第30話ご挨拶に行きます!
今日もまた王都にやってきている。
シガルちゃんとまた話した後にイナイを家に招待したいと言われ、イナイも了承してくれたので一緒に向かっているところだ。
シガルちゃんがイナイの名前を確認した時、キラキラした目だったのが気になる。
あれはウッブルネさん見てた時の目とそっくりだった。まさか、ね?
ちなみに今、正確には王都の外壁をテクテクと歩いている。
イナイに何故こんな所からなのか聞くと、基本的に転移できる人間は少なく驚かせてしまう為、ほぼ見つからない位置に転移座標を固定しているとの事だ。
であれば室内で良かったのではとも思うが、ちゃんと門を通過しないと色々面倒になる時があるから、よっぽどの時以外は門を通るように王様から言われていると教えてくれた。
「イナイ走らなくていいの?」
「走るか?」
「走らないとだいぶ時間かかるでしょ?」
「・・・あ、そうかすまん、忘れてた。あの時アロネスが王都がでかいんだってことを教えようとか言って、腕輪の座標設定いじってたんだよ」
どうやらあれはアロネスさんの仕業だそうだ。なんてはた迷惑な。
そうそう、実は俺専用の腕輪を作って貰ったのだ。
王都と自宅への転移が出来て、剣を内蔵出来る様になっている、
あと4つぐらいは大きさ問わず入れる事が出来るらしい。
剣は柄尻の辺りに小さな輪っかがついていて、これが発信機みたいな役割となり距離が多少あっても収納できるらしい。
前の印鑑もこの要領らしいけど、あっちは中身に組み込んでるそうだ。
ただこれ袋に入れれば一個扱いで入れれるっぽいので無限収納に近い。
実際は大きな物を入れれる袋にも限界があるので、本当に無限とはいかないけど。
ちなみに転移は設定できませんでした。何回か挑戦したけど無理でした。
作るには転移使えるの前提っぽいんだよなぁ、これ。
そういう訳らしいので、少し歩くと普通に門が見えてきた。
アロネスさん、貴方のそのいたずら好きな所どうかと思います。
門の前に来ると前に会った兵士さんが立っていた。
この人ずっとここに立っているんだろうか?
流石にそんな訳はないか。
兵士さんはこちらに気がついて、槍を地面に置き、跪いた。
「ステル様、いらっしゃいませ」
・・・は?
「カグルエさん、いつも遊びすぎですよ」
「はは、一応部下の前ですから」
「もう、そんなことする必要ないってみんな知ってますよ」
「いえいえ、それでも私が率先してやらなければ、部下たちに示しがつきません」
まったくもう、と言いつつイナイの顔は優しい。
というか、イナイが敬語使ってるの初めて聞いた。
「イナイ、イナイ」
「ん、どした?」
「イナイってもしかして偉い人?」
「別に、あたしはただの技工士だよ」
ただの技工士に兵士さんは跪かないと思うんです。
いや、よく考えたら俺は技工士の地位とか知らねーや。
「あなたはこの前の少年ですね。ステル様と仲がよろしいようですが、もしかして・・・」
「あー、そういうのはまた私用の時に。流石に他のみなさんの前でそういう話は許して頂きたいのですが」
「ああ、これはすみません。ではまた今度」
「ちゃんと話すよ、カグルエおじさん」
「ふふ、もうほんとにおじさんになってしまったねぇ。またね、イナイちゃん」
最後の方の会話は側にいる俺達にしか聞こえないほど小声だった。
どういう知り合いなのかイナイに聞くと、旧王都でも門番の兵士さんをしていたそうだ。
でもあの雰囲気はそれだけじゃない気がするんだけどなぁ。
「タロウ」
「なに?」
「マジでここか?」
「一応聞いたところはここなはず」
今、俺達の目の前にはでかい屋敷がある。
何か高級そうな住宅街だなーとか思ってたら、行き止まりに有るかなり大きい家に辿り着いた。
ここに来るまでも大概大きな家が多かったけど、この家は勝るとも劣らずって感じで大きい。
「なあ、その子、いいとこのお嬢さん?」
「え、いや、そういう話は聞いてないけど・・」
「でもよく考えたら昼間に遊び歩いてんだよな、その子」
「え? あ、そうか」
この世界では子供が働いてる光景が当たり前なのか、そういえば。
アロネスさんに知識としてだけ聞いていたけど忘れてた。
大体働いているか、10~12歳ぐらいまでは何かしらの学校に通っているらしい。
なので真昼に何もせず遊んでいる、というのはそれだけ家が裕福という事になるのかな?
「とりあえず、呼び鈴ならすか」
イナイがそう言って呼び鈴を押そうとすると、バンと扉があいてシガルちゃんが出てきた。
「やっぱりお兄ちゃん! それに・・・技工士のお姉ちゃん! 本物だ!」
・・・やっぱりこれ、そういう事なのかな。
「初めまして、シガルさん。イナイ・ステルです」
「は、はじめまして! シガル・スタッドラーズです! 王宮魔術師志望です!」
シガルちゃんはビッと気をつけ状態でイナイに告げる。
うん、俺おいてけぼり。
「ふふ、シガルさん、私は面接官じゃないですよ?」
「あ、その、すみません」
見るからにしょぼんとした顔になるシガルちゃん。
ていうかイナイさん、貴女どなたですか。
そんなしゃなりっていう効果音が似合う動きするイナイ初めて見たよ。
呆けていると奥から「あらあらまあまあ」とシガルちゃんのお母さんらしき人が出てきた。
「はじめまして。ようこそいらっしゃいましたステル様。シガルの母、シエリナと申します
。そちらの方がシガルを助けてくれた方ですね。その度は本当にありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げるシエリナさん。
「いえ、俺はただ、自分の思う事をやっただけですから」
俺がそう言うとシエリナさんはにっこり笑って「本当に聞いた通りなんですね」と言った。
そして立ち話もなんだと部屋に招き入れて貰い、お茶も出されて歓迎される。
「まずはもう一度。娘を助けて頂き本当にありがとうございました。ウッブルネ様からもお話は聞いており、大変危険な状況だったと伝えられております。犯人はしかるべき処分にあったようですが、娘が無事ではなかったら処分に満足することはなかったでしょう」
「いえ、ほんとに気にしないでください。俺は俺がいいと思ったことをしただけなんで」
「ふふ、わかりました。ではそのように」
シエリナさんは俺の答えを聞くとふふっと笑い、今度はイナイに顔を向ける。
「ステル様、本日はこの様な所においで下さった事、本当にありがとうございます。娘から貴女の話を聞いた時は耳を疑いましたが、貴女がここに居るという事が何よりの真実であり、貴女が認めた男性です。きっと良縁と思い私は善き方向を願っております」
そう言った後、また深々と頭を下げるシエリナさん。
これかなり前向きにシガルちゃんの話進める気って事ですかね。
「私はまだ詳しい話は聞いておりません。まずはシガルさんとお話をしてからになります」
「そう、ですわね。失礼致しました。どうか、ご容赦を」
・・・何ていうか初めて見るイナイ過ぎて、本当に俺の知ってるイナイなのかと思ってしまう。
ていうかシエリナさん、イナイに腰めっちゃ低い気がするな。
そんな事を考えていると、バアンとドアの開く音と共にドタドタと走ってくる音が聞こえた。
「うちの可愛い娘に手を出したクソガキはこいつかああああああああ!」
そして剣を手に持っている男性が叫びながら入ってきた。
うん、間違になくシガルちゃんのお父さんっすね。
スッゲー怒ってる。でも俺手は出してないっすよ。
「お、お父さん、やめてよ! お兄ちゃんはいい人だよ! それにステル様がいるんだよ!!」
「な、なに!? こ、これはステル様! も、申し訳ありません!!」
親父さんは剣を床に置きイナイに跪く。
何となく解った。これこの国で自分より上位の人間に対する挨拶か何かだな。
つまりイナイは国のお偉いさんか、もしくはこの人達にとっては偉い人かのどっちかだろう。
ああ貴族がいるんだった。もしかしたら貴族の上位とかかな?
後でちゃんと教えて欲しいな。でも正直、何となくもしかしてとは思ってるけど。
「ス、ステル様、どうか見逃して頂きたい! 父として、娘に! それもまだ十になった程度の娘に手を出す輩にどうしても怒りは持ってしまうのです!」
親父さん、イナイに頭を下げつつこっちを物凄い睨んでる。
いやだから手は出してないですって。
そんな風に思っていると、親父さんの頭にシエリナさんが花瓶を叩きつけた。
ガシャアン! という音と共に血を流して倒れる親父さん。
え、何すんのこの人。怖い。
「失礼しました、少々お時間を頂きます」
うふふと笑いながら、頭から血を流す親父さんを引きずって部屋を出ていくシエリナさん。
笑顔が怖い。ウッブルネさんの奥さんもあんな感じなんだろうか。
俺はイナイを見て、ああいうふうにはならないで欲しいなと切に願った。
「ご、ごめんねお兄ちゃん。ステル様も申し訳ありません!」
慌ててペコリと頭を下げるシガルちゃん。何かさっきから頭下げられてばっかりだ。
「気にしないで下さい、シガルさん」
ニコリと笑うイナイ。うん、美少女。いや、ノロケじゃなくてね?
「ふわぁ・・・おねえちゃ、ステル様はやっぱりきれいだなぁ」
「ふふ、ありがとう。貴女もとても可愛いですよ?」
何だろう、ユリの花が咲いて見える。
いやいやいや、イナイはそっちじゃないから。違うから。
「イナイ、その、家以外ではそんな感じなのか?」
「あたりめえだろ。どこでもかしこでも態度変えねえ、周りの空気を読まねぇあいつらと一緒にすんな」
「あ、うん、ごめん」
こそっと聞いてみたら叱られてしまった。
だって初めて見たんだもん・・・。
「あ、あの、すみません、ステル様」
こそこそと話す俺たちを見て、おずおずとシガルちゃんが話しかけてくる。
「はい、どうしました?」
「ステル様と、お兄ちゃんは、いつもはそんな感じなんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、イナイさんがこちらをギロリと睨んだ。
聞こえてたみたいだけど、それが嫌なら猫かぶったまま答えたらよかったと思うんだ。
これは俺だけが悪い訳じゃないと思う。だから許して。
「そう、ですね。親しい者には砕けて話すようにしています」
イナイはまたニコリと笑うと、お淑やかにシガルちゃんに答える。
「じゃ、じゃあ、私にも、そうしてもらえませんか!? わ、私、お兄ちゃんの事、本当に好きなんです! 子供だって見られてるのは分かってます! でも本気なんです!」
とてもまっすぐなシガルちゃんの表情と言葉が、イナイではなく俺に突き刺さる。
余りにまっすぐな言葉に、自分の返事がとても失礼な事だと気がついたせいで。
たった1日。たったあの数十分の出来事。
ただあれだけで、この子にとって想いを抱くに十分な時間だったんだ。
本気で心の底からの想いをぶつけてくれていたのだと、今更気がついた俺は本物の馬鹿野郎だ。
「最低だな、俺」
ぼそっと呟いてからしまったと思ったが、もう既に遅い。
シガルちゃんの耳には入ってしまっている。
「ち、違うよ! お兄ちゃんは悪くないよ!」
シガルちゃんが慌ててフォローしてくれたが、その事が尚の事申し訳ない。
そんな俺達を見ていたイナイはため息を吐いてから口を開いた。
「お前は別に酷いこたぁしてねえよ。その証拠にちゃんとこの話をこの子にしに行っただろう」
「うん! お兄ちゃんはいい加減なことはしてないよ!」
そう、なのかな? どうなんだろう。
この国が多夫多妻を認める国だから通るだけで、通らない国だったらこうはなってないはずだ。
「たく、そんなんで大丈夫かよ。あたしはこの話、お前が良いなら許可出す気なんだぞ」
「「え?」」
イナイの言葉に驚き、シガルちゃんと俺の声が重なった。
「たりめえだろうが。お前は元々あたしなんかがって思ってた相手なんだ。独り占めなんかする気はねえよ。お前がやりたいようにやるのを許さないでどうすんだよ。お前はまだ若いんだ。もし何か間違えてもあたしが助けてやるよ」
そう言って、コンと俺の頭を軽く叩くイナイ。か、かっこいい。
「えと、それは、ステル様は私を認めてくれるということで良いんですか?」
「ああ、良いよ。コイツの考えは今ので解ったしな。お前さんがコイツとの約束を守るのかどうかは知らないが、あたしは別にかまわねぇ」
「はい! ありがとうございます!」
「あと、喋りやすいように喋りな。あたしは崩したんだ。タロウ、お前もだぞ」
「え? うん、解った」
イナイの指示にこくんと頷いて応えると、イナイは肩をもみながらシガルちゃんに顔を向ける。
「あー、久々によそ行きの態度で喋ったから肩こった」
「あはは、ステル様、若いのにおばちゃんみたいだよ?」
「おばちゃんなんだよ。見た目ほど若くねーのあたしは。ああ、そのステル様もやめろ。イナイで良い」
「え、ほ、ほんとに良いの? イナイ、様?」
「・・・そうだな、イナイ『さん』で良いよ。さっきみたいにお姉ちゃんでも良いぜ」
「わかった!イナイお姉ちゃん!」
イナイの言葉を聞き、これ以上ないという程の満開の笑顔で頷くシガルちゃん。
そう纏まった所でご両親が帰ってきた。親父さんは包帯ぐるぐる巻きだ。
「さ、先程は、申し訳ありませんでした・・・」
ぐぬぬ、と言いそうな顔で俺に謝る親父さん。申し訳ないと思ってないと思う。
「ア・ナ・タ?」
「は、はいい! 娘を助けて頂いたのに、すみませんでしたァ!!」
・・・怖い。この国もしかして女性が強いのがデフォルトなの?
「タロウ、さん、ですよわよね? 貴方に一つお聞きしたい事がありましたの」
親父さんが謝ったのを満足そうに見たあと、シエリナさんが訊ねて来た。
「はい、なんですか?」
「今回の約束をした時もそうですが、前回、前々回もシガルと待ち合わせもなく出会ったと聞いております。どうやったのですか?」
「え? シガルちゃんの魔力の波長を覚えて、それを街中で調べただけですよ?」
俺が質問に素直に答えると、シガルちゃんとご両親は目を見開いた。
「そんな、馬鹿な・・・」
親父さんはありえないといった顔で呟いている。
「ね! 言ったでしょ! お兄ちゃんはすごいんだから!」
「そうね、わが娘ながらすごい方を見つけてきたわね」
シガルちゃんとシエリナさんはテンション高いけど、肝心の俺はおいてけぼりです。
え? これそんな大層なことなの?
「タロウは魔術師セルエスを師としています。剣はリファイン、拳闘技はミルカに。未熟ながらそれらを使いこなしています。そして戦う為の技のみならず、私の技工、アロネスの錬金術、アルネの鍛冶も。こちらは闘技に比べるとなおの事未熟ですが、そこいらの職人よりは良い腕を持っています」
イナイがそう説明すると三人は先程の驚きなど比べ物にならない驚きを見せた。
親父さんなど口をパクパクさせているだけだ。
「まあまあ、すごいわ!」
「お兄ちゃん・・・・すごい・・・」
・・・なんか解った。うん、これもう疑いようがない。
多分、あそこにいる人達の何人か。
少なくともリンさんとイナイは『8英雄』の一人だと思う。
リファインは、もしかしてリンさんかな。剣っていってたし。
「し、信じられませぬ! 私も魔術と剣を収める身! 実際にその実力を見せて頂きたい!」
そう叫ぶ親父さんに二人の目は冷たかったが、余りにも可哀そうなので受ける事にした。
親父さん、娘が可愛いだけだもんね・・・。
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