


ミルカさんは何か聞きにくい事を聞いていいのか悩むような感じで、言うのをやめた。


「どうしたの?」

「ううん、いい。タロウはタロウ。それでいい」


ふむ?

ま、いいか。ミルカさんがそう言うなら。


「そうだ、聞いてなかった。タロウ、結婚式、くる?式しかしないけど」

「いいの?」

「いいよ。私あんまり騒がしいのは好きじゃなくて、式しかしないから、身内しか誘ってないし、すぐ終わるけど」

「じゃあ、いくよ」

「ん」


結婚式か、どんなのなんだろ。

ちょっと興味が出てきいてみた。


「ご先祖様にともに歩む人を報告する儀式みたいなもの。本当は式もしたくなかったけど、周りがしろって五月蝿かったから。立場って、面倒」


なんともミルカさんらしい。

じゃあドレスとかは着ないのかな?


「着る。真っ赤なドレス用意されてた。すごく、やだけど、しょうがない」


やだとは言いつつ、ミルカさんの顔は若干嬉しそうだった。

照れてるだけかな?

しかし真っ赤か、白じゃないんだな。


「別になんでもいい。結婚式という場にふさわしいドレスなら。男性も正装なら、それでいい」


そう言って俺を見る。


「イナイは私より、盛大にやれってきっと周りが五月蝿いよ。ブルベ兄が特に」


そう言ってにやっと笑う。

王様がいうのかー、そうかー。イナイすごいなー。

ちょっと気が重い。








「さて、いくわよ」

「はい」


セルエスさんが魔術を放つ。俺はそれを障壁や仕込み結界で防御しつつ、攻撃魔術を放つ。

相変わらず短くでも詠唱が必要な魔術はセルエスさんまで届かない。

でも今の俺には奥の手がある。あの日からずっと訓練していた奥の手が。


「うーん、硬いわね。攻撃はこういってはなんだけど、まだまだそこそこなのに、防御だけはかなりのものね」


魔術をいくつも放ちながらそう評価してくれるセルエスさん。

だが彼女は手加減をした上での発言だ。

本気ならこの倍以上の攻撃が降ってくる。


バレてそうだけど、それに甘えて、攻撃魔術を放たずに、少しずつ仕込んでいく。

セルエスさんの魔術を相殺できる数になったら障壁を維持している分を消し、全てを放つ。


「うん、いい手。私には通用しないけど」


そりゃそうだ。俺が仕込んだ数を瞬時に撃てるんだから。

でも、本命はこっちじゃない。さあ、いくぞ、撃ったら動けなくなって終わるけど、驚かせるぐらいはできるだろ。


そう思い、放つ。

世界の力を通さない、純粋な自身だけの力を、世界のルールに干渉させて衝撃に変える。

詠唱はいらない。世界を一度通す手間を挟まない攻撃は、詠唱を必要としない。

コントロールと、イメージの力。それのみで放たれる一撃は、セルエスさんに届く。

いや、正確には、セルエスさんがいつの間にか展開していた障壁に阻まれたが、他の魔術の干渉を受けなかった。


「・・・・・は?」


セルエスさんが驚愕の表情でこちらを見ている。


「ちょっと、まって、タロウ、君。なんでそれ、使えるの」


驚愕から、すごい睨み顔になる。怖い。


「あ、いや、その、前にグルドさんの見てから、ずっと練習してました」


セルエスさんは睨み顔で、拳を握り、唐突に力を抜きはぁとため息をつく。


「いいわ、もう。まさかそこまでの域になってるとはね」

「あ、あはは」


よかった、怒りは溶けたようだ。


「その術は、仙術と同じで、諸刃の剣よ。わかってる?」

「ええ、わかってます」

「そう、ならいいわ。でも通常の魔術もちゃんと訓練するように。私が教えた事もね」

「はい、それはもちろん」


これはその基礎があったからやれたことだ。

基礎をないがしろにしたらいつまでたっても使えないと思う。


「ミルカちゃんも私も楽しませてもらったわねー。まさかここまでになるとおもわなかったわー」

「本当にありがとうございました」

「ううん、いいのよ。ミルカちゃんから聞いてると思うけど、私たちはあなたが素直に教えを聞くのをいいことに、一般では収まらないレベルまで詰め込んでたんだもの」


うん、ミルカさんに聞いたから知ってる。


「だから、ありがとうございます」

「だから?」

「ええ、知らなかったから、だからこそ、中盤以降はともかく、最初の方は心が折れてたと思います」

「・・・・そっか。でも、今までの君を見ていると、そうはおもえないけどなー」


それは過大評価というものだ。俺は向こうではただの学生だった。

この世界では、これぐらいできないと生きていけないと本気で信じていたから、最初の方はがんばれたんだ。


「今は、出来る事が増えるのが楽しいのと、イナイのためにも強くないとって思いがありますから」

「ふふ、可愛いわねー」


そう言って頭を撫でる。この人も最後までこの調子だなー。

俺こっちではやっぱ幼く見られてるっぽい。

でもミルカさんとか明らか若く見えるのになぁ。

いや、実際あの人は20代だけど


「さて、今日で私の訓練もおしまいなのはさみしいわねー」

「婚約者さんのところに、行くんでしたっけ」

「ええ、まあ、王都からそんなに離れていないのだけどねー」

「・・・・お元気で。今まで本当にありがとうございました」

「ふふ、ありがとう。明日には出るけど、私は転移が使えるし、国内なら距離なんてないも同然なのよー?」

「あ、そうでしたね」


そう、この人は国内ならどこでも行ける。

あと、アロネスさんも。

そういえば結局転移はまだ使えないんだよな、俺


「では、セルエスさんの気が向いたら、また会いましょう」

「うん、楽しかった。本当にありがとう」


そう言って俺を抱きしめるセルエスさん。


「あ、あの」

「可愛い弟が増えたみたいで本当に楽しかったのよ?また、ね」


にっこり笑うセルエスさん。その顔にはさみしいという感じはない。


「また、いつか会いましょうね」

「はい、いつか」


生きてさえいれば、この人は会えるのだから。

再会を約束し、別れを告げる。

明日また言うと思うが、それでも、この場での最後を告げるための、儀式みたいなものだと思う。


さて、アロネスさんとアルネさんも道具整理や移動先の準備で流石に何もやることがなくなった。

なら、旅の準備をしようか。

まずは国内を行こうと思ったけど、イナイが国外にいこう、どうせならとか言い出したのでいきなり国外に行く予定になっている。

何が必要かな・・・・。

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