第37話もやっとした気持ちを片付けます!

玄関の戸が開く音がして、男性が出てくる。


「え?」


その人は、外に立っている俺を見て少し驚いた。


「あ、おはようございます」


俺はその人物、グルドさんに挨拶をする。

早起きした甲斐がある。グルドさんは誰にも何も言わずに出て行くつもりだったようだ。

朝早くから玄関前で体操などしていたのだが、待ち伏せたわけではなく全くの偶然だ。


「早起きなんだな。まだ日が出たばっかりだぜ」

「普段はそうでもないんですけど、なんか目が覚めて」


寝付きは悪くなかったのだが、夜明け前に一度目が覚めたら、背中にイナイが居るという事に眠れなくなってしまった。

なので、こんな朝早くから体を動かしていた。

部屋出てく際にぼそっと「ヘタレ」と聞こえた気がしたけど気のせい。うん。


「みんなに何も言わないんですか?」

「イナイ姉さんには一応昨日のうちに言ったし。兄貴も知ってるから大丈夫だよ」


まただ、彼からイナイの話を聞くと、どうしてもモヤっとする。

嫉妬だろうか。


いや、違う、これはそういうのじゃない。


「グルド、さん、不躾な質問したいんですけど、いいですか?」

「ああ、いいよ。なんだ?」


この人の昨日の言動、雰囲気。

多分、そうだと思う。


「あなたは、イナイのことが好きなんじゃないですか?」

「・・・・違うよ」


まただ、もやっとしてくる。

これは嫉妬じゃない。上手く自分に対しても説明できないけど、そういう感情じゃない。


「俺は、イナイが良いなら、別に構いません。イナイならきっとそう言うと思いますし」


イナイは、シガルちゃんを受け入れた。俺としては、まだちょっとどうかと思う自分の行動をイナイは全面的に受け入れてくれている。

なら、その相手として、俺もそうするべきだ。


「・・・もし仮に、俺が姉さんを好きだったとしても、お前たちと一緒にはなれない」

「なぜですか?」

「昼間の話聞き流してたな?俺は王族なんだよ。

王位はいらねえけど、俺の血を引いてりゃ権利はある。だっていうのにどっちの子か解らない、じゃ問題が起こる」


あ、そういえばそんなこと言ってた。

てことは、もしかしてこの人、あの話の王子様?

うっわ、英雄の一人か。そりゃ勝てんわ。ウッブルネさんと同格じゃ勝てる未来が見えない。


「それに、な、お前がいなくても、だめなんだよ」

「それこそ、なんでですか。イナイはきっと――」

「言わんとすることはわかるさ。けど、だめだ」


寂しそうな笑いを俺に向けながら話す。


「もし俺が姉さんを好きで、姉さんが受け入れてくれたら、きっと姉さんは技工士を辞める

あの人は自分の好き勝手を通す人じゃない。王族の夫人になったら身勝手な行動は取れなくなるし、もちろん技工士の仕事なんてもってのほかだ」


そうなんだろうか、と疑問に思いつつ、自分の国の天皇を思い出す。

テレビで見る限りではあるが、確かに面倒そうだと思ったことはある。


「俺は、自分の好きな仕事を笑ってやってるイナイねーさんが好きなんだ。だから、姉さんのことは好きじゃない。

リン姉みたいな、やりたいことはゴリ押ししてでもやる人だったら良かったんだけどな。いや、その場合は憧れてねーか」


それは明確な、イナイのことを好きだという発言。

この人はいつから、その想いを殺してきたんだろう。

それは、どんなに苦痛な決断だったんだろう。


「それで、いいんですか?」

「いいんだよ。あの人がずっと独り身だったら、俺もそばでのんびり暮らせればいいかな、なんて淡い夢を持ってたかもしれないけどな」


そう言って、俺のそばまで歩いてくる。


「おまえなら、いいよ。ありがとな」


俺の胸をトンと叩いて歩きさっていく。

俺はその言葉に、胸の中のもやもやが爆発した気分になった。

まだだ、終わってない。

俺はこの人の想いに応えられてない!


「待ってください!」


おれは、その足を止めるべく呼び止めた。

ちゃんと呼びかけに応えて足を止めてくれるグルドさん。


「ん?まだ何かあったか?」


笑顔で応えてくれるこの人に、自分の大事で大切なものを、だれかの手元に受け渡すこの人に、俺は示したい。

あなたの想いを受け取る。せめて、それだけは、示さないといけない。


俺はその想いを込めて、魔力を全力で操作する。そして放つ。昨日見た、あの術を。

世界を通さない、『自身の魔力のみ』で現象を引き起こす、その技を。

一度見たんだ。ちゃんと見れたんだ。

あの時は混乱してたけど、セルエスさんのおかげでどういう物なのかは『見たからわかった』。

だから、やれるはずだ、やらなきゃいけない。この人たちに追いつくためにも!


「なっ!?」


その技は届いた。わずかだけど、本当に些細な淀み程度しか起こせなかったけど、確かにあの人まで届いた。


「マジかよ、お前・・・」

「これが、貴方の、想いへの、答えのつもり、です。今は、これがせい、いっぱいです、けど」


なれない術を使ったせいか呼吸がしにくい。魔力もまた纏まらない。

こんなものをあんな平然と使ってるのか、この人。


「お前、とんでもねー才能だな。俺がここまで来るのに何年かかったと思ってんだか」

「師が、いい、から、ですよ」

「はっ、気に食わねーけどそれはあるだろうな。クソ姉貴は最高の魔術師だ。俺が認める、唯一の真性の魔術師だからな。だから俺は違う道をゆく。魔法使いの道をな」


魔法、使い。それは奇跡を起こす存在。

世界の力の範囲外。この世界の基準、ルールすらも捻じ曲げる、それ自体が奇跡の存在。


「高い、目標です、ね」

「ああ、この術はその一歩だった。普通はただ魔力流したって何も起こせねえ。自身の魔力のみで、この世界の力を借りず、世界のルールに干渉する。

出来る範囲はまだルール内で、魔術と大差ないが、発動の速さは格段に上だ」

「俺も、いつか、あれぐらいは、出来るように、頑張ります」


少しずつ息が整ってきた。魔力も上手く流せてる。

ふう、一発そよ風レベル打ってこれじゃ少し説得力ないな。

けどグルドさんは満足そうな笑みを浮かべた。


「楽しみにしてる。そのときは、一戦やろう」

「はい、いつか」


そう言い終わると、グルドさんは手を振って転移する。

やっぱり。さっき、あの人はわざわざ歩いてくれたんだ。

あれだけの力を持っているんだ。転移できないはずがない。

転移をせず、俺を待っててくれたんだ。俺の応えを。


もう転移した彼の居ない空間に頭を下げる。

また、強くならないといけない理由が増えた。

胸の中のもやもやは消えたわけじゃない。けど、そんなもの関係なくなるぐらい、頑張ろう。

あの人の好きな人の為に。俺が好きな人の為に。

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