第21話騎士隊長さんの決意ですか?

今日は不思議な子が来た。ウッブルネ様が連れてきた少年だ。

街でいざこざに巻き込まれて人助けをしたが、少しやりすぎた為の注意で連れて来られたそうだ。


一緒にいた隊士に詳しく聞いてみると、バカな貴族が使った広範囲魔術を跡形もなく消した上に、その数倍以上の魔術を上空に放ったそうだ。

その魔術が火だった為に、周りに被害が行くかもしれなかったという注意の為に同行して貰う事になったらしい。


その話だけだとふーんと答える程度の話だったのだが、正確な規模を聞いて驚いた。

魔術が街に落ちていれば、街の1区画が完全に焼け野原になる程だとは思わなかった。


そこで少し少年に興味を持った。もしかしたら見た目通りの年齢ではないのかもしれないが、あの年齢でそれだけの魔術を使えるのは希だ。

剣も使える様子らしいし、兵士や騎士の勧誘をしたいと思った。


魔術師隊に取られる可能性は高いが、剣士としての腕もあるならば騎士隊に欲しい。

私達はいつまでもウッブルネ様に頼ってばかりもいられない。

もうそろそろ引退してもおかしくない歳なのだから、あの方が居なくなっても大丈夫な様に使える人間が欲しい。


今の隊士達が使えないとは言わないが、ウッブルネ様を目指して騎士となった自分にとって、人より少し強い程度で満足している彼らに少し不満がある。

少年がもし騎士隊に入ってくれれば、良い刺激になるのではないかと思った。

そう思いウッブルネ様の所へ話を持っていこうとすると、ちょうど少年への諸注意が終わった所だった。


「おおバルフ、丁度良いところに。少年、すまないが、少し待っていてくれるか」

「はい、わかりました」


少年はウッブルネ様の言葉に素直に応じ、出されたお茶を啜っている。

見た感じは普通の少年にしか見えない。

とはいえウッブルネ様も普段はただの気のいいおじさんなので、そこは似たようなものか。


「バルフよ、実は私は彼の事をアロネスに聞いていてな。その実力を試してみたい」


ウッブルネ様はその場から離れると、少年に関する詳しい話を手早くしてきた。

その話は自分にとってあまりに衝撃的なものだった。


少年が鍛えられた環境と、その相手。

余りにもあり得ないと思える内容を聞かされた。

彼を鍛えた者たちは主に3人。


聖騎士の称号であるボウドルの名を授けられた一人であり、剣士としての最高位の名、ウィネスも併せ持つ、リファイン・ボウドル・ウィネス・ドリエネズ様


王族でありながら魔術師隊の隊長であり、魔術師として最高位の称号のグラウギネブを持つセルエス・ファウ・グラウギネブ・ウムル王妹殿下


拳闘士隊隊長であり、この国唯一の気功仙術の使い手、拳士としての最高位のドアズの名を持つミルカ・ドアズ・グラネス様


このお三方の訓練を受けて、尚且つその技術を身につけているという。

流石に、にわかには信じられなかった。

あの方々の力量は知っている。

身近でその実力を見たのみならず、手合わせして頂いた事も師事させて頂いた事もあるのだ。


ドリエネズ様はまさに理不尽の塊のような方だ。相対するとそれが実によくわかる。

あの方は本当に人間なのか疑いたくなった。

魔術による強化もなくあらゆる全てを粉砕していくのだ。

そして力技のみならず、その技術も型破りではあっても精密な剣戟を可能としている。


王妹殿下の魔術も理不尽の一言だ。

あの方が本気で戦えば相手は何もできずに一瞬で殲滅される。人数も規模も関係ない。

無詠唱の大規模攻撃も、単体への精密な攻撃もあの方にできない魔術行使は存在しない。

針の穴に一発で糸を通すような魔力操作を、何度でも平然とやってのける。

真似出来るようなものではないと思った。


グラネス様はある意味一番恐れ、参考にした方だ。

あの方は魔術と仙術が無ければ動きはまだ人間の領域。

速さも力も人間の領域のはずなのに、その動きは全く捉えられず、その攻撃は瞬く間に相手を粉砕する。

凄まじいまでの観察眼と体捌きと技のキレ。武を極めた者の行き着く先の体現のような方だ。


その3人の訓練を受けて、身につけている?

思わず震えた。そんな化物がいるのかと。

自分はあの方達のうち、グラネス様以外はほぼ参考にならない。

桁が違いすぎるし、そのグラネス様の使う仙術も自分には習得不可能だ。


その上少年は国に仕える技工師として最高位、ウルズエスの名を持つイナイ・ウルズエス・ステル様の作られた魔導技工剣を使いこなしているという。

魔導技工剣はよほど自身の内容魔力量が多いか魔力操作が上手くないと、逆に自滅するような武器だ。

それを使いこなすというのか。しかもステル様が作られたものを。


少し混乱していると、その実力を見るためにお前とやらせたいと言われた。

この方に頼まれた事は、よほどのことでない限り否と言うつもりなど無い。

混乱した気持ちと思考はとりあえず置いておいて頷いた。







「では、はじめえぇ!」


ウッブルネ様の声で試合が始まり、それと同時に自分は駆ける。

少年は木剣を持って青眼に構えたままだ。綺麗な構えだ。

手加減も油断もなく、全力で切りつける。

だがそれをなんの問題もないかのように受け流され、柄が顔に迫って来た。


グラネス様の教えだと即わかる攻撃だ。

それをギリギリの距離で避け、いなされた剣をずらして引き戻す。

少年は引き戻した剣と同じ方向にいきなり速度を上げて移動した。

脇腹に少しかすったが、それだけだ。直撃しなかった以上勝負はついていない。


さっきの動きに魔力の流れは感じなかった。

つまり、今のは様子見の攻撃だったのか。


少年は自分の体勢が整う前に攻撃を仕掛けるつもりだ。

その踏み込みに合わせて、少年の足を地を蹴る前に踏みつけた。

少年は一瞬動きが止まり、その隙に剣を逆手に持って小さく引くように振る。

だが少年はその攻撃を握りの間で剣を受け止めつつ蹴りを放ってきた。

その蹴りを飛び退いて避ける。


顔には出していないが、かなり驚いている。今のは決まったと思った。


「ふふ、やりますね。さすが技工剣を使うだけはあります」


その言葉に少年は微妙な顔だ。

自分としては正直な賛辞だ。魔導技工剣のみならず、技工剣は使いこなすのが難しい。

その機能を使うことに意識が行って性能を発揮しきれなかったり、そもそもの技量が足りなかったりする。

この少年はそれが無いらしい。あの理不尽な人達に揉まれ続けた成果がそれなのだろう。


「どうした少年!にらみ合ってるだけではどうしようもないぞ!やれるすべてを出さぬか!」


ウッブルネ様が少年に発破をかける。それに答えるかのように少年は魔術を使った。


『コノカラダ、ソノカノウセイノスベテヲツカウ』


聞いたことがない言葉だ。彼はこの国の人間ではないのか。


「これは、すごいですね」


思わず呟く。なんて速い魔術だ。

おそらく強化魔術だろうが、こんなに早く、短い詠唱であんな綺麗な強化魔術をかけられるものなのか。

自分には、この速さでは出来ない。

何より戦闘に意識を向けたまま、あそこまで自然には使えない。

魔術を使う際に隙が有れば打ち込むつもりだったが、魔術使用による隙は無いと思った方が良いな。


感心していると少年は「行きます!」と力強く宣言し、真正面から踏み込んできた。


――速い。真正面からのまっすぐな踏み込みにもかかわらず、危機感を感じる速度だ。

だが、少年、太刀筋が素直すぎる。

目で捉えられる早さならば、どれだけ早くても構えてさえいれば対処できる。


おそらく全力であろう少年の一撃をいなし、剣を踏みつけて横薙ぎに切る。

少年は一瞬で剣を踏み折られないようにしゃがむ判断をし、剣を避けつつ自分の足を狙ってきた。

それをなんとか後ろに飛んで躱す。

判断も行動速度も早い。これはとんでもないな。


そう思いつつも顔には出さない。

逆に少年は顔に出すぎだ。自分の攻撃が一切通じず焦っている。

少年は技量はあるが、まだ実戦経験が足りないな。

対人戦ではそういった表情は見せるべきではない。


だが少年は、少し思案顔になったあとに顔つきが変わった。

気のせいか持っている雰囲気も変わったように感じる。


「っ!」


本能的に何か不味いと感じ、すぐに地を蹴って踏み込む。

彼は魔術を使える。あまり時間を与えてはいけない。

一旦距離を取るだけならいいが、大きな魔術を使わせるほどの間を空けてはいけない。

そう思い踏み込むと『ツチヨ、シズメ』と短い言葉が聞こえ、足元が沈み、体勢が崩れる。


馬鹿な、たったそれだけで魔術を使ったというのか?

先の強化より短いほぼ一言じゃないか。

それは通常の魔術詠唱じゃない。媒体を用意した短縮詠唱の域だ。

一切の道具を使わず単身でそれをやってのけるのかこの少年は。


驚きを隠しつつもなんとか剣を振る。

少年は防御もせず、切り込む動作に入りながら『ミエヌタテヨ、マモレ』と言った。


私は完全に剣を振り切っていたため、少年の顔を思いっきり木剣で殴りつけてしまうと思った。

だが振り切ったはずの剣は、少年の顔に当たる直前で阻まれる。

魔術障壁だ。先のあれはそのための詠唱だったというのか。


この少年は使用するだけでも集中する必要のある魔術障壁を、剣を振りながら使うどころか、剣を防ぐ為の一点だけで展開した。ありえない。こんな密度。こんな速さ。こんな堅さ。

これが王妹殿下の教えを飲み込める者の魔術か。


体勢が崩れているところに少年の剣が迫る。

剣を回し、なんとか防いで後ろに飛び退くしか選択肢がなかった。


飛び退いた瞬間、少年はどこからか小さな石を取り出し『シリョクホゴ、チョウカクホゴ』と、また短縮のような詠唱を唱えた。

自分はそれを攻撃魔術のための媒体と思い、注視する。

それがいけなかった。いきなり轟音と閃光が走り、視力と聴力を持っていかれた。


だが訓練の賜物か、体を竦めるような動作は取らず、魔力感知での状況把握に意識を割く事が出来た。

このまま踏み込んで来るなら、彼は強化魔術を使っているのでその流れから多少剣筋は予測できる。

魔術の攻撃なら回避に専念し、視力の回復を待つ。


その判断は本来間違っていない。普通の相手ならばそれで何とかなる。

だが自分はまだ解っていなかった。

この少年は、真の意味でグラネス様の技を身につけているのだと思い知った。


着地の瞬間胸に衝撃が走り、そのまま胸の中を突き抜ける。

痛みの種類から、過去一度食らった仙術における遠距離攻撃だと判った。

仙術の攻撃は魔力感知では判らない。使えるなら当然の一手だ。


胸に直撃を食らった私は呼吸もできず、動く事も出来なくなったせいで、着地に失敗してそのまま倒れる事しか出来なかった。

それが、決着の一撃。彼が本当に敵ならば命を奪われていた決定的な決着。






負けた。完敗だった。

凄い、な。自分が諦めたあの人達の技を、この少年はここまで使うのか。本当に凄い。


とてもとても・・・悔しい。

ああ、悔しいな。久しぶりだこんなに悔しいのは。

こんな人物がいるんだ。あの雲の上の人間たちの技を受け継ぐ者がいるんだ。


自分もそこに至りたい。いや、希望じゃない。目指すんだ。

自分は誰に憧れた? 誰を目指した?


少年には感謝しよう。この少年のおかげで目が覚めた。私は聖騎士を目指す。

身の程知らずと言われても関係ない。あの方の高みに立つ。この敗北で自分はそう決意した。

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