第26話師匠達はまだまだ強くなるようです!
只今ミルカさんとセルエスさんの手合わせを眺めておりませう。
ミルカさんは今、強化を一切使っていない。
対するセルエスさんは既に強化済みで、手に愛刀そっくりな模造刀の直刀を手にしていた。
ミルカさんは一切構えず、普段の生活と同じように両腕を下げている。
構えを取ると前方に意識が行き、多数相手に構えは意味がない。
型を覚え、型を体に染み込ませ、型にはとらわれない。
そこまで来てやっと半人前。とはミルカさんの言だ。
セルエスさんが直刀を下段に構えた体勢のまま、無詠唱の風の魔術でミルカさんを攻撃する。
サイズは針のような物だが数が多い。
なおかつ風系の魔術は規模が小さいと目ではっきりとは解らない。
その上セルエスさんは魔力が込められているという事を隠せる。
なので俺も「なんとなく其の辺に来てる」程度にしか解らない。
不可視の攻撃。初見じゃなくても常人なら死ぬような攻撃だ。
前に威力を思いっきり落としてやってもらったら8割食らった。躱せません。
ミルカさんはそれらを全く問題なく流れる様に避ける。
強化は使っていない。なのにその動きはとんでもなく速い。
そもそもなんで避けられるのか理解出来ない。
そこを狙っていたようにセルエスさんが駆ける。俺の全力強化時より遥かに速い。
何とか目で追えるという速度で、下段に構えていた直刀が斬り上げられる。
いや、斬り上げようとしたのだが、直刀にミルカさんの足が届く距離になった瞬間に軽く蹴って逸らした事で、本来の軌道では斬り上げられなかった。
とんでもねえ。あの速度で突っ込んできた振り上げを、そんなピンポイントで蹴れるのか。
俺がやったらどう考えても足の方が切り落とされる。
直刀を逸らした蹴り足をそのまま前蹴りに移行し、蹴りがセルエスさんの顎に迫る。
セルエスさんもしっかり見えているようで、危なげなく横に顔をそらして蹴りを避ける。
が、ミルカさんは蹴りの速度が変わらぬまま、前蹴りが途中で横に軌道を変える。
セルエスさんはそれもスウェーでかわし、魔術で土をミルカさんの足に絡ませて軸足を止めて、同時にさっきの風の魔術を全方位から仕掛ける。
そしてダメ押しのように振り上げていた直刀を今度は振り下ろす。
ミルカさんは腰を落とし、震脚に魔力を載せた一撃で魔術の掛かった土と風を払いのける。
その間にもセルエスさんの直刀は迫る。
だが頭に当たると思った瞬間、ミルカさんの頭からするりと直刀が滑ったように見えた。
何だ、あれ。初めて見た。
完全に脳天直撃コースに見えたのに、少し首をずらしただけで摩擦がないかの様に滑り落ちた。
セルエスさんは焦る様子もなく滑った直刀を途中で胴に向けようとしたが、それよりもミルカさんの掌打の方が速い。
早かったのだが、いつの間にか展開していた魔術障壁に阻まれ、ミルカさんは直刀を胴に受けて横に飛ぶ。攻撃の威力で吹き飛んだのではなく自ら飛んだ様だ。なので平然と立つ。
服も戦闘用の服らしいので、まともに食らっていない状態では全く異常がないようだ。
「まったく、接近戦では話にならないわねー」
「あたりまえ。20年鍛え続けてるのに、セルねえだからって、今更この距離で負けたら流石に落ち込む」
「うーん、ミルカちゃんの魔術の腕も上がってるせいで、多重発動してる足止めはあっさり振り切られるし、どうしたものかしらー」
「セルねえは元々が動かずに、近づいてきたら剣使ってただけだもの。動きながらの集中力が足りない。セルねえ本来の魔術行使ならもっと硬い」
「うう、ミルカちゃんに説教された・・・」
ふたりの会話は本来逆に聞こえるかもしれないが真実だ。
セルエスさんは全力で強化して戦っている。
対するミルカさんは強化なしでそれをいなしている。
全力を出せばどうなるかは、火を見るより明らかだ。
何よりさっきの掌を防いだ障壁も一つじゃない。十以上展開して最後の一つで止まった。
やっぱり、ミルカさんもとんでもないな。
以前ミルカさん並みになればと言われた事を彼女たちに尋ねたら、この強化なしのミルカさんレベルになればというつもりだったらしい。
その話には少しホッとした。このレベルにもまだまだ行けてないのに、ここからさらに強化されたミルカさんとか無理すぎる。
とはいえ、無詠唱で同時にいくつもの魔術を使うセルエスさんも大概なんだけど。
ミルカさんは集中力が足りないというが、俺は棒立ちでもあの一瞬であの数は使えない。
「どうする? 魔術戦、やる?」
「ん~、やってもいいけど、最近、威力落とさずに40ぐらいまでなら、同時展開できるようになったよー?」
「・・・い、一応やる」
「あはははー」
セルエスさんの魔術戦。それは完全に足を止めて、自らは多重の魔術障壁を常に、そして何度も何度も展開しながら同時に攻撃魔術を何十も放つ。
距離を詰められれば勝機はまだあるが、距離が最初から離れていたり、距離を取られるとほぼ終わる。
飛んでくる尋常じゃない数の魔術を絶え間なく喰らい続ける事になる。
その上近づいても何十もの魔術障壁を破らないといけない。
時間をかければかけるほどその障壁は数を増やし強固になっていく。
完全な固定砲台だ。しかも威力は異常でそうそう壊れない上に自己修復付き。怖い。
「じゃ、いく」
「はいはーい」
今度は先程と違い、ミルカさんは接近攻撃を使わない。完全に魔術のみで戦うようだ。
ミルカさんは詠唱を短く唱え、そして、途中で唱えるのをやめた。
あれ?
「セルねえ、少しは手加減して。話にならない」
「あらー、だいぶ加減してるわよー。攻撃してないでしょー?」
・・は? 何が起こったの? まだミルカさん自身は何もしてないよね?
「こういうのは手加減って言わない。発動前どころか、魔力操作開始即で全部潰さないで」
「潰されないようにもっと早く展開しないとねー。もしくは潰されないぐらいの力を込めるかねー」
「ぐっ」
「うふふ~」
あ、これさっきの仕返しだ。
つまりセルエスさんは、ミルカさんの魔術を発動前に全て叩き潰したんだ。
よって何も起こらない。詠唱をしきっても意味がない。
俺には何が起こったのか解らないレベルだったが、ミルカさんは途中で気がついたらしい。
ていうか、発動前に潰すだけならともかく、それが見えないっていうのが異常すぎる。
「じゃあ、久々に本気で、やる?」
「ん~・・・やめとくー」
「そ、わかった」
「また相手してねー」
「ん、私もそろそろ無詠唱できそうだし、できるようになったらお願い」
「はいはーい」
ミルカさんに応えつつ、背を向けて手を振りながらセルエスさんは家に帰っていった。
「おつかれさまです」
そう言ってタオルをミルカさんに渡す。セルエスさんは帰ってお風呂だろう。
ミルカさんはこの後も少し体を動かすが、水を飲んでひと休憩だ。
「少しは、参考になった?」
「ええ、接近戦を制するつもりなら、もっと鍛えないとダメだなってことは良く解りました。下手な魔術じゃ突破されてしまうし、相手が魔術を使えるならそれを破壊しつつ打撃を通される。ミルカさん、震脚の時以外は魔力使ってませんし。逆に魔術戦主体の場合は、いかに早く展開して、いかに相手の手を出させないかですね。あの速度と精度はちょっと真似できないですけど」
参考にはなったとはいえ、あの域を出来るかどうかは別問題だ。
「うん。今回はお互い得意じゃない方やったから、見て解りやすかったと思う。ただ私のあれはともかく、セルねえの魔術は速度が早すぎて、真似出来ないと思う」
「でも、なんでセルエスさんは接近戦の訓練してるんですか? あの魔術行使なら接近戦は必要ない気がするんですけど」
魔術のみの戦闘でもあの人を下せる人間はそうそういるとは思えない。
ミルカさんはその疑問に、少し思案顔をした後に口を開く。
「負けたから、かな」
「・・・セルエスさんが?」
「うん、セル姉だけじゃない。私も、リン姉も」
「それは、仲間内の勝負で、じゃなくてですよね」
「うん、本気で、それこそ死を覚悟した戦闘で、負けた」
頭を殴られたような衝撃だった。
俺にはこの人達が誰かに負けるところが全く想像できない。
まるで届く気のしないこの人達より、もっととんでもない人間がいるのか。
「私は元々魔術は強化系以外はたいして使えなかった。けどそれじゃ、体術魔術のどちらもが高レベルの人間に通じない事を、痛感させられた。だから、魔術もちゃんと使える様に鍛えてる。やり始めるのが遅かったからまだまだだけど」
つまりそれは、ミルカさんもセルエスさんと同じ理由で魔術を鍛えているという事だろうか。
彼女達にとってその敗北はどれだけ大きなものなのだろう。
「身近にセルねえっていう規格外がいたおかげで、どうすれば良いのかは解ってるから助かってる。私に必要なのは、体術で戦わざるを得ない様にする技術。相手の魔術を全て相殺、せめて半分以下に出来れば、私の舞台に持っていける。その為には精度を上げないといけない。同時展開と、その同時展開でも精度を落とさない。それが私の課題。勿論いつかは全て無詠唱で」
ミルカさんの語るそれは、規格外であった人を更に規格外にする訓練。
元々が体術のみで人間を超えていた人が、それに留まらないと言っている。
彼女の言う理想は今かなり近いところにある。実際全て無詠唱で出来ずとも、体術をまぜた迎撃に関して言えば当たり前に無詠唱をやってのけるのだから。
ミルカさんが無詠唱でこなせないのは、攻撃に魔術を使う場合だ。
「セルねえは一撃殴られ、それで終わった。セルねえの魔術が殆ど通用しなかった上に、障壁はすべて突破され、一撃。体術の訓練を殆どしてなかったセルねえは、その攻撃を避けられなかったし、耐えられなかった。だから今は体術の訓練もしてる。今日のは訓練っていうより、自分がどこまで出来るようになったのか、確かめたんだと思うけど」
今、すごく怖いことが聞こえました。
たった今、レベルが違いすぎると思った魔術行使が通じない相手が居る?
体術がレベル高かったから押し切られたとかじゃなくて、魔術自体もあんまり効かなかったとか怖すぎる。
「リ、リンさんは?」
恐る恐る聞いてみた。
ミルカさん達ですら怖いというあの人が負ける姿が想像できなかったから。
だが彼女の口から出た言葉は、明確な敗北の説明だった。
「リンねえだけは接戦。けど、負けた。魔術障壁を使えるか使えないか。そこが分かれ目になった。だから、セルねえはリンねえに魔術を使えるようにしたがってる。自分の大好きな剣士が負けるところを、二度と見たくないから」
あの魔術は、俺にかけられたあれはリンさんの為に練り上げた魔術だったのか。
セルエスさんの涙や、リンさんの申し訳なさそうな顔の意味が解ったような気がする。
「凄い人がいるんですね・・・」
「うん、怖かった。あんなに怖い相手はリンねえ以外にいないと思ってた」
「会いたくないですねぇ・・・」
「大丈夫、多分。今なら会ってもそうそう襲ってこない、と思う」
「そうなんですか?」
「うん、多分」
多分って言葉は、逆に不安ですよ?
「さ、今日は無手でやる」
「あ、はい、解りました」
休憩は終わりらしく、ミルカさんは今日の俺の訓練を始める。
当然のごとくボッコボコにされた。最近ほんときつい。
加減されてるのは解ってるけど、死なないギリギリを確かめられてる感じがする。
「じゃ、私はまだやるから、今日は休んでいいよ」
ボコボコにされて治療を10回ほど繰り返したあたりでそう言われ、フラフラと家路に着く。
「・・・もうあれに耐えられるようになったんだ。もうちょっと強めに出来るかな」
そんな恐ろしい声が聞こえたが俺は聞こえないふりをした。き、きつい。
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