第35話それぞれの思惑ですか?

◆グルドウル◆


「んっっく、ぷあはー。うめえ」


あったかくて過ごしやすい夜だ。こういう日は外でのんびり飲むに限る。

トクトクと、空になった器に酒を注ぐ。


「・・・大人気なかったかな」


昼間の兄ちゃん、多分俺のこと嫌いになったんじゃねーかね。

完全に小姑だな、あれじゃ。

しかし、なかなか強かったな。あれを耐えるとは思わなかった。

耐えられない前提で、どれぐらいの損傷が入るか見ようと思ったら、予想外だ。


姉さんの前だったのと、あいつが立ってたからああいったものの、完全に落とす気で撃った。

だっていうのに、あいつ膝すらつきやがらなかった。

無意識で俺の攻撃を完全じゃないとはいえ防いだ。あれはクソ姉貴の技だ。

あれを突破できないとあのクソ姉貴に魔術による攻撃が通らないんだよな。

魔術を、魔力の流れを、世界の力を完全に目と意識で捉えきる、そしてその先には意識せずとも反射で魔術が使える域になる。

それこそ人間が呼吸をするのを意識しないのと同じように、世界とつながっている状態が当たり前になる。

完全に人外の領域だ。あいつはそれに片足突っ込んでやがる。

合格にするしかねーよな・・・。


器を揺らしながらひとりごちていると、玄関の開く音が聞こえた。


「あ」

「・・・よう」


あの兄ちゃんだ。たしかタロウだったっけ?


「あんたも飲むかい?」


とりあえず、酒を勧めてみる。

どうせ来たんだ。コイツの実力だけじゃなくて、人となりも見ておきたい。

一応、ロウと兄貴から聞いちゃいるが、自分の目と耳でもやっぱ確認しときたいからな。

イナイ姉さんは、なぜか今までこいつのこと一回も話さなかったし。


兄ちゃんは少し悩んだあと、器を受け取り飲んだ。


「・・美味い」

「はっ、お前も酒いけない口か」

「え?」

「それな、酒好きには不評な酒なんだよ」


度数が軽く、甘い。酸っぱいものもあるが、甘酸っぱいやつだ。酒というより甘味飲料だ。

だから本物の酒好きには好かれない。


「俺は弱いんでな、これが好きなんだよ」

「そう、ですか。俺は飲むの自体初めてなんです。お酒ってこういうものではないんですね」


そう言いつつ二人でちびちび飲む。

タナカタロウ。名前は聞いてなかったから、今日初めて聞いた。

人となりは、ロウの報告からのまた聞きになるが、兄貴からは人当たりのいい好青年と聞いている。

実力は、中の上から上の下といったところという判断だった。

だが、おそらく、見えた所が違うのだろう。

魔術師として全力発揮すれば、おそらくもっと上。

とはいえこいつ、自分がどれだけとんでもないことやってるか自覚はなさそうだ。

そういう風に教えてるとも言ってたしな。


「お前、どこの国から来たんだ?」


気軽に振った話題のつもりだった。コイツの名前と訛りが少し珍しいと思ったから。

もともとこの国は、辺境の国がほかの国を飲み込んでひとつになった国だし、俺たちも田舎者だ。

だから訛り自体は珍しいものじゃない。ただ、コイツの訛り方は初めて聞くから気になった。


そして聞かされた。コイツの身の上を。

行くあてなぞどこにもなく、生きるすべもなく、ここで鍛えられ、その力をつけていたと。


完全に俺悪者じゃねえか。

コイツ、イナイ姉さんとか、アロネス兄さんの素性すらほぼ知らねえ。

俺が姉さんに言ってた言葉の意味なんでわかるわけねえじゃんか。


「タロウ、でいいよな?・・・・悪かったな」

「え?」

「だから、すまなかった。お前、何にも知らなかったんだな」

「いえ、聞いてなかった俺も悪いですし、気にしないでください」


なるほど、好青年だわ。俺ならふざけんなよ!って言ってそうだ。

酒に任せて、俺の感情だけ、少し話しておこうかな・・・。


「イナイ姉さんとアロネス兄さんの二人は俺にとって、ガキの頃は・・いや、今でも尊敬する、なんでもできる兄と姉なんだ」

「なんでも、ですか」


いきなり話し始めたにも関わらず、真剣に聞いてくれている。いいやつだな、お前。


「ああ、大げさだって思うかもしれないが、俺にとっては、あのふたりは憧れだ」


子供の頃から姉さんはすごかった。あの体格だから魔術を覚えないと普通の技工士にすらなれなかったってのも大きかったんだろうけど、若くして魔術と技工を高レベルで収める人だった。

アロネス兄さんは正しく天才だった。魔術など当たり前に使えたし、その才能は誰しもがその力を願う錬金術師として奮っていった。若干気まぐれなとこもあったけど。


ふたりは、様々なものを作り出し、たくさんの人を救っていった。

俺はあの二人の背中をずっと見ていた。兄貴もすごい人だとは思う。あの人も大概なんでもできるタイプの人だ。

けど、俺にとってはあの二人こそが英雄なんだ。


ただ破壊じゃない。誰かを救うために戦って。誰かを救うために直して、新しいものを作っていく。

助けたい人間みんなを救うなんて、普通不可能だ。

あの二人はそれを成した。

子供の頃からやってた、誰かを助けるための道具を作る行為を、大人になってもやり続け、不可能なことを可能にし続けた。


「すごい、ですね」


本当に、心の底から言ってるようだ。これが演技だったら凄いな。


「ああ、だから今でも憧れてる。俺にはそっちの才能はなかったし、兄貴みたいな才能もない。だから、いつかみんなが困ったときのために、唯一といってもいいこの才能を磨くことに腐心してる」

「魔術、ですか?」

「ああ・・・いつかクソ姉貴に勝てる程度にはならねえと、な。あ、いや、話がそれた。すまん」

「いえ、いいですよ。気にしないでください」


その言葉に甘えて話を戻す。

そんな二人にあるとき事件があった。

二人の技術を欲しいと思った国が、イナイ姉さんの家族と、アロネス兄さんの育ての親をさらった。人質だ。

俺たちは探したかったけど、その時戦場を離れられる状況じゃなかった。

それでも兄貴は二人に、今までありがとう、行ってくれと言った。

俺はあの時、初めて兄貴を尊敬したんだと思う。それまでは、なよっとした兄貴と思っていた。

でも、二人は首を横に降った。


イナイ姉さんは、最後までその国の言葉に従わず、戦場に残った。

アロネス兄さんも、同じだった。


結果、しばらくして、二人の家族の亡骸が送られてきた。

その時初めて見た。あの二人が恥も外聞も気にせず泣き喚くのを。

事切れてだいぶたった、固まった死体を抱き抱えて泣き崩れる姉さんを。

師匠、師匠とかすれた鳴き声で呻く兄さんを。


俺とクソ姉貴は、その国を滅ぼそうといった。俺たちの身内にケンカを売ってきたんだ。

今なら動ける。この戦場に巻き込んでやれ、と。

その言葉にもあのふたりは首を横に振った。


「あたしたちはな、こういう悲劇が起きて欲しくねーから頑張ってんだよ。それに民衆は関係ないだろ?」

「つまんねーことに労力さく暇があんなら、とっととこの戦争終わらせよーや」


明らかに泣きはらした無理した顔で、二人は言った。

元々二人のことは尊敬していた。

でも、あんな事があっても、自分の、人の為にという生き方を変えない二人にさらに尊敬をしている。


「俺はさ、もうイナイ姉さんのあんな悲しい顔は見たくないんだ。ごめんな。それでちょっとやりすぎた」

「・・いえ、大丈夫です。事情は、わかりました」


タロウは真剣な顔で返事をする。


「そっか、悔しいな。いいやつだな、お前」


あーあ、姉さんが誰かの物になっちまったかー。

好きだったんだけどなー。コイツならしょうがないかなって思っちまった。


「姉さんを、頼む。あの人ああ見えて繊細な人だから」

「はい」


静かだが力強い返事だった。うん、いいかな。

姉さん、幸せになってくれ。

ずっと抱えていた想いを振り切るように器を傾ける。


ああ、失恋するにはいい夜だったのかもしれないな。




◆シエリナ◆


「なあ、本当に認めるのか?」

「しつこいわよ、あなた」


何度も同じことを言う夫にいい加減イラっとした声を上げる。


「だ、だが、あの小僧、仕事なぞ今は何もしてないというではないか」

「ええ、そのようね。でも私は騎士隊にも誘われたと聞いているわ」

「き、騎士隊にか!?」

「ええ、もうその時点で娘の夫候補としては十分」

「だがしかし・・!」


まだ粘る夫に、本当に事を言う。


「あの少年は、ステル様と一緒になる。そしてステル様以外の英雄ともコネがある。

そんな人物ならば、うまく使えば我が家にとって有益になるでしょう?」

「お、お前そんなことを考えていたのか・・!」


ええもちろん、ただ好きな人についていくなんて、ついていっても不幸になるだけですもの。


「やっぱり、そういうことだったんだ」


汗だくになった娘が部屋に入ってくる。


「お帰りなさい。今日の分は終わったの?」

「終わったよ。・・お母さん、あたしはお兄ちゃんが国を捨ててもついていくよ」

「そう」


挑戦的な顔つきで私を睨むシガル。

私はにっこり笑う。


「それならそれで他にやりようがあるわよ?」

「させないよ、お母さん。あたしは水浴びして寝るよ。おやすみ」

「はい、おやすみなさい。やれるだけ精一杯頑張りなさい」


そう言ってシガルを見送ると、夫がうろたえている。

まったく、シガルの強さを見習って欲しい。


「シ、シガルちゃんが、あんなことを・・!」

「解りきっていた事でしょう?大丈夫よ。あの子は強いから」


もっと強くなりなさい。あたしなんか踏み潰して、幸せを掴みなさい。

それこそ自分で言っていたように、夫に頼らずに生きていける力を手に入れなさい。

私は、心の底から、あなたの幸せを祈っているわ。

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