第42話頭にきました!

さーてと、どうすんべ。

あれに正面から切りつけても、多分負ける気がする。

やっぱ、さっきの予定通り横合いから弾いて、その隙に、ってのが一番現実的か。

というか、それしか手がないな。

普通の剣ならもう少しやりようもあるんだけど、あれにはちょっと近づきすぎると危ない。


そう思い、剣を下段に構える。

なぜ下段か。単純に重い。

今この剣は起動してもいなければ、俺自身の強化もしていない。

素の状態で鉄の塊を青眼に構えるとかしたくない。

ていうかもたない。


さて、やることは決まったが、打ち込みに行きたくないなー。


なんて考えていると向こうが動いた。

さっきより早い。

俺は慌てて体を横にずらして、剣の側面を払おうとする。


すると、王子は剣を途中でピタッと止めて、くるっと横に向ける。

やっべ、フェイントだ。

でもだからといって止まれない。なぜならさっきのとおり、俺は無強化で、これは鉄の塊です。

わたくし、自慢ではありませんけど、こんなものを振り切るつもりで振って、それをいきなり止めるほどの筋力ありませんのよ!

ほんとに自慢になんねーなー。


しょうがないので衝撃にそなえて全力で握りこむ。

どうせ無理なんだ、振り切っちゃえ。


そんな気軽な気分で王子の剣に思い切りぶつけると、ギィンという音とともに、剣を右下に弾かれた。

あの回転の刃、結構威力あるわ。王子の剣は、さっきの位置から動いていない。

俺は弾かれた衝撃で左手を離してしまい、かろうじて握っていた右腕も、弾かれた衝撃と、その後の剣が地面をえぐる衝撃で腕がしびれる。


あ、やべ、これは致命的な隙だわ。

もうこの時点で敗北と言われても仕方ないレベルの隙だ。

あー、負け宣言されるかなー。イナイに怒られる。

ミルカさんもいるし、訓練量また増えそうだ。

なんて、結構気楽に今後待つ地獄に嘆いていた。


目の前の光景と、目の前の男の言葉を聞くまでは。


「恨むなら、俺を舐めたあいつらを恨めよ!」


そんな言葉を叫び、剣を横薙ぎに振ろうとする王子。

リンさんと、ミルカさんの訓練が俺に教えてくれる。


こいつ、オレを殺す気だ。


踏み込みが、腰のひねりが、背中が、肩が、肘が、腕が、手首が、その全ての動きが、完全にオレを切り裂くつもりだと、理解してしまう。

止める気は間違いなく無い。

王子の後ろで「トレドナやめなさい!」と侍女と名乗った女性が叫んでいるが、無理だろう。

コイツ、目が本気だ。





――――――腹が立った。


ただ俺を殺そうということにじゃない。

こんな簡単に、そんな程度のことで、あっさりと人を殺せるこいつに。

その考えに、腹が立った。


きっと、ここまでのことじゃなくても、何度か似たようなことがあったんじゃないだろうか。

そしてコイツはそれをどうにかしてしまった。そして許された。

その結果がこれだろう。


舐めた?ああ、確かに舐めてるな。

ほかの誰よりも、舐めてるな!


俺は剣を手放し、体を折り曲げながら左足を軸に回転し、王子に背中を向け、膝も軽く曲げ、横薙ぎの剣より下に入り込み、回転の威力も載せて後ろ蹴りを剣の側面に叩き込む。

ジャストで蹴りが剣にあたり、王子は剣を上にのけぞらせ、左手を離している。

視界の端に驚愕の表情が見える。


俺は王子が驚愕から回復して剣を振りなおすよりも早く懐に入る。

王子は愚かにも、弾かれた剣を腕を伸ばしたまま振ろうとしていた。

なので動く左手で王子の右手首をひねりながら、まだ痺れてる右腕を曲げて、肘で肘関節を決める。


「ぐあっ!」


短い唸り声を上げて剣を手放す王子。

慌てて左手で取ろうとするが、肘関節が極まっているのに、取れるわけがない。無理な力が肘に掛かり、また呻く王子。

俺は手放した剣を全力で蹴り飛ばす。

それを見た王子はとにかく腕を振り払おうと体を伸ばした。なので、下半身がちゃんと地についていない。

俺はそれに対し反射的に背負投に入る。体が浮いていたため簡単に投げられた。


受身を取れないと危ないので、首は引く。

どうやらやはり受身は取れなかったようで、背中から思いっきり落ちる。

背中強打による呼吸困難と、身体麻痺で動けなってる王子を尻目に悠々と剣を拾い、振り上げて落とす。


もちろん王子の頭に・・・ではない。

王子の頭の横にだ。

ギリギリに落としてやろうかとも思ったけど、まだ右腕が痺れてるので、ちょっと怖かった。


「俺の、勝ちです」


そう冷たく告げて、イナイの方に歩いていく。


「イナイ、ごめん、先部屋に行ってる」


イナイにそう告げると「あ、ああ、わかった」とちょっと焦りながら答えた。


それを聞いてスタスタと家に戻ろうとすると後ろでみんなが喋ってるのが聞こえる。


「ど、どうしよ、あれ怒ってるぞ。どうしようアロネス」

「お、落ち着けイナイ、あれはお前に怒ってるわけじゃないから」

「タロウ君が怒ってるの初めて見たわー」

「私も。結構怖いね。なんていうか、話しかけられない雰囲気がある」

「普段が温厚なだけに、際立つな」

「これ、あたしも責任あるよね・・・」


みんながそう喋ってるのが鮮明に聞こえる。

神経を集中しすぎたからかもしれない。

ゴメン、イナイ。後で謝るから、今は頭落ち着かせてくれ。


そう思っていたのに、まだそうさせてくれなかった。


「まて!もう一度だ。今のは油断した。もう一度やれ!」


へえ、そうか、知らなかったよ。

お前の国では死者がもう一度と言うんだな。


それで完全に切れた。

俺はイナイの許可なく、仙術と魔術で身体を最大強化する。

普段やらない、限界ギリギリまで上げる。


「どうした!もう一度やって勝てる気がし――」


王子は途中で言葉を止めた。

それはそうだ。王子の首元には俺の剣があるのだから。


「2度目。これで満足ですか?」


また、自分でもビックリするぐらい冷たい声が出る。

王子は俺の姿が見えなかったようだ。

その程度でリンさんとやろうとしてたのか?

お前こそ、あの人たちを舐めるなよ。


「お、お前何をした!そ、その剣の力か!」


見当違いの事を言う王子。


「普通に踏み込んで普通に振っただけです。剣は起動すらしてませんよ」

「なっ、そんなはずはないさっき魔力を確かに――」

「あれは保護魔術をかけていた魔力に軽く反応していただけです」

「そんな、馬鹿な事――」


いいよ、そんなに信じられないなら見せてやるよ。


『逆螺旋剣』


俺は剣を起動させて、魔力をこれでもかというぐらい剣に送りつけ、斜め上に掲げる。


『咲け』


その言葉に、剣が回転しながら開き、魔力の光が強くなる。

範囲を最大にして、王子に当たらないよう、かつ家にも被害が出ない角度で魔力の花を放つ。


「なっ!」


王子はその魔力を見て、固まっている。

それはそうだろう。この力は間違いなく、人間に向けていいレベルを越える威力だろうから。

あの鬼を倒せる魔力の刃。あの時よりさらに魔力を込めた。


「そんな、こんな威力、だ、だがやはりその剣が特殊な――」


ああ、そうか、わかったよ、お前はそういうやつなんだな。


「いいよ、もう」


俺はそう言って、剣を地面に突き刺す。

王子は何事か分かっていないようだ。


「こい、クソガキ。素手でやってやる」


俺は目の前の現実を直視できないクソガキを睨む。


「な、貴様、誰に向かって――」


俺はその言葉を最後まで聞かず、踏み込み、やつが回収していた魔導技工剣を、全力で殴る。

それだけでやつは剣を手放し、剣がはるか後方に吹き飛ぶ。


「・・・え?」

「拾いにいかないのか?」


完全に見下しながら言う。

こいつ、やっぱり俺の動きが全く見えていない。


「い、一体何を」

「さっき言っただろう。ただ踏み込んだだけだって。お前遅いんだよ。

目も悪い。頭も悪い。現実を直視できる心も無い。お前よくそんなんでリンさん達とやろうと思ったな」


もはや、相手が誰かなんて、俺には関係ない。

コイツはダメだ。このままじゃコイツはいつかもっと酷いことをする。

ここで、潰すか、正すかしないと、被害者がいつか出る。


「ほら、拾いにいけよ。お前が納得するまでやってやるよ」


俺は目の前のクソガキの心を完全にへし折るつもりだ。

怒りで目の前が真っ赤な気分だ。


だが、やつの後ろに立っていた侍女さんが、ニッコリしてるのを見て、少し冷静になった。

なんであの人満面の笑みなの。

そういやあの人、侍女って言ってたけど、どう見ても護衛だよな。

服装も、肘と膝関節の位置がわかりにくい上着とズボンを着けているし、佇まいもそれっぽい。

多分あの人、常に膝と肘軽く曲げてるっぽい。


・・うん、すこし怒りがそれた。

さっきのままだと、そのうち全力でコイツ殴ったかも。

侍女さんサンクス。


「お、お前一体何なんだ!」

「さっき言っただろう。ただの居候だよ」

「ただの居候がこんなに強いはずがないだろう!」

「お前まだわかってないようだから言っとくけど、あの人たちは俺なんか足元に及ばないんだぞ。

俺が誰だろうと関係なく、お前はそんな相手に剣を向けようとしてたのは理解してるのか?

さっきの感じだと、どうせお前リンさんたちとやっても似たような事するつもりだっただろ」


その言葉に、バカ王子は固まる。図星だったようだ。


「お前、俺に勝てない程度で、この人達に喧嘩売るような事して、もし戦争になったらどうするつもりだったんだ?」


その言葉を聞いて、俺にした行為の意味を初めて理解したようだ。

若干血の気が引いている。

やっぱ、こいつバカだ。


「はっきり言っておいてやる。お前弱すぎるんだよ。調子のんな」

「う・・あ・・・」


王子は今や涙目だ。

しるかんなもん。もしお前に誰かが殺されてたら、その人は泣くこともできない。


「・・理解できたか?なら、もうお前切り殺してもいいよな」

「・・え?」


何を言っているのか、わからないといった表情だ。


「お前は俺を切り殺そうとした。俺はそれでもお前を殺さなかった。

なのにお前はまた挑んだ。つまり殺せばいいんだろ?」

「そ、それは、ま、まて」


完全に恐怖の顔で後ずさるバカ王子。


「人を切り殺そうとしておきながら、自分はダメなんて、そんな話はあるか?」

「お、俺は王族だぞ!」

「だから?」

「お、俺を殺せば、オヤジが、だ、黙ってないぞ」


・・こいつ、情けなすぎんだろ。


「お前は何ができるんだ?」

「え?」


言ってる意味がわからねえか。そっか。


「今のお前に何の価値がある?親父さんの言葉に従わず、わがままを通した挙句、こんなところで、ただの一般人に負けるような程度の剣士に何の価値がある」

「お、お前はただの一般人などで――」

「一般人だよ。少なくとも国に所属する軍人とかじゃねえ。俺みたいなのが世界にはゴロゴロいるかもしれない。お前はそんな人間に喧嘩を吹っかけたんだ

もし、それがお前の国を攻める切っ掛けを欲しがってる国だったら、どうする

お前なんか、何の役にも立たないのに、どうするつもりだったんだ」


そこまで言って、やっと意味を理解できたようだ。

もし、そうなったら、コイツは役に立たない。

こいつどころじゃない、コイツに勝てないコイツの国の兵士では、話にならない。

それを、やっと理解した。


「理解できたな。じゃあ死ね」

「ひっ」


俺は魔力を乗せた魔導技工剣を振り下ろす。

もちろん当てない。

だが効果はてきめんで、王子はあまりの恐怖に気絶したようだ。


「こんなもんか・・・」


とりあえず王子の心は完全に折った。

その上で、リンさん達の力を見れば、もうこんなことはしないだろう。

そう、願いたい。

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