第43話やりすぎました!
うん、やりきったら頭が冷静になりました。
そして気がつきました。
俺、一般人。こいつ、王子様。
やべえ、超やべえ。
頭に血が上ると人間ロクなことしないね。
いや、俺だけが責められるとかなら、ぶっちゃけ逃げちゃえばいいかなとか無責任な事言えるんだけど、今俺にはイナイがいる。
なにより、ここの人達には世話になっている。なのに、これは間違いなく迷惑をかける行為だ。
いや、途中までは多分大丈夫だ。もともとコイツの鼻っ柱をへし折るための話だったし。
あ、でもよく考えたら俺がやっちゃダメなのか。わざわざ強化なしでやれって言われてたのに、切れちゃったよちくせう。
それはそれとして、王族とかそういうのがよくわかんない俺でもわかる事がある。
まず間違いなく「殺す」とかはいっちゃいけない言葉だ。それが例え脅しであっても。
どうしよう、怖くて後ろが向けない。
前にいるこいつの侍女さんは満面の笑みで王子に近づいてきているが、なんでそんなに笑顔なんですか?
そちらは置いておいて、俺が恐る恐る後ろを、なんとか振り向こうとすると。
「よし、大体想定通り!」
「んなわけねえだろ!」
叫んだアロネスさんに、ボグゥとイナイのボディブローが突き刺さるのが見えた。
あれ痛いんだよ。イナイは手が小さいから隙間に入ってすっごい痛い。
「ぐっ、イ、イナイ、もうちょっと手加減してくれよ・・・」
「したわ!大体って、それにしても過ぎるだろ!」
「いや、でも、一応この状況とほぼ似たような事するつもりだったんだし、結果的にはうまくいったって事でさ」
「途中まではな、でも最後のあれはダメだろ」
「いや、まあ、でもなぁ、向こうにも非があるぞ今回の場合は」
「でも、立場ってもんがあるだろ」
アロネスさんとイナイの会話は、微妙に主語が抜けている。
たぶん王子のやった事で、俺のやったこと相殺だろうと、アロネスさんは言ってるんじゃないかな?
んでイナイは、それでも身分の差で、やっていいこととやっちゃダメなことがある、って言ってる感じか。
そんな風に考えながらその光景を見てると、後ろで魔力が動いたのを感じた。
「水よ、全ての生命の源よ、ここに集いて形となせ」
王子の傍まで来た侍女さんが魔術で水を出していた。
「ちょっと足りないですかね?まあ、足りなければもう一回かけましょう」
そう言って王子に水を楽しそうにぶっかける。
え、いいのそんな雑で。
あなた侍女さんじゃないの?
「ぶっふぁ!」
「お、足りましたね」
王子は水をかけられて気がついたようだ。侍女さんは相変わらず楽しそう。
「どうですか?手も足も出ずに負けた気分は」
すげえ笑顔。
「俺、いきてる、のか?」
王子は起きたものの、状況を把握できず、まだ呆然とした感じだ。
「死んでたら起こせませんね。まあ、あの方があなたと同じ性格なら、死んでたでしょう。跡形もなく吹き飛んで、ね」
「っ!」
侍女さんが容赦なく現実を突きつける。
それはそうだが、する気はなかったですよ。どんなに腹が立っても、腹が立っただけで人殺せる神経は持ってない。
とくに恨みがあったわけでもないし。
「俺、こんなに、弱かったのか」
震えながら王子は言葉を発す。誰かに言うより、自分に言っているようだ。
「ええ、私に勝てない程度ですから。弱すぎます。陛下がなぜこの国に手を出すなというのか、やっと理解できたでしょう?」
「・・ああ、思い知った。そして、技工剣がなければ何も出来ないことにも」
「それだけではないですよ」
侍女さんが厳しい顔になる。
「あなたは、たとえ事故が起こるかもという前提を口にしていたとしても、他国の王族の前で、その王族の息のかかった者を殺そうとしたのです。間違いなく、故意に。
しかも相手は大国の王族です。どうなるか、想像しなかったのですか?」
そういえばそうか、俺はそういう立場でもあるのか。
「・・・もし、あの時切り殺していたら、どうなった?」
「最悪、ウムル王家に対する敵対行動と取られて、戦争になっていた可能性は無いとは言いません。彼の言うとおりに」
「・・・そして抵抗など意味なく、皆殺しか」
いや、まってまって、怖い怖い、そんなことは考えてないよ。
「皆殺し、とはならずとも、そうなれば王家はなくなる可能性があるでしょう。
彼は十分に手加減をしてくれていました。その拳があなたに向けばどうなったかは、流石にもうわかるでしょう?」
「・・・・ああ」
見るからに落ち込んでいる王子を見て頷くと、侍女さんはこちらに歩いてくる。
「ありがとうございます、タロウ、さん、でいいのですよね?」
「ええ、タロウでいいです」
「最初、あなたが戦うと聞いて少し心配しましたが、杞憂でしたね。殿下の目を覚ましていただいて本当にありがとうございます」
そう言って、ペコリと頭を下げる侍女さん。
「え、いや、俺も、あんな事いっちゃったし」
「いいんですよ。殿下が先にやったんですし、何よりいい薬です」
けらけらと笑いながら言う。この人本当に侍女さんなのかしら。
「一応私は殿下の師でもあるのですが、いかんせん殿下は世界というものを知ら無さ過ぎました。
私程度が世界の強者だと勘違いして、自分もその領域にいると思い上がっておりました。
あれではいずれ、面倒事を起こしていたのは間違いないでしょう。だからあれでいいんですよ」
陛下も知ってますからと、小声で言ってくる。
まじか、そこまで本気だったのか向こうの国王様。
ちょっと好感持てる。
「・・・ああ、やっと思い出した。二刀の短剣使い、フェビエマ」
ミルカさんが唐突にそんな事を言った。
「・・・覚えておりましたか」
「今思い出した。隊で一番強かった。あの国が攻めて来たとき、あなただけは面倒だなって思ってたけど、いなかった。
なんか、雰囲気変わったね。あの時は終始辛そうな雰囲気で、昔の記憶と合わなくて気がつかなかった」
「あなたにそう言ってもらえるならば光栄です。結局体術だけでいなされてしまいましたが」
ちょっと悔しそうに、でもどこか嬉しそうに侍女さん、フェビエマさんはミルカさんに言うと、ミルカさんはそれを否定した。
「そんなこと、無い。あの時仙術使った。あの時の私じゃ、あなただけはそのままじゃ勝てなかった」
「・・・それはもっと前に知りたかったですね」
「ごめん、でも、あの後話しかけられる状況じゃなかったし」
「確かに」
どうやら二人は知り合いのようだ。
ミルカさんに強いと言わせる人か。怖いな。
「私はあの時が一番動けた時期だったようで、あとは衰えていく一方です。あなたは違うんでしょうね」
「うん、あの時より、今の方が強い。けどそれでも、あなたは強かった。絶対弱くなんか、ない」
ミルカさんにしては珍しく、目をしっかりと開けて言う。
その言葉を、噛み締めるように目をつぶるフェビエマさん。
「ありがとう、ミルカ・グラネス。少し、救われた。私はずっとお前から逃げていたからな」
「ん、逃げるのは、悪いことじゃない。私も、逃げた」
「ああ、しってるよ」
「なら、いっしょ」
そう言って笑うミルカさん。
よくわからないが、二人には、何か通じ合うものがあったらしい。
「グブドゥロ国王陛下は、こっちも見越してたのかしら?流石にないわよね・・・・」
セルエスさんがぽそっとつぶやくが、二人には聞こえていなかった。
あと、王子様放置なんですけど、いいの?
あそこでめちゃくちゃ沈んでるけど。
「えーと、殿下?」
流石にあの後放置はかわいそうと思い話しかける。
「な、なんだ」
王子は明らかに怯えている。
そんな怖がならなくてもいいじゃないですかやだー。
いや、怖いか。自分殺してたかもしれない相手だ。そりゃ怖いわ。
「少々やりすぎました。申し訳ありません」
「い、いや、こちらが蒔いた種だ。謝る必要はない」
おお、少し頭が冷えたせいか、まともな返事だ。
いや、ちょっと調子に乗ってただけで、根っから悪い子って訳でもないのか?
「殿下、差し出がましいことを言いますが、上に立つ者が人の命を軽んじるならば、いつかその報いが、あなたでなくとも、あなたの子孫のどこかに向かうでしょう」
たまに何とかなっちゃうけど、大体は崩壊するもんだ。
「・・・お前はやはり、一般人では無いだろう。王族にそんなズケズケとモノを言えるなど、普通の神経ではない」
「いえ、一般人ですよ。ただちょっと常識を知らないだけで」
この世界の常識は、まだいまいち分かってないから、嘘じゃない。
「・・・よし、決めた!」
王子はパン!と顔を叩きすくっと立ち上がる。
「頼む、俺をあんたの弟分にしてくれ!」
「・・・・はあ?」
何い出すんだこのバカ王子。
「頼む!俺はあんたの強さに感動した!」
「・・いや、強さなら、リンさん達の方が強いから・・・」
思わず敬語が消える。
「あんたがそう言うならきっとそうなんだろう。
けど、俺はあんたのおかげで目が覚めたんだ。あんたの目線を、俺は知りたい」
目が真剣すぎる。
やっぱりこの王子様馬鹿だろ。うん、馬鹿だ。絶対馬鹿だ。
「タロウ、な、なってや、くく、やったらいいんじゃ、ぷくく、ないか」
アロネスさんが笑いを隠さず言う。
この人こういうところどうかと思うなほんと!
「まあ、本人がいいならいいんじゃないか?面倒事にならなそうだし」
イナイがもういいよどうでも、といった感じで言う。
「王子様が弟分かー、タロウ君出世したねー」
「王子様の兄貴分か。まるでイナイだね」
「そうだな、王子王女の姉貴分だからな。釣り合いが取れていいんじゃないか?」
「あっはっは!タロウおもしろすぎる!」
リンさん笑いすぎです。指差して大爆笑しないでください。
だいたいあなた達も似たようなもんじゃないですか。
ていうかみんな、他人事すぎるだろ!
「すみません、タロウさん。殿下が馬鹿なことを言い出して」
「・・・はぁ、もういいですよ」
謝るフィビエマさんの言葉にため息をつきながら、いろいろ諦める。
「じゃ、じゃあいいのか!」
「いいけど、俺はたいしたことはできませんよ」
ありがとうございます!と、とうとう敬語で話しだした王子様に死んだ目を向けながら俺は「ああ、うん」ときのない返事をしてしまう。
なんだろう、これ。
まあ、イナイに迷惑がかからなかっただけ、よしとするか・・・。
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