第46話侍女さんの評価ですか?

最初の印象は、ぽやっとした少年だった。

見た目からは殿下より下だと思っていたら、実際の年齢は上と後で聞いて驚いた。

あの見た目では12,3といっても通用する。


だからこそ、殿下の相手をする事に不安を覚えた。

間違いなく、殿下は格下と見ているはずだ。そして、自分が舐められていると。

あの少年が見た目と違い、強いならば問題ないが、とてもそうとは思えない。

殿下が馬鹿なことをしないか、不安になった。


それが、正直な気持ちだった。




少し考えが変わったのは、その少年が技工剣を持ってきたからだ。

魔導技工剣。イナイ・ステルが今回用に作ったのかもしれないと思った。

それを見た殿下も、舐められているとは思いつつも、少し考えが変わったようだった。

いきなり技工剣を起動させて、剣戟を放つ。


少年は、それを起動させた技工剣で受けきった。その時はそう思った。

だが、少し、おかしい。

少年の剣からは確かに魔力が見えた。

いや正確には、魔力を孕んだ反応を剣が見せた。

だが、構え直した少年の剣からは、また魔力が消えている。

一度起動したのに、また落とした?


そこでやっと違和感を覚えた。


少年の動きを「ちゃんと」見ることが、そこでやっと出来るようになった。

少年の動きは、間違いなくきちんと訓練されたものだ。

その場しのぎの雑な動きではない。

まさか、本当にあの少年が勝つという前提でいるのでは、と思いはじめた。

だが、殿下の技工剣に対してみせた反応は、間違いなく偶然ではない。

見えていて、対応している。


・・・まさか手加減をしている?何のために?




だが、私の思考がまとまる前に状況は変わっていく。

殿下が剣の機能をさらに解放させる。

その剣を見ても少年は焦る様子はほとんどない。

若干訝しげな顔はしていたが、それだけだ。

技工剣の力を見せていない余裕だろうか。


殿下は、あと出しで出せばいいものを、わざわざ見せつけた。

これは間違いなく、格下相手に遊んでる気分だろう。


殿下はそのまま切り込んでいき、少年はそれに応える。

思わずそこで、「このバカ!」と叫びそうになった。

殿下が剣を途中で止め、相手の技工剣にただ刃面を向けたからだ。


相手の剣が、ただの剣ならそれでもいいだろう。

だが、相手も魔導技工剣を持っている。どんな能力が、そしてどれだけの威力があるかもわからない相手にやる行動ではない。

下手をすれば折角の希少な魔導技工剣が破壊される可能性がある。

だが、少年は私の考えとは違い普通にはじかれ、殿下の思い通りの結果になった。


そこでさすがに確信した。

やはりあの少年、剣を起動していない。

なら何故、あの剣は魔力を帯びているんだという疑問はあるが、この際それは置いておいた。

そんな事を悠長に考えている余裕すらなくなったからだ。


あのバカは、よりにもよって、他国の王族の目の前で、王族が用意した人間を切り殺そうとする。

事故なら仕方ない。だが、これは誰がどう見ても明らかに故意だ。ご丁寧にそのつもりだと叫んでくれた。

私はその時、陛下にこのことを報告しなければいけない苦い気持ちでいっぱいだった。

今までこの国と上手くいっていたのに、下手をすればこの国に叩き潰されるかも知れない。味方には寛容な国だが、敵国にかける情けは無い。敵国と宣言した国への対応を見ていればそれが分かるというものだ。

このバカ王子の改心のために連れてきたというのに、なんということだ。


その苦い気持ちを、少年は瞬く間にぬぐい去ってくれた。


少年は殿下の振る速度よりも速く身を捻り、剣を蹴り上げる。

そして、間髪入れず剣を取り上げ、殿下を投げたら剣を悠々と拾い、振り下ろす。


その一連の動作は洗練されていた。

あの滑らかな動きはそうそうできるものではない。

そしてあれは、ミルカ・グラネスの動きだ。

彼は剣士ではなかった、ということか。


だが、ならば何故使えない技工剣を持っているのか?

その疑問はすぐに氷解した。

使えないのではない。使わなかったのだと。


殿下はやめておけばいいのに少年を挑発し、少年はそれで完全に頭にきたようだ。

当たり前かも知れない。

殿下は情けをかけられたにも関わらず、それを理解していない。

あれは死人が起き上がってもう一度戦ってくれと言っているようなものだ。


そこからの少年の動きは驚愕の一言だ。

目にも止まらぬ速さで殿下に剣を突きつけ、剣の威力を見せ、素手で魔導技工剣を殴り飛ばした。


つまり最初から、彼で圧倒的に勝つ事ができるから、彼だったのだ。

そのあと殿下が説教を素直に聞いたのも、彼のおかげであり、今後操縦しやすそうになったのも、彼のおかげだ。

彼には殿下が奇行をし始めたせいで迷惑をかけることになっている。申し訳ないが今後の我が国の為にもバカ王子の奇行に付き合ってくれるよう祈るしかない。


殿下は彼に従い今までなら嫌がっていたような訓練も自ら受ける。

少年は私でもきつい訓練を当たり前のようにこなしていく。


ミルカ・グラネスとの訓練風景を見ていても少年の強さがわかる。

彼女は、少年の癖を覚え、その上でやっているから当たらないだけだ。

少年の地力は間違いなく、私より上だ。

私の反応に驚きを見せていたが、少年はそれよりも速い反応速度で自分が動いている自覚がない。


その証拠にあのリファイン・ドリエネズの一撃は、私では見えていても反応できなかった。

彼女の剣は、その剣の機動と、踏み込みのタイミングがわかりづらい。本来来るはずのタイミングより、少しズレている。そこに彼女のあの速さが加わる。

彼はそれに対応しきった。

それも全力なら、まだ速くなるのは殿下との戦いで解っている。

何より驚くべきは、たった二年程度でこの領域に達した少年の才能だ。

少年の言うとおり、彼女たちとずっとやっていれば、下手な訓練を受けるより強くはなるだろう。彼女たちの強さは異常の一言だからだ。

だが、それだけでは説明しきれない領域に少年は立っている。


体術だけがこの領域、ならばまだわかる。もともと鍛えていた可能性もある。

だが、少年は、全てが高水準だ。

剣術、体術、魔術、そして見てはいないがアルネ・ボロードルから他の武器の使い方も教えてももらっていると聞いた。

彼は使えない武器を作っても有用性がわからないという持論を持っており、それを少年にも実践させているらしい。

つまり少年は鍛冶もやっていることになる。そして錬金術と技工の術も持つとイナイ・ステルから説明を受けた。


驚異だな。この英雄たち以外にもこの国にはこんな人間がいるのか。

一人いるということは、まだまだいるのかもしれない。

やはり、陛下の判断は正しかったということか。


殿下は馬鹿だが、もしかすると少年に何かを見出したのかもしれない。

この少年は英雄たちのあとを継ぐ人間になり得る。ならばこの出会いは僥倖だったのか。

陛下に報告することが増えたが、いい報告が出来そうだ。

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