第16話期末試験です!
逆螺旋剣を青眼に構え、軽く起動させる。
目の前には、木剣を右手でゆらゆらさせながら自然体で立つリンさん。
今なら解る。この人隙がない。
両足をほぼ動かさずじっとしている様に見えて、重心がゆらゆら動いてる。
両の足に同じ程度で力を入れるという事をほぼしていない。
これはミルカさんが地道に鍛錬をつけてくれたおかげだろうな。
まだまだ一般人よりちょっと強い程度だけど、そのおかげで強化状態ならリンさんがかろうじて見える。
ここ最近地獄のような鍛錬量になった気がするけど、確実に実になっているので感謝せねば。
何回も泣きそうになったのは内緒だ。
ジリジリとすり足で間合いを少しずつ詰める。俺とリンさんの距離はだいたい10mぐらいだ。
既に身体強化済みなので、踏み込めば一瞬で詰められる。でもそれは向こうも同じ。
というか、この人に距離なんてあってない様なものだ。
それこそ目で見える距離なら100m先でも気が付いたら目の前にいる。
この人はそんな理不尽な人だ。全く油断できない。
息が詰まりそうだ。この人の前に立っているだけで心が摩耗してくる。
前はこうじゃなかったのにな。
リンさんが強いっていうのは解ったけど、こんなにこの人の怖さは理解できなかった。
でも今は、リンさんが『戦う気』ではないのに震えそうになる。逃げ出したくなる。
このあまりに強すぎる人の前に立つのを心が拒否しようとする。
それらの恐怖を気合で抑えながら剣を握りこむ。
それを見てリンさんがニヤリと笑い、次の瞬間ゆらりと動いた。来る。
リンさんが動くのが『見えた』俺は、すぐに後ろに飛び退く。
次の瞬間リンさんの木剣が俺の膝より下から切り上げられ、太ももを掠めて行く。
飛びのき際に振り上げた逆螺旋剣に力を籠め、着地の足で思い切り踏み込んで目の前にいるはずのリンさんに向けて全力で振り下ろす。
だが、俺が剣を振り下ろしたタイミングでは既に彼女はおらず、円を描き横をすり抜けていた。
俺は剣を振った勢いを殺さず全力で前に飛び込みながら、そのままの勢いで剣を後ろに振る。
木剣が砕ける音が響き、逆螺旋剣がリンさんを襲う。
だがリンさんは『逆螺旋剣』を『素手』で弾き、先程よりも速い速度で体勢の整わない俺の胴を殴りつけた。
ガードする暇もなかった俺は直撃を食らい、遥か彼方まで吹っ飛ばされた。
そして森の木に何度もぶつかって、やっと地面に落ちる。
そこで俺の意識は途切れた。
「強すぎでしょ・・・なんで魔力で覆ってる剣を素手で弾けるんですか・・・」
「あたしって強いから!」
セルエスさんに治療してもらって意識を取り戻し、リンさんに投げかけた疑問から帰ってきた答えにがっくりと肩を落とす。
答えになってません。そして理不尽です。俺がしたら腕がぐちゃぐちゃになるぞ、あれ。
「まあリンねえはおかしいから」
「そうねー、正直私も理不尽だと思うわー」
理不尽その2とその3が理不尽という人だ。もうどうしようもないな!
「で、どうでしょう?」
「そうだね、普通に強くなったね」
そうですか、あれで普通ですか。普通ってなんだろう。
アロネスさんがああ言ってたし、俺って普通よりは強いのかなって思ったんだけどな。
もしかしてあの話はこの国だけの事で、他国はもっと凄い人多いの?
「これならタロウさん一人でも、大体は大丈夫」
「そうねー、本気じゃないとはいえリンちゃん相手にここまで出来れば、そこそこ程度の相手なら問題ないでしょうねー」
あ、普通って言葉に否定がない。まじか、怖いこの世界。
久々にここに来た頃の気分を思い出した。
「ま、合格かな。あたしの動きが見えるだけたいしたもんだよ」
「あ、ありがとうございます!」
流石に思いきり手加減されてるのは解っている。
俺はリンさんの動きをちゃんと追えてはいない。
微かにその動きが見えるから、それを頼りに予測で動かしているだけだ。
それでもリンさんは『見えている』と評価してくれた。
多分俺が半分勘で動いてるのも承知の上での発言だとは思う。
「さって、今日は終わりにしよう。傷は治したけど、心の負担はそう簡単にはいかないからね」
リンさんは相対していた時の俺の心の内を見透かした様に言って、家に帰っていった。
まじで手は何とも無いんだな・・・。
「やっぱ怖がってたのバレてるのかぁ」
「そりゃーそうよー? 私だって本気でやるときは怖いものー」
「うん、本気のリンねえの前に立つ場合は、私も未だに足が竦みそうになる」
この二人が怖いのか、やっぱり凄いな。
それを考えると、それと引き分けまでやれるイナイさんも凄いな。
「タロウくんー、服ボロボロで泥だらけだし、お風呂入って着替えておいでー」
「あ、はい、そうします」
「私もいっしょに入ろうかな」
とんでもない発言をするミルカさん。
広さは余裕ではいれますが、そういう問題じゃない。
「お願いします、先に入るか後にして下さい」
「・・・・別に私は平気なんだけどな」
眠たそうな目で、明らかに面倒臭いって感じで返事を返してくるミルカさん。
最近この人だけは、最初の印象からガラリと変わった。
この人多分、最初の頃は気を使っていたんだろう。
けど最近面倒になってきたのか、武術の鍛錬の時以外メリハリがとんでもなく無い。
魔物と戦う時は鍛錬の一つと思ってるからか、その時は立ち振る舞いはしっかりしてる。
ただ、それ以外がとんでもなく雑。
下着で部屋を出てくるのは当たり前。
風呂に俺やアロネスさん、アルネさんが入ってても平気で入ってこようとする。
ソファで寝てるのもしょっちゅう見るし、時々床で寝てる。
言葉は足らない事有るし、喋るのも時々面倒がる。実はリンさんより雑な人だった。
最初の頃より、イナイさんが叱ってる場面を本当に良く見かける様になった。
誰も気にしてないあたり、俺が来る前はずっとこうだったんだなって解る。
ただフォローとして、セルエスさんが「家族扱いになっちゃったわねー」と言っていた。
身近な人間として認めてくれたのかなと思うと、少し嬉しい。
この規格外の人達の仲間と認識されたのは嬉しいよね。
けどだからって、流石に風呂に入ってくるのはやめてほしいと思う。
なぜならイナイさんがすごい怖いからです。
今日も何か叱られるんだろうなーと思いながら家路に着くのでした。
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