第19話騎士さんです!

やばいんじゃなかろうかこれ。

俺は悪い事なんてしたつもりはこれっぽっちもないが、この人に抵抗出来る気がしない。

もしこの人が俺を悪と断罪したら死ぬ未来しか見えない。

やったね、痛みを感じないよ! てなもんだ。


俺の胸の内など知る由もなく、騎士のおじさんは鋭い目で俺と腰の抜けた男を見る。

ただその後、俺の傍にいる女の子を見て優しい目になった様な気がした。

すぐにきつい目になったので、気のせいかも知れない。


「当事者は君たち三人と推測するが相違ないか」


嘘をついたところでどうなるわけでもなし「はい」と俺と女の子は答えた。

男はなんか家名を名乗って、女の子と俺がこいつを侮辱したとかなんとか叫んでる。

コイツ平常心って言葉を知らないのだろうか。


「ふむ・・・」


目つきは厳しいが先程のような怒りの雰囲気はなく、落ち着いて観察されている。

多分値踏みされてる気がする。


「とりあえず状況の確認を行う。周囲に居る者達から話を聞き、事実のみを確認するように」


騎士さんはそう言って、一緒にいた兵士さんに指示を出していく。


「事実確認だと!? そんな事をする必要はない! この二人は私に楯突いたのだ! 処刑だ! すぐに処刑しろ!」

「ほう・・・?」


騎士のおじさんはそれを聞いて、剣を男の首筋に当てていた。

過去形なのはこれっぽっちも見えなかったからだ。

振るのが見えなかったどころじゃない。抜く瞬間の動作も判らなかった。


リンさんも見えない速度の攻撃はできる。

本気で振ったのを数度見たことあるけど、全く見えなかった。

でもそれでもリンさんは『動く瞬間』は判る。

ミルカさんに鍛えてもらったおかげで動作のタイミングというか空気というか、そういうのが感じられるようになった。


でもこの人にはそれが一切なかった。気が付いたらもう抜いていて、剣がそこにあった。

うん、もともと変に抵抗する気はないけど、抵抗は無駄だな!


「ひっ、な、なにひょするきさま!」


驚いて呂律が回ってないぞ。


「ここは王都であり、王のお膝元だ。そこで騒動を起こし、我ら騎士隊の指示に従えぬという事は、王に逆らうという事だ。家名まで名乗った貴公はそれを承知の上での発言か?」


殺気の籠った声で説明する騎士さん。

やっぱ騎士だったのか。


「・・・馬鹿だなあいつ、相手が誰かも解ってないのか」


そんな感じの声が周りからいくつか聞こえた。

そりゃこんだけ凄い人が見回ってりゃ皆知ってるよね。

この人素人が見ても間違いなく強いって解ると思うし。

解んないのはこういうバカだけだろ。


「わ、わかった、わかったから剣を引け!」

「・・・ふん」


騎士さんは呆れた感じで剣を収める。


「では、確認の間ずっと立っているのも辛かろう、そちらに座っていたまえ」


そう言って彼はベンチを指す。そして女の子の頭を優しく撫でて兵士さんの方へ向かった。

なんとなくだけど、俺に不利な状況になっても女の子は大丈夫そうだ。






うん、俺どうなるんだろう。

騒ぎ起こしたのと魔力の刃を撃ったのは事実だし、そこ責められると何も言えないんだよなー。


「ねえ、お兄ちゃん」

「ん、どうしました?」


女の子が暇になったのか話しかけてきた。ちなみにあのバカはなんかブツブツ言ってる。

覚えていろとか、帰ったら絶対に処刑台に上げる手を整えてやるとか言ってる。

標的が俺っぽいのが救いだ。


「・・・お兄ちゃん、なんで私にはそんな喋り方なの?」

「え?」


多分この敬語の事かな?


「えっと、うーん、癖ですかね? 初対面の人には丁寧に対応するのが礼儀だと思ってるんですよ。ああいう手合いにはその限りでは無いですが」

「そっかあ! 私も真似したほうが良いのかな!」

「君は君の良いと思うやり方で良いと思いますよ。人に迷惑をかけない範囲なら人は自分の好きを通していいと思います」

「んー?」


ちょっと言い回しが面倒だったか、女の子は首を傾げている。


「いい子であれば別に良いと思いますよって事です」

「うん、わかった! そうすればお兄ちゃんみたいな魔術師になれるかな!?」


成程、そういう事なのか。

どうせ目指すなら、俺じゃもったいないと思うなぁ。


「うーん、せっかく目指すならもっと上を目指しましょう。」

「上?」

「例えばそうですね・・・」


そうだ、さっき言ってた8英雄に魔術師が居るっぽいし、それでいこう。


「8英雄とか?」

「えー、無理だよー。あの人達はすっごいんだよー? 騎士のおじちゃんも、物凄い強いんだから!」


騎士のおじちゃんて今言った?

それってもしかしなくてもあの人なのではなかろうか。

いや、そう信じたいのかもしれない。

なにせリンさん達意外に初めて会った規格外クラスなんだもの。

ちょっと聞いてみるか。


「君は8英雄と呼ばれてる方をじかに見た事があるんですか?」

「うん! 全員じゃないけどあるよ!」

「へえ、もしよかったらどんな方なのか教えて貰えますか?」

「えとね、よく知ってる人はあの騎士のおじちゃん!」


そう言ってさっきの騎士さんを指差す。ビンゴだ。

つまり、あのクラスがあと7人いんの? マジで?

あれ強いとか強くないとかそういうレベルじゃないよ?

そらリンさんに普通って言われるわけだわ。


ん、何かバカが女の子のその言葉を聞いて驚愕の表情で青ざめてる。

ふむ、もしかするとあの人の立場は、単純に騎士以上のものなのかもしれない。

そりゃ英雄って呼ばれてるぐらいだものね。

バカは自業自得なので放置。


「さっきの抜刀もすごかったですね」

「ね、かっこいいよね!」


どうやらこの子は、女の子にしては英雄譚を好むタイプの子の様だ。


「よく知ってるという事は、他の方も見た事があるんですか?」

「うん! 騎士のおじちゃんと一緒の騎士の姉ちゃんと、闘士のお姉ちゃん! 闘士のおねえちゃんは恋人と歩いてるのたまに見かけるよ!」


ほうほう、てことはその二人はこの街に住んでるのかな?


「あとはたまに買い物に来る技工士のお姉ちゃんと、王女様と王子様!」


技工士もいるのか。イナイさんを知ってると違和感ないな。

あの人みたいに戦える人なんだろう。

いや、そうとも限らないか? 凄い物を作れて貢献したのかもしれない。

つーか王子王女? それは采配とかで? まさか前線出てたの?

うーん、その3人もあの人クラスなら俺たいしたことないの確定だな。


「あ、でも今は王子様と王女様じゃないんだった。えっと、何て言うんだったかな・・・忘れちゃった」


ふむ、立場が何か変わったのかな?

王家の呼び方とか立場とか、向こうの世界でもよく理解してなかったので分からないな。


「王様も凄いんだよー。剣も魔術も体術も何でも出来る凄い人なんだよ!」

「お、王様がですか、凄いですね」


武闘派すぎるだろこの国。


「他の人は見た事ないんだー。いつか皆見てみたいな」

「あはは、見られるといいですねぇ」


なんかパンダ見れたら良いなって感じに聞こえて、笑ってしまった。


「でもね、でもね、お兄ちゃんも凄いよ! だって、あんなに痛かったのにスグ痛くなくなったし、あんなに凄い事出来るんだもん!」


そう言って、両手を広げて花が咲いた時のような動きをする女の子。

その姿が可愛くて、思わず頭を撫でる。


「え、えへへ」


ちょっと照れたように笑うのが尚の事可愛い。

うーん、俺物凄い子供好きだったのかもしれない。

いや、変な意味じゃないですよ?







その後も他愛のない話をしていると騎士さんがこちらに来た。


「確認が取れた。本人にも一応確認を取るために、我々が事実と判断したことを伝える。言いたい事があれば、全てを聞いた後で言うといい」


そう言って周囲の人から聞いた話を元に伝えられた事は、完全に事実を語っていた。

そりゃこんだけ証人いれば、少しの差があってもどうにかなるよね。


「わ、わたしはどうなるのですか?」


バカはさっきまでの傲慢な態度はどこに行ったのか、とてもしおらしい。


「貴公には礼を言わねばならぬ」


騎士さんは男にそういった。

それに対して俺もバカも表情にはてなが浮かんでいた。


「貴公の家は王に水面下で逆らい続けていた。ありがたい事に今回正面切って王家のやり方と、住民に剣を向けた事になる。貴公の父君がどう対処するのか見ものだな」


そう言って騎士さんは怖い笑顔を向けた後、近くの騎士にバカを連行するように伝えた。

バカは青ざめた顔でなにかブツブツ言ってるけど、しったこっちゃねえや。


「さて、君にはすまないことをした。と言いたいところだが、君にも我々に同行してもらう事になる」


あー、やっぱそうですよね。無罪放免とかならないですよね。


「とはいえ、住民の証言から、君から手を出していない事も、その子を守ろうとした行為だという事も解っている。だが君は街中で規模の大きい、もしかしたら周囲に被害が出たかもしれない魔術を使った。それに対する注意はしなければならない」


過剰防衛の注意みたいな感じかな?

いやこの場合周囲への被害だからちょっと違うか。


「はい、解りました。このままついて行けば良いですか?」

「ああ、素直に従ってくれると助かる」


さっきの怖い笑顔はどこへ行ったのか、にこやかなおじさんの笑顔になっていた。

この人雰囲気変わりすぎだろ。


「騎士のおじちゃん!」

「うん、どうした?」


女の子が騎士さんを呼ぶと、さらに破顔した。この人やっぱり子供好きか。

なんか仲良くなれそうな気がする。


「お兄ちゃんは何も悪い事してないよ!」

「うん、大丈夫わかってるよ。ただ決まり事ってのがあって、それはどうしてもやっておかなくちゃいけないんだ。別にこのお兄ちゃんを牢屋に入れようとか、そういう事じゃないんだよ」

「そうなんだ・・・・うん、わかった」


優しく女の子を諭すその姿は近所のおじちゃんの雰囲気だ。

でもそんなもんか。英雄って言われてたとしても、私生活が常に波乱万丈とは限らないよな。


騎士さんは俺に振り向き「では付いて来てくれ」といい、先導されるままに付いて行く事になった。

多分悪いようにはならない、よね?

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