第36話俺の覚悟です!

グルドさんが、長話に付き合わせて悪かったなと言ったのをきっかけに、話はお開きになった。

俺はお酒と、話の礼を言って家に戻る。

ホントは体を動かす気だったんだけど、そんな気分になれなくなった。


「タロウ、もう大丈夫なのか?」


2階から声が聞こえる。イナイが部屋から出てきたようだ。


「うん、大丈夫」

「そっか」


イナイはほっとした顔で階段を下りてくる。


「なあ、タロウ、今いいか?」

「うん、いいよ」

「今日の話、なんだけどさ」


多分、さっき聞いた話のことだろう。


「うん、さっきグルドさんに聞いた。アロネスさんのこともざっくりとだけど」

「・・・そっか」


イナイはそう言うと俯いてしまった。


「ごめん、な。あいつの言うことは真実だ。あたしと一緒になるっていうことは、そういうリスクも背負うということになる。

もちろん国内にいれば今なら問題ない。昔みたいな、ただあたしたちの戦闘能力が突飛した辺境の小国じゃないからな」

「うん」

「ミルカは、多分それがわかってるから尚の事お前をギリギリまで鍛えてる。あたしはそれを知っててお前に言わなかった。あいつらに甘えてた」

「うん」

「お前にも、甘えてる。お前を見てると、甘えていいんじゃないかって思えてしまう。お前全然怒らねーし、穏やかだからさ。雰囲気がそばに居てて気分いいんだよ、な」

「うん」


言うたびにイナイは声のトーンが沈んでいく。


「・・・・怒らねーのか?」

「なんで?」

「なんでって、あたしはお前を危険にさらすってことを黙ってたんだぜ?」

「いいんじゃない?言いにくかったんでしょ?」


慰めで言ってるつもりはない。本気でそう思ってる。


「・・・おまえ、さあ」

「なに?」

「くっそ、ずるいわお前」


ずるいと言われても困る。

俺はイナイがどういう身の上で、そういう経験をしてきたのかは、結局今でもちゃんとわかってはいないと思う。

けど、この家で過ごした時間のイナイのことは知ってる。

口は荒いけど、優しくて、世話焼きで、よく笑ってて、あったかい人だ。

俺はそんなイナイがいいなと思った。だから、いいよ。


「・・・お前絶対女たらしの部類だわ」

「それは酷い」

「はは、あんがと、な」


イナイは笑っているが、少しいつもと違う。

そんなイナイを見ていたら、思わず抱きしめてしまった。


「タ、タロウ!?」

「イナイ、今の俺はイナイを守れるほど強くない。けどイナイを泣かすような事はしない」


これは俺の覚悟だ。

俺はあの人たちに、イナイに遠く及ばない。

だから、強くなるよ。いつかイナイを守れるぐらい。


「・・・・ありがと、タロウ」


そういってイナイは抱きしめ返してきた。

俺はイナイをもっと強く抱きしめようとして、部屋の隙間からこっちを見るリンさんと目があった。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


気、気まずい。

リンさんは目を逸らしてそーっと自室の奥に戻っていく。

ドアは半開きだ。いつからですか!ねえいつからですか!

うっわ、めっちゃはずい!


「タ、タロウ、どうした?」


俺の動揺に気がついたイナイが尋ねる。


「リンさんがいつからか分かんないけど、今の見てた」


伝えると顔を真っ赤にして俺の胸に顔をうずめた。


「うー、くっそ、明日どんな顔してあいつに話せばいいんだ」

「開き直るしか、しょうがないんじゃない?」

「うう、くそう」


ダンダンと俺の胸を叩く。

イ、イナイ、ちょっと、きつい。


すくっとイナイは立ち上がって「寝る」といった。

目は合わせない。


俺も今日は寝ようと後ろをついていく。


「じゃあ、おやすみ」


そう言って部屋に戻ろうとすると、イナイがついてきた。


「え?寝るんじゃないの?」

「寝る」


目を合わせず俺のベッドに寝転がるイナイ。


「イ、イナイ?」

「か、勘違いすんな!寝るだけだからな!」


い、いや、それでも俺にとっては若干ハードルが高いのですが。

覚悟を決めて、ベッドの中に入る。

俺とイナイは背中あわせで寝ている。背中があったかい。


緊張で眠れないかと思ったけど、イナイの体温が心地よくてすぐ寝そうだ。


寝落ちる直前に「好きだよ、タロウ」と聞こえた気がして、俺もそれに応えたつもりだが、いかんせん寝落ちる寸前で記憶が確かじゃなかった。

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