第18話女の子を助けます!

「このガキ! なんて事しやがる!」


その怒号と共に、女の子が思いっきり蹴飛ばされた。

女の子は強く胸を蹴られたせいか、胸辺りを抑えて苦しそうにえづいている。


「なっ・・!」


余りの事に驚いて立ち上がる。

女の子が蹴られたのもそうだが、その男は詠唱を始めたからだ。


「我が心に灯りしは怒りの炎。その炎を持ちてかの敵を打ち払え」


詠唱からして炎系だと推測、魔力の流れが完全に女の子を捉えている。

たかが服汚しただけの女の子を蹴り飛ばした上に、魔術ぶっ放すとかマジかあいつ!


「何なんだあいつ!」


魔術仙術の二重強化をして、女の子の側まで走る。

女の子は胸を思い切り蹴られた。

この男がどれほどの力を込めたか解らないが、骨までいってたら大問題だ。


このまま抱えると危なそうなので抱える際に自分の魔術強化をとき、少しだけスピードを落として治癒と保護を女の子にかける。

攻撃系の魔術は相変わらず詠唱が必要だが、保護、治癒、強化に関しては別だ。

よっぽど強力なものをかけようと思わない限り、無詠唱で行ける様になってて良かった。


先程まで苦悶の声を上げていた女の子の様子は収まり、呆然と俺の顔を見上げている。

自分の身に何が起こったのか解らないのだろう。


「もう大丈夫ですよ。多分どこも痛くないと思うけど、痛かったら言ってくださいね」


治しそこねてたら問題なので一応聞いておく。

病気と違い、怪我は比較的治しやすいから大丈夫だと思うんだけど、一応ね。


「だ、大丈夫、お兄ちゃん凄い魔術師なんだね」


自分の痛みがすぐ消えたことを魔術だと理解したようだ。

この世界はやはり魔術が一般的なんだな。


「小僧! 今何をした!」


俺の後ろで先程の男が叫んでいる。

とりあえず今は無視だ。


「災難でしたね、世の中ああいうのも居るから気をつけてくださいね?」


女の子を下ろして膝を曲げ、同じ目線でそう言う。


「うん! ありがとうお兄ちゃん!」


女の子はそう言って笑顔で返してくる。

うん、よかった。大丈夫そうだ。


「貴様! 人の話を聞いてるのか!」


聞いてるよ。無視してるだけで。

さって、と。


「あんた、何考えてんだ。この子謝ってただろう。その上魔術なんて正気とは思えねえぞ」


コイツに敬語はいらない。

クズが、子供になんて事しやがる。


「貴様! 俺が誰かわかっててそんな口を聞いているのか!」

「しらねえ。底抜けの馬鹿でクズってのしか解んねえな」


なんだこいつ? 偉い身分とかなのかね。

反射的に悪態ついちゃったけど、ここで問題起こすとイナイさんとかに迷惑かかるかな。

こいつモノすっごい腹たつけど、殴り飛ばしちゃダメだよね?

入口の兵士さんと街の様子の感じから察するにこの国すごく文明的っぽいので、どこまでやっていいのか不安だ。


よく見るファンタジーの様にならず者は排除ってやると、俺が捕まりかねない気がする。

文句は言うが行動は正当防衛が言い切れる状況にしておこう。

悩んでいる間、男はずっと罵倒の言葉を叫んでいる。

その様子を見て人だかりが出来てきた。


男の言う事と遠巻きでザワザワしてるのを聞いて総合すると、要はこいつ貴族で、その貴族にこんなことをしたのだから処刑されて当然的なことを男は言ってると。

うん、これがまかり通るなら俺この国嫌いになりそう。

イナイさん達には申し訳ないけど、そういうのは好きじゃない。


「貴族だからといって許される事じゃないだろう!」


そう言ったのは俺ではない。遠巻きに見ていた人の一人だ。


「そうだ、ウムルでは貴族だからとその力を傲慢に振るうのは罪になるぞ!」

「現王はお前のような行動は許さないぞ!」

「そうよ! 女の子に魔術を放つなんて普通の神経じゃないわ!」


皆口々に男を謗る。よかった、貴族だからなんでも通る世界じゃなかった。


「う、うるさい、黙れキサマら! 大魔術師レギファヴェグ様の魔術の餌食になりたいのか!」


そう叫んで周りを睨む。

ここには魔術を使えない人が多いのか、その言葉に恐怖の気配を感じる。


大魔術師ねえ。コイツまさかのセルエスさん並なの?

その割にはさっきの火炎の魔術、練が甘いし速度もなかった。

発動見てから余裕で割り込めたんだが。

そもそも無詠唱じゃなかった時点で大魔術師名乗るのはどうなのかね。


「小僧! よくも私に恥をかかせてくれたな! 貴様の命で贖ってもらうぞ!」

「知らん。お前が勝手に恥かいてるだけだろ」


バカの言葉を一蹴する。

こういう手合いは真面目に返しても話にならないし疲れる。


「おい、にいちゃん! 腹が立つのは解るけど挑発するな!」

「そうよ! 兵士さんに緊急の連絡を入れたから直ぐに兵士さんか騎士様がくるわ!」

「さっき女の子を助けたみたいに走って逃げるんだ! 危ないぞ!」


何だ、いい人たちがちゃんといるじゃないか。

傍にいたら自分だって危ないし標的にされるかもしれないのに、声をかけてくれた。

それで十分だ。うん、この国嫌いにならなくて済んだ。良かった。


「我が怒りに答え―――」


なんか大層な詠唱を男が始めた。女の子は俺のズボンを握り締め震えている。


「―――故に我が力、世界と共にあり―――」


・・・え、まだ続くの? 流石に詠唱長くね?

保護系の魔術をかけてるのかもしれないが、それにしても長い。

目の前に敵がいるのにそんな長々唱えてたらリンさんならもうすでに殴ってるよ?


「―――の全てを持って無数の獄炎を我が敵に―――」


いやだから長いって。でも住民の皆様方は逃げろと口々に言うし、女の子も震えてる。

俺が知らないだけですさまじい大魔術だったりするんだろうか。

一応剣を抜く覚悟だけしておこうかな。あんま使いたくないけど。


「―――全てを打ち払え!」


あ、詠唱終わったっぽい。

それと同時に火球が30か40ぐらい男の上に浮かぶ。


「・・・は? 何これ」


思わず疑問の声が出た。


「くくく、今更驚き嘆いても遅いぞ!」


男は俺の言葉を勘違いした様だ。

俺が疑問に感じたのはそんなものじゃない。

ただ単に、あんまりにも貧弱すぎる魔術だったからだ。

あんまり長い詠唱だったから、てっきり最低でもセルエスさんの簡易魔術クラスを超えてくるかと思っていた。

蓋を開けてみればなんてことはない。セルエスさんどころか、俺でも余裕で出来る攻撃魔術だ。


「くらえ!」


その言葉を聞いて女の子が俺を見上げて「お兄ちゃん!」と心配そうに叫ぶ。

大丈夫大丈夫。あれぐらいなら何とかなる。


俺はセルエスさんの訓練を思い出し、ほぼ同じ威力の火球を同じだけ作ろうとする。

最初の頃何度かやらされた、魔力の流れを読み、同じ威力で相殺させる訓練。

セルエスさんが容赦なくポンポン打ってくるから、ぼこぼこ当たって泣きそうだったのも思い出した。今泣きそうになってきた。


『炎よ、その形を珠となり、数を持って打ち払え』


その詠唱で火球を作り出す。

俺って詠唱がいるものは日本語じゃないと成功しないんだよなー。何でだろう?


「なっ! そんな馬鹿な! そんな短い詠唱で出来るわけが無い!」


男は俺の作り出した火球に驚いている。

こんなんセルエスさんなら無詠唱どころか、あくびしながらでも出来るぞ。

あの人なら寝てても出来るって言われても俺は信じる。


「・・ふん、数だけ揃えても無駄だ! 威力の差を思い知れ!」


・・・同じ威力にしたよ。こいつ魔力の流れ読めねーの?

何が大魔術師だよ。


男はその言葉と共に火球を放ってきたので、同タイミングで全てぶつける。

魔力の流れが完全に真っ直ぐなので、どう狙ってくるのかまる解りだ。

威力の差とか言ってたし、押し切るつもりで誤魔化さなかったのかな?


火球とはいえ魔力で作られた炎だ。その打ち合いは実質魔力のぶつけ合いになる。

魔力が相殺されれば残るのは魔力のない炎だが、その場合周囲に可燃性の物が無ければすぐに消える。

幸いここには水源もあるし、いざとなったらそれも利用して消そう。


そう考えているうちに全ての火球が相殺され、男は驚愕に目をむいている。

驚く事かね。これ位できないとセルエスさんに全身火傷にされるぞ。

あの人本当に容赦ないからな。


「な、何だと! そんな馬鹿な、こんな馬鹿なことがあるか! 俺の最大の魔術の一つだぞ!」


いくらなんでも貧弱すぎるだろ。

あれか、貴族だからって周りがちやほやして勘違いした口かな?

ていうか、最大の一つってなんだ。最大がいくつもあるのか。


「その程度で大魔術師とか笑えるな。俺の師匠達なら無詠唱で鼻歌交じりに出来るぞ」

「ふざけるな! あの魔術を気軽に出来るなど、かの8英雄の魔術師達ぐらいものだぞ! 嘘をつくな!」


そんなこと言われても事実なのに。

しかし気になる単語が出た。8英雄か、ちょっと興味がある。

街にいる間に調べてみよう。


「で、どうすんだ、まだやる気か?」

「くっ、舐めるな!」


そう言って男はまた詠唱を始める。だから長いって。


周囲の人達は俺の余裕の態度を見て、叫ぶのをやめた様だ。

女の子はキラキラした目でこっちを見ている。可愛くて思わず頭を撫でてしまった。

男はその様子を、詠唱をしながら目で射殺すように睨む。

俺の態度がよっぽど気に食わないのだろう。知らんわ。


男は火球をまた作りだし始めたのだが、最初にまたかと呆れた顔で見ていたのを俺は後悔した。

正当防衛とか言ってないで、さっさと昏倒でもさせとくべきだった。


男はアホみたいにデカイ火球を上空に作りだしやがった。

魔力の保有量自体はそこまで大きくないが、規模がでかい。

相殺してもその際の炎の残滓が周りに被害を出す可能性がある。

余裕カマしすぎた。


「やっば」


その呟きは男の耳に入ったのか、愉悦に顔を歪ませる。


「ふはははは!今更後悔しても遅いぞ!」


いや、別に俺とこの子だけなら問題ないんだけど、それ絶対周りに被害行くよね?

気乗りはしないけどしょうがない、剣を使おう。

俺は逆螺旋剣を取り出して構える。


『巻きとれ、逆螺旋剣』


いつもと逆方向に回転し、炎ごと魔力を巻き取る。

瞬く間に火球は消え、逆螺旋剣に魔力の炎が渦巻く。


「・・・な・・んだ・・・それは・・!」


男はあんまり驚き過ぎて言葉が上手く出ない様だ。

さて巻き取ったは良いけど、これどうしよう。開放が半発動状態になってる。

このまま鞘には収められないから上に放つか。

炎も思いっきり上にベクトル向ければ、魔力が消えて空中で消えるだろ。

そう決めて、剣を上空に構えて魔力を放つ。


『解放しろ、逆螺旋剣』


そう言うとバカっと剣が開いた。しまった違う違う、開かないで! 範囲広げないで!

あ、ダメだ、もう発動状態になってる。と、止まらない。穿てって言えば良かった!

くっそ、まだ剣のコントロールがしきれてないなぁ畜生!


「このっ!」


できる限り範囲を収めようと、開放状態の剣の開きを少しでも縮めて真上に放つ。

炎を纏った魔力の花が上空に咲く。花火みたいだなーとかのんきな事を考えてしまった。

魔力の光も炎も消えた後に周りを見ると、どうやら被害はなさそうに見えた。良かったぁ。


「・・・あ・・・な・・・」


男は腰を抜かしていた。情けない。

女の子はさっきの花を気に入ったようで。


「お兄ちゃん凄いね! 綺麗だね!」


と、凄く嬉しそうに言ってきた。

結構図太いなこの子。余りに楽しげな様子に思わずクスっと笑ってしまう。


そこにドタドタと集団で誰かが来る。

入口の兵士さんと同じ格好の人達と、もっと上等な感じの鎧を着た人達が来た。

あれがさっき誰かが言ってた人達かな。


「この騒ぎは何だ! さっきの魔術の説明もして貰おうか!」


いかつい、ザ・騎士って感じの人が凄い剣幕で怒鳴ってきた。


あ、この人逆らっちゃダメな人だ。と直感が告げる。

だってこの人からは恐怖を感じる。

やばい、これ不味くね?

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