第32話義理は通しておくべきですか?

「では、少々お待ちください」

「ええ、お願いします」


さって、タロウはハッキリああ言ったんだし、あたしも支えてやるって言っちまったからな。

覚悟、決めねえとな。最悪あたしの持ってる権利全部譲渡するか。

ブルベのやつ怒るかなぁ。


なんて今からやる事に気持ちを落ち込ませていると、さっき頼んだ文官が戻ってきた。


「お会いになるそうです。どうぞ」

「ん、ありがと」


文官の兄さんに礼を言って一人でブルベの執務室に向かう。

ここで話すのは久々だな。最近は腕輪の通信でしか話してなかったから会うのは久々だ。

暫く歩いて辿り着いた部屋の扉に軽くノックをする。


「失礼します。イナイ・ステルです」


そう告げると室内から「入れ」と声が聞こえたので中には入り跪く。


「やあ、いらっしゃい、イナ・・・?」


ブルベは途中で言葉を止めた。理由は単純だ。


この部屋には防音の魔術が施された道具が置いてある。

執務室の外には当たり前だが兵がいるので、彼らに聞かせたくない時に使っている。

昔からの仲間が来た際、皆で昔の様に話す為に。


けれどあたしは会話が聞こえる様に、彼が起動した防音を消した。

その行動をみてブルベは歓迎の言葉を止めたんだ。


「陛下、いきなりの来訪にも関わらず、謁見を許していただき感謝致します」

「ステル、何があった」


外にも聞こえているから、ブルベは王様としてあたしに答える。

そう、そうしてくれないといけない。そうでないと困る。


「陛下、私は今日、ウルズエスの名を返上しに参りました」

「・・・そうか」


あたしの技工士としての称号。それは王から送られたもの。

王から賜った名を返す。つまりこの国を去るとあたしは宣言した。

ちゃんと言わずに国を離れる訳には行かない。義理は通さなければ。


頭を下げているのでブルベの表情は見えない。

怖いな。今彼はどう思っているんだろう。

裏切られた、と思っているかな。


「理解した。イナイ・ウルズエス・ステルよ、面を上げよ」

「はっ」


その言葉に従いブルベの顔を見ると、優しい笑顔だった。その表情は予想外だ。

あたしはこの国が、お前がくれた信頼を捨てると言ってるんだぞ。

ブルベの雰囲気を疑問に思っていると、彼は防音をかけ直した。


「ブルベ、何を」


ブルベは私が防音を切った意味を解っているはずだ。なぜつけ直した?


「まったく・・・」


ブルベはそう言って傍まで来て、私の頭にげんこつを下した。


「いった!」

「イナイ姉さん。肝心の部分の話、してないよ」

「いつつ・・・肝心の話?」


若干涙目になりながら疑問符を頭に掲げる。


「イナイ姉さん、姉さんが幸せになるって話を私が邪魔すると思ってたのかい?」

「ブルベ・・・知ってたのか?」

「ミルカに聞いてるよ。ウルズエスの返上は認めない。むしろちゃんと持っていて欲しい。姉さんはウムル王家が認める技工士の座をうまく使えばいい。誰がなんと言おうと何処に居ようと、イナイ・ステルはこの国の英雄だ」


でもそれは、この今まで国に貢献してきたからだ。これからはそうじゃない。


「でも、あたしはここを離れるかもしれないし、お前達の頼みも答えられないかもしれないぞ! それに、他国に利のある行動を取る事も有るかも知れない!」

「それでも、だよ。姉さん。私達は姉さんに感謝してるんだよ?」


けれど叫んで訴えるあたしに、ブルベは苦笑で応えた。


「イナイ姉さんとアロネスが居なければ国の復興はもっと遅れた。勿論戦争自体だってそうだ。姉さん達のおかげでどれだけの人が助かったか。姉さん達がいなければ、大量によその国の人間を受け入れられたはずがない。どこへ行ったって胸を張っていいんだ。貴女はウムル王国最高の技工士として、旅をしてきたらいい。皆そう思ってるよ」


そう言って最後に「おめでとう、姉さん。それがみんなの気持ちだよ」と言った。

思わず、涙が、出た。


「あ、あれ? す、すまん」


鼻をすすりながら謝る。

私は皆を裏切ったと思っていた。


皆この国に残る。元々気まぐれな奴だったアロネスすら国のために働き続けようとしてる。


ミルカもリンもそうだ。この国を守り続けるため、戦う力を今もなお伸ばしている。

いつか子を成す身だとしても、その時までずっと戦士であり続けるつもりだろう。

いやきっと子を産んでもだ。


セルエスはもう嫁入りが決まってはいるが、国の有事には絶対出張ってくるだろうし、普段も何かしら関わってくるつもりだろう。でなければ未だに魔術の腕を磨いているはずがない。

アルネは何も考えていないように見えるが、国に愛着があるのは知ってる。あいつは国のために、こいつらのために働き続けるだろう。


あたしはそんな仲間を捨てて行くと思っていた。

惚れた男と国を天秤にかけて、国を捨てる行為をすると思っていた。

けど彼らの想いは違ったんだ。ただ、私の幸せを願ってくれていた。


「ぐすっ・・・ありがどう・・・ブルベ・・・・皆」


涙が止まらない。嬉しい。そして悔しい。

彼らの私に対する意識を甘く見ていた自分が、悔しくて堪らない気持ちになる。


「こういうのは大体ミルカの役目なのになぁ」


そう言いながら泣きやめないあたしを抱きしめ、頭を抱きかかえる。


「姉さんはいつも人の事が優先だったよね。やっと自分の事優先してくれて、嬉しいよ」

「うるざいばがぁ! これいじょうながずなぁ!」


涙目と鼻声で文句を言う。締まらないな。

こいつらの姉貴分をずっとやっていたくせに、こいつらの成長に置いてかれちまってた。

ミルカといい、こいつといい、アロネスといい、ほんといい弟妹たちだ。あたしには勿体無い。






あたしが落ち着くのを待って、防音をまた消したブルベは声を少々大きめに告げる。


「イナイ・ステルよ、お前の今までの功績は、お前が国を暫く離れる程度で霞む物ではない! 国を離れる事はフォロブルベ・ファウムフ・ウムルの名において許可を出す! お前はこれからも、この国を救った技工士として胸を張って行くが良い!」


外の兵士に、それこそ傍の部屋で仕事をしている文官にも聞こえる程に、大きな声で。

王の名のもとにウルズエスの名は動かず、イナイ・ステルの国外への無期限の旅を許すと。


「はっ、感謝致します!」


あたしもそれに答える。

ありがとう、弟よ。あたしは、あんた達と兄弟姉妹で幸せだよ。

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