第27話次の世代の規格外の片鱗ですか?

長いなー、この通路。この城でかすぎると思うんだ。

昔のお城はこぢんまりとしてて好きだったんだけどなー。

城っていうより大きなお屋敷だったけど。


人が増えて、やる事が増えて、首都を移して、城も大きくなって、どんどん変わってる。

何か私だけずっとあの頃のままな感じがするなぁ。

いやまあ、あの頃よりだいぶおばちゃんになっちゃったけどさ。

あたしももう三十越えちゃったんだよなぁ、時が経つのは早いよ。


ブルベがちんちくりんの王子様だったのが懐かしい。良く剣の稽古で泣かしたなー。

普段はいっつも庭でのんびりお茶してて、座学はともかく、ロウの指導を半べそかきながら受けてたのを思い出す。

あたしはあたしで型を覚えろって延々言われたな。結局殆ど覚えてないけど。

その代わりロウとの実戦形式の訓練を何度もやったおかげで、剣の使い方は体に馴染んだ。

魔術はてんで駄目なのはこの馬鹿さ加減のせいかなとは、セルではないけど思う時はある。


ブルベをセルに紹介された時は、この子は本当にあの王様の子供だなぁって思った。

のんびりしてて、優しくて、お人好し。

思えばあの空気に触れた時に、もうやられてたのかも。


娘のセルエスはお転婆も良いところで、次男のグルドは暴れ放題だった。

その二人をボコボコにしたのに、あの王様は「やんちゃな子供達に付き合ってくれてありがとう」と来たもんだ。

イナイにボロックソ叱られたけど、アロネスは思いっきり笑ってたな。

あいつ何時の間にか逃げてるんだもん。まあ、結局後でばれたけど。


あの頃のミルカはまだ引っ込み思案の可愛い子だったなぁ。

とてとてとあたし達の後ろを付いて来てたのが懐かしい。

皆ミルカには甘かったな。グルドがベタ甘だったのが凄かった。

あたしも人の事言えなかったけどさ。


王様・・・どっかでまだ元気にしてると良いんだけどな。

あたしは好きだったよ、貴方の事。


城の廊下を一人で歩いていると、どうしてもそんな風に昔に想いを馳せてしまう。

今日は騎士隊長が手合わせをして欲しいという話で、王城の中庭に向かっている。

この間、ロウから嬉しそうに頼まれた。


詰所のじゃダメなのかと聞いたら、お前が注目されて良いなら良いぞと言われた。

それは面倒なので気遣いに感謝。騎士としての私に注目なら良いんだけどね・・・。


彼は騎士として強さを磨く事を怠らない子だったが、最近更に上を目指す様になったらしい。

元々動きの良い子だったが、最近は磨きが掛かってきていると凄く嬉しそうに話していた。

もう一度、剣士の到達点の一つであるあたしの剣を見せれば、今ならまた違うのではないか、という事らしい。

正直ウィネスの名前はロウにこそ相応しいと思うから、その点では未だに不満なんだけどな。

剣の最高峰は間違いなくロウだと思う。


ロウは、その内タロウに礼を言いたいとも言っていた。

つまりタロウとやらせて、それが良い刺激になったんだろう。

おそらく魔術関連。タロウに刺激を貰ったという事はそっちだろう。

今のあの子の持てる力の全てを統合すると、この世界でも上位クラスに余裕で入る。


タロウ、か。あの子は不思議だ。

本人は自覚していないけど、あの子の成長速度は世間の人間と物が違う。

最初に見た時は鍛えている体じゃなかった。

ミルカに鍛えられて、今でこそある程度にはなったけど体つきはまだまだ普通だ。


けど、あの子は少しおかしい。

あの短期間で、ミルカとセルの行動を見て理解出来るレベルになっている。

勿論セルが魔術を理解させたってのが理由の一つだろうけど、それだけが理由にはならない。

タロウは一つ勘違いしてるし、セルもミルカも解っててそのままにしてる。


タロウには、魔術の『理解をさせただけ』だ。


なのにあの子は、あっという間に魔術行使を物にした。

魔力の流れ。世界の力。それを理解しただけでは、魔術を使いこなす事は出来ない。

もしそれで出来るなら、とっくにあたしにも使えてる。

セルは最初、出来ると思ってない適当な指示を出した。

そしてタロウはその指示を完璧には出来ずとも片鱗を見せた。それがセルに火をつけたんだ。


そこからは完全に数段飛ばしの指導が始まった。

本来なら誰も付いて行けない様な、大魔術師セルエスの魔術に食らいついていった。

あの時のセルは楽しそうだったなー。


ミルカはミルカで、タロウが自分の稽古に付いて来るのが楽しくて仕方ないようだ。

タロウの最大強化時の身体能力に、自分の技術を上乗せしようとしている。

セルはそれを理解して、一通り教えた後は魔術行使の効率を上げる訓練に移行し、強化の倍率を上げようとしてる。


それは普通、音を上げて良いはずの訓練量。

イナイはそれを理解してるから、適度に休ませようとしている。

だけどタロウはきついと言いつつ訓練を受け入れるから、イナイがまた心配するんだよなぁ


正直な話、タロウはあたし達が最初に育てようと思っていた域を、既に超えている。

でもそれを話してない。

多分、話さないからこそタロウそれだけ成長を成している、というのがアロネスの見解だ。


なら私達はできる限り、やれる限りタロウを伸ばしてみようという結論になった。

その結果は、もしかしたら私達の領域になり得る、とんでもない子が出来上がった。

まだまだ体が出来上がってないから、体が完成すれば更に強くなるだろう。


でも私は一つ、どうしてもあの子に疑問を持っている。

みんなと相談した時も、同じ疑問をアルネ以外は持っていた。




――――あの子は余りにも、状況を受け入れ過ぎている。




普通あの年頃では、まだ心が成長しきってない歳だ。

まだまだ若者らしい心の不安定さ、というのがあの子には少ない。

あの量の訓練は音を上げて良い訓練だ。泣いて喚いてもおかしくない訓練だ。

それなのに素直に従い、全てを受け入れ、異常な訓練に食らいついている。

そしてその成果を上げてなお、彼は素直な子のままだ。


少なくとも戦場に出ていた頃の私はとても子供だったと思う。

もしあたしが彼と同じ訓練をさせられれば音を上げていると思うし、同じだけの成長をしていたら調子に乗っていたと思う。いや、事実調子に乗っていた覚えが有る。

あの女に負けたのは良い経験だった。世界の広さと自分の未熟さを教えて貰った。

あいつに負けなかったら「自分は世界で一番強い」なんて思い上がってたかもしれない。


タロウには祖父が居た、という話は聞いている。

けどあの子の家族の話には、祖父と祖父が飼っていた『イヌ』以外の話を殆ど聞いた事がない。


もしかして、とは思う。もしそうなら、この世界を受け入れた理由も解る気がする。

いつか聞いてみようかとは思うが、それはもっと後、彼がこの世界で腰を据えて生活する様になってからで良いかなと。イナイとの事も気になるしね。

・・・私もそろそろ覚悟決めないとな。


「さて、久々に会うバルフ君はどうなってるかねー」


中庭の扉の前まで来て、扉を開けながら呟く。






中庭で剣を構え佇む彼を見て、タロウを教えるセルやミルカ、私を鍛えていた時のロウの楽しそうな気持ちが解った。

この子に会うのは初めてじゃない。何度か手合わせもした。

その時はこの子は結構強くなるだろうなー、ぐらいの気分だった。


けど、違う。今のこの子は、今までと持ってる空気が完全に変わっている。

強くなる。この子は間違いなくもっと強くなる。


私は確かにタロウの訓練に参加している。

けどタロウは剣士じゃない。剣を完全に主体とした戦い方じゃない。

『ギャクラセンケン』に振り回されない様に使い方を教えてる程度だ。

だからいつか、もうちょっと本気の私と手合わせ出来る程度には強くなるだろうから、それは楽しみだとは思ってた。


けどその楽しさは、この子を見た楽しさとは違う。

今ここにいるのは、きっと若い頃のロウの再来だ。

鍛えられた肉体、魔術の強化と巧みな剣の技術で、その全てを圧倒してきた聖騎士。

ウームロウ・ボウドル・ウッブルネの再来がここに居る。


そうか、そりゃ熱が入るよね。気持ちが凄い解った。

鍛えたい。この子を自分の高みまで連れて行きたい。この子なら行ける。

間違いなく私達の次の聖騎士はこの子になる。


ロウめ、誘いの言葉は口実だな。これをあたしに見せたかったんだ。

いいよ、乗ってあげる。

楽しみだ。この子とタロウ、どっちが強くなるかな。

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