第39話外国の王子様ですか?
「ふう、ふう、ほ、ほんとにこんな山奥にいるのか!?」
「ウムル国王様が言っていたのです。真実でしょう。しかし、この程度の山道で息を切らすなど、まだまだ鍛え方がたりませんか」
息を切らして後ろからついてくる殿下に、そのうちまた鍛え直しだと伝える。
「ぺ、ペースが速すぎるんだよ!」
鍛え直しと聞き、焦って反論する殿下に冷たく返事をする。
「私は普通に歩いてますよ?」
別段急いでいるつもりは無い。むしろゆっくり登っている。
情けない、それでよく国一番の剣士などと豪語できたものですね。
「殿下、今回何しに来たのかわかっておりますか?」
「はあ、はあ、この国の英雄に、実際にあって、自分の実力を見極めてくることだろ?」
一応やることはわかっているようだ。
この王子様は確かに実力はある。世の中全体で見れば上のほうであるのは間違いないだろう。
だが足りない。最高の剣士などというには足りなすぎる。
そして、その程度の腕がこの世界で敵がほぼいない人間だという認識は身を滅ぼす。
「だが、そんなに大層なものか?
確かに過去の戦争でこの国は大きくなったし、技工と錬金術が高レベルだった事で、今や真の大国ではある。
だが、英雄たちの話は、戦争で連勝し続けたことによって、過大な表現がされているだけで、強いのは確かだろうが、あれは子供向けに作られた御伽噺のようなものだろう?」
わかってなかった。このバカ殿下め。そんなだから王に身の程を知って来いなどといわれるのだ。
「殿下、そのような甘い認識だと、あなたが王になったとき、わが国は滅びますよ」
「な、なに?」
私は知っている。少なくともウムル王とウームロウ・ウッブルネ、ミルカ・グラネスの実力はこの目で見た。いや、ミルカ・グラネスに限るならば、実力は戦争以前から知っている。
あの3人は人間の「強い」という領域をはるかに超えている。
亜人戦争に少しでも関わっている人間や、あの戦場に「監視」や「様子見」を言葉のままにした国は、この国の恐ろしさを知っている。
8英雄、そしてウムル国王の力は、1個人の力に収まっていない。
彼らは個人で軍を壊滅させる力を真に持っている。
過去、亜人達との大戦後、疲弊したウムルを討ち、国土を横取りせんと喧嘩を売った馬鹿な国を知っているが、散々たるものだった。
其の国は結果として立ち行かなくなった。
なぜならば、戦争の内実をちゃんと理解している周辺国が、この国に逆らうことを恐れたからだ。
周辺国は、其の国への援助や、貿易などのすべての関わりを絶った。
戦争自体も思わず笑える結果であり、彼らはそのときの戦争で死者を出さなかった。
つまり、死者を出さないですむほどに力の差があったという事。
国は滅んだが、軍人以外の国民に直接的な被害はほぼ無かった。いや、国が滅ぶ少し前に臨時徴税などで苦しんでいたが、それが余計に国の滅びを促進させた。
国が滅んだ後、民はウムル王国の国民になったが、前の国より生活が向上したことによって、ほとんどの民から受け入れられた。一部の甘い汁を吸っていた貴族以外はだが。
それらはいまだに反目している者もいるようだ。
表立って行動を起こせば、国の二の舞になるのは見えている。
ただの過大評価であれば、この国はここまで大きくなったはずが無い。
其の背景に、イナイ・ステルとアロネス・ネーレスの力があることは間違いないが、あの戦争で脅威なのはそこではない。
調べればすぐにわかる。あの英雄たちの単身での戦闘が真実であったことが。
でなければ人も金も無かったこの国に、あの戦争であそこまで押し返す力などある訳が無い。
実際にこの目で見た私は、あの光景に恐れしか抱けなかった。
だがこの国は、というか、国王は自分達に害を及ぼしさえしなければ、基本的に友好的な人間だ。
そうそう戦争を仕掛けようなど、ましてや侵略などはしない国だ。友好的に接するのが最良だろう。
そういえば例外が一国あった。
あの大戦中にイナイ・ステルとアロネス・ネーレスに手に入れんとした国には、正面きって敵国と宣言していた。
あの温厚な国王にしては珍しく、敵意をあらわにしていた。それほどにあの二人は国にとって重要視されているということだろう。
かの国は国境が隣接していなかった事と、遠い国々との貿易をしていたおかげで細々と生き残っている。
しかし、あの様子では次代まではもたないだろう。
「ど、どうした、急に黙りこくって」
声をかけられ、思考に没頭していたことに気がつく。
「ああ、いえ、すみません。少し昔の事を思い出していました」
そう、もう過去の話。
私は滅んだ国の人間だった。だがその前に国から逃げ出した。それも少し思い出していた。
戦争から、ミルカ・グラネスから逃げ出したのだ。
あれには勝てないと、知っていた。あの化け物と戦うなど、自殺行為の何者でもない。
戦後を考えると、あのまま国にいても悪いようにはならなかったのかもしれないが、それでも当時はウムルが恐ろしかった。
今の国に拾って頂いたときは、感謝のあまり、永遠の忠誠などという恥ずかしいことをいった覚えがある。
拾ってくださった方が国王陛下だったせいだ。きっとそうだ。
出会いは偶然だったが、その偶然にも感謝している。
それから殿下の侍女兼護衛として仕えることになった。
「殿下、今から行くところにいる者達のうち一人は実際に戦ったことがあります」
「ほ、ほんとか!?初めて聞くぞ!」
「ええ、恥でしかありませんから。今まで言った事は国王陛下にしかありませんね」
「親父にだけか。親父はあの戦争を知ってる風な口だが、詳しいことは教えてくれん。ただウムルには下手なことを仕掛けるな、としか」
それはそうだ。わが国はウムルが戦線を押し上げたことでギリギリ助かった国だ。
だが国内では、自国の軍隊がなんとか亜人防いだという情報を流している。
口の軽いバカ殿下に真実をそうそう話すわけが無い。
そして王はその当時見たらしい。当時の王子であり、現ウムル王が、魔術を無詠唱で放ちながら剣を振るい、亜人を圧倒していく、その光景を。
そんなものを見てしまったら、戦争を仕掛けよう、などと馬鹿な思考は無くなる。
少なくとも、同じ領域の人間か、それに対抗できる道具が無ければ話しにならないだろう。
「私が彼女と戦ったのは、亜人戦争のときではありません。あの頃は人間同士で戦うなど、一部の馬鹿な国しかしておりませんから」
「じゃあ、いつだ?」
「ウムルが亜人戦争に参戦する以前の話です。まだウムルが小国だった頃に、この国に来たことがあります。
その時、私はミルカ・グラネスに完膚なきまでに敗北しています。当時彼女はまだ、14でした。
私はその実力を知っていたがために、元いた国を逃げ出したのです。あの国は兵の扱いも悪く、愛着はありませんでしたから」
小国に対して模擬戦、という名の示威行為をしようとして、私が当時いた隊は、大敗した。
たった一人の少女の強化魔術すら使わない『体術』によって。
隊長は国にその真実を告げず、結果をごまかして伝えた。
故に、あの国はウムルが大国となった後も軽んじ、滅んだ。
「・・・・すまん、やなこと聞いたか?」
このバカ殿下は、バカなりに気遣いの心は持ってはいる。それが救いか。
「気にしてませんよ。陛下に拾っていただけて、こうして生きていますし」
「そっか。なんなら王妃になって、良い生活も出来るぜ?」
「そういう言葉は、せめて王太子になってから言って下さい」
このバカ殿下はなぜか知らないが私を嫁にしようとしている。
こんな胸も無い、筋肉で固い体で年もいった女のどこがいいのやら。
ただ、私を本気で「女」と見ているのは間違いない。一度夜這いをしてきたことがあるからだ。
国王陛下は私が殿下に仕えてから、バカ殿下の様子がおかしいことに気がつき、事前に殴っていいと許可をもらっていた。
ついでに鍛えてやってくれ、とも。
以来、師の真似事をしている。
「王になったら俺の想いに応えてくれるのか?」
「こんな年のいった女など、止めておきなさいと何度もいっているでしょう?
あなたが王になる頃には私はおばあちゃんですよ」
それに、このバカ殿下の相手を毎日するのは疲れるのが目に見えている。
ただでさえ、いつもの訓練でも毎日毎日疲れる応答をされる。
日常生活を常に一緒など、考えるだに恐ろしい。
この年では子供も厳しいでしょうしね・・・。
「こういう状況でもそのようなことを言えるのは、在る意味感心しますが、あなたは私に勝てたことが無いのに、よくもまあ、御伽噺などと気軽に言えますね」
「たしかに、お前に勝てたことは無いが、それでも個人で大軍を相手など信じられんよ」
まあ、それはそうかもしれない。
そしてそんな跡継ぎが増えて、ウムルにちょっかいをかけ、滅ぶ未来もありそうだと思う。
この国はせめてそういうことが無いよう、陛下の恩に応えるためにバカ殿下はちゃんと教育せねば。
「まあ、実際に相手をしてもらえば思い知りますよ。普通の人間がかなう相手ではないと」
「コレを使ってもか?」
そういって殿下は背負っている魔導技工剣を握る。
「まあ本気でやられれば、殿下の実力では剣ごと砕かれて死ぬのが落ちでしょう」
「まじかよ・・・・どんな化け物がいるんだ・・・」
バカ殿下が調子に乗るのはその剣のせいもある。
私でもあれを使われると危ない。
おそらくその性能を知っていなければ負けただろう。
今の殿下は、国内では私以外に負けないぐらいの力を持っている。そしてその力量差はあの剣を使うことでごまかすことが出来てしまう。
あの魔導技工剣の中に、後付けで補助の魔力補填の装置が付いている。
そのおかげで殿下は魔力が多いわけでも、魔術にたけているわけでもないのにあれを使える。
ゆえに、殿下は勘違いをしている。あの剣があれば自分が世界では上位の存在だと。
さっきの言葉も、半分以上信じてはいないだろう。
さて、聞くところによると、リファイン・ドリエネズもそこにいるらしいですし、殿下の鼻っ柱が折られるのが楽しみです。
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