第15話これからの話ですか?
「ただいま」
「おかえりー」
帰って来たらアロにいが迎えてくれた。この時間にイナイじゃないのは珍しい。
タロウさんを探しに行ったのは知ってるけど、まだ帰って来てないのかな。
「みんなは?」
「タロウは疲れちまったのか寝た。セル、リン、イナイは装置の不備確認、アルネは知らん」
「そ」
なにか、有ったみたい。イナイに任せておけば大丈夫かな。
「何か食事、ある?」
とりあえずお腹空いた。なかったら勝手に冷蔵機漁る。
「鍋に汁物があるはずだ」
「ん」
イナイが帰って来るまではそれで良いか。
そう思い台所に行こうとすると扉が開く。アルネが帰ってきた。
「帰ったぞー」
「おかえり。今日は早い。仕事じゃなかったの?」
アルネは仕事で出てった時は、大体帰ってこない。
「一応仕事といえば、仕事だな。打って来たわけではないだけでな」
ああ、書類の残りものでも片付けに行ったのか。
アルネにしては珍しい。いつもなら押し付けて来るのに。
書類整理好きじゃないからな、この人。
「珍しいね」
「そうでもない。終わる気配がなかったので、ブルベの部屋に置いてきた」
違った、いつも通りだった。
ブルベにいが執務室に戻ってきた時の、泣きそうな顔が目に浮かぶ。
「またブルベにいの仕事増やして・・・」
「なに、気がついたロウが勝手に手伝ってくれるさ。あいつはそこまで忙しくないしな」
「それはお前も一緒だろう。脳みそ筋肉」
アロにいは何度も押し付けられた口だけに辛辣だ。なぜか私には押し付けてこない。
私も自分の書類仕事以外はなるべくしたくないから、押し付けたら怒るけど。
「ふはは照れるな!」
「褒めて無いよそれ」
アルネは相変わらず自分の生業以外に興味が無いんだから。
最近は人に教えるようになって少しマシになったけど。
タロウさんはよくこの変人の教え方に黙って従えると思う。普通なら文句を言う筈。
「帰ったよーん」
「んー、問題無かったわねぇー」
「んだなぁ、まだやって無い所から降りてったと思うしかねーな」
三人が帰ってきた。不備は無かった様だ。
「不備無しか。良かったぁー」
報告を聞いたアロにいが心底安心した声で言う。
ずっと頑張ってたし、そうなるか。
「セルに手伝ってもらっての広範囲の簡易点検のみだから、もしかしたら、は有るけどな」
というイナイの言葉は聞こえないふりをしていた。
聞こえてるけど聞きたくないって感じだ。
どっちみち不備が有ったら、やらなきゃいけないんだけど。
「あ、そうだ、タロウに少しだけ事情話しておいたぞ」
「ど、どこまで!」
アロにいの言葉に、イナイが焦ったように問い詰める。
反応が凄く早かった。
「俺らがここで何やってんのか、ってとこまで」
アロにいの言葉に、ほっと一息をつくイナイ。
「イナイ、焦りすぎ」
「う、うるさい!」
余りに焦っていたイナイに、一言出てしまった。
そんなに焦るなら、あんな名前付けなきゃよかったのに。
あの剣の名前は、流石に私でも恥ずかしいと思う。
「なあ、お前らはこれ終わったら、どうするんだ?」
アロにいが唐突にそんな事を言ってきた。
一体どうしたんだろう。
「私は、城勤めに戻るのかなぁ? ブルベの指示しだいかな」
「リンちゃん、城に戻るのー?」
「わかんない。戻ってって言われればそれで良いかなって」
リンねえは騎士だし、十分あり得る。ただ別の要請はどうするんだろう。
なんだかリンねえは意図的に考えない様にしてる気がする。
「私は、そろそろ応えてあげないとねぇー。まさかここまで好きにさせてくれると思ってなかったしー」
「お、とうとう観念して結婚するのか?」
「そうねー。まさか8年以上本気で待ってくれると思わなかったわー。こんな自分勝手な女のどこが良いのかしらねー」
セルねえは婚約者がいる。
セルねえが戦場で戦っていた頃よりずっと前からだというのに、セルねえの気が済むまで好きにさせてる懐広い人だ。
「そうなったらグラウギネブはどうしようかなー。愚弟に譲るしかないのかなー」
「いやいやいや、そうなったら絶対もう一回殺し合いが始まるだけだから絶対やめろ」
セルねえの言葉にイナイが焦って止める。
国の魔術師として最高位の称号の譲渡。自尊心の高いグルドがそんなこと受け入れるわけない。
「それはお前が生きてる限りお前の物だろ。ブルベがなにか言わない限りは特に気にするな」
「でも子供が出来たら私戦場には行けないわよー?」
「その時は、私たちが、頑張ればいい」
その時は子供とセルねえの方が大事。
そう思って返事すると、セルねえは満面の笑みで私の頭を撫でてきた。
髪がぐしゃぐしゃになった。別に良いけど。
「ミルカは?」
アロにいが私にも振ってきた。
本当に今日はどうしたんだろう。
「私は、リンねえと一緒かな。ブルベにいしだい」
「あっれー? ミルカだって待たせてる相手が居るでしょー?」
リンねえが茶化してくる。
ちょっとイラっとしたので反撃しておこう。
「リンねえこそいい加減はっきりしてあげるべき」
自分こそずっとその話を先延ばしにしている相手がいるんだから、はっきりさせるべきだ。
リンねえは私の反撃に顔を赤くして口をパクパクさせている。
何か言いたいけど思いつかないようだ。人に振るなら自分にも帰ってくる。当たり前。
それに私は別にリンねみたいにふらふらしてない。ちゃんと彼に応えてる。
「イナイは?」
ついでだしイナイにも聞いておこう。
多分イナイはここに残ると言うだろう。だから言っておかなきゃいけない事も有る。
「あたしはここに残るかな。ちまちまここの結界の整備と、家の管理でもしとくよ。何か作りながらな。お前らが気軽に帰って来れるようにしておくさ」
やっぱり、そうか。
「タロウさんと?」
「な、なに言ってんだ!?」
呆れた、ここまできて誤魔化すのか。
タロウさんここにが居るならともかく、今誤魔化しても意味が無い。
「みんな気がついてる」
「う」
みんな一緒に頷く。
当たり前だ。あの剣の名前と、イナイの態度。
それで気が付かないわけがない。
「・・・見た目こそこんなだが、あたしみたいな年増が縛っていい年齢じゃないだろ」
「年齢関係ない」
「自信、ねえよ。そういうの」
「私だって無い。私は武術バカだもの。それでもあの人は、そんな私でいいって言ってくれる」
「お前はそういう相手だから良いかもだけどよ」
「タロウさんはきっと出ていく。世界を見たくなって、好奇心の赴くままに。イナイは付いて行けば良いじゃない」
「でも、あいつの気持ちはきっと私には向いて無い」
そうだね。タロウさんはイナイをそういう目で見ていない。それは解ってる。
けど、関係ない。
「イナイがどうしたいの? って私は聞いてる」
申し訳ないけど、私にとってはタロウさんの気持ちより、イナイの気持ちのほうが大事なんだ。
彼の幸せよりも、イナイの幸せの方が大事なんだ。
「どう、かな、自分でも解らないんだ。こういう事、経験してこなかったからな」
「そう・・・でも、まだ時間はある。タロウさんがここを出て行くまでにちゃんと考えておいたほうが良い」
「・・分かった」
私の言葉にイナイは俯いてしまった。
でも、私はイナイに幸せになって欲しい。ここで一人ひっそりとなんて寂しい。
だから言わなきゃいけなかった。言わないと絶対イナイは動かない。
女性としての自分に自信がないって、結論づけて。
「アルネは聞かなくてもわかるから良いや」
アロにいはそう断言した。
やっぱりアロにいはアルネに関しては辛口だ。
「あっはっは! そうだな! 俺は武具を作れればどこでもいい!」
そうだね、そういう人だもんね。
ブルベにいにも伝えてるから、きっと城の武具を一手に引き受けるのだろう。
「アロにいこそ、どうするの?」
「俺は、故郷に帰ろうかな。師匠の家でも改装して、師匠の後をつごうかなと思ってる」
「国にとっては損しかない話ねー」
「そうだね」
「ちゃんと連絡は取れるようにしておくよ。別に国を出てくわけじゃないしな」
一応全く関わる気が無い訳じゃなく、あくまで故郷で仕事をするだけのつもりか。
アロにい程の魔術の使い手なら距離は何の問題にもならないし、許可も下りるだろう。
それにしても、なんで急にこんな話をしたんだろうか。
「アロにい、どうして急にこんな話?」
「もうすぐ、だからさ」
ああ、そうか、もう少しで、終わるのか。
この楽しかった生活が。
「後どれぐらい?」
「早ければあと半年、ちょっと・・かな。もしかしたら1、2年ぐらい伸びるかもしれねえが」
半年ちょっと、か。伸びたら伸びたで良いな。
「楽し、かったね」
リンねえがぼそっと呟いた。
「うん、楽しかったねー」
セルねえがにっこり笑いながら言う。
「そうだな、楽しかった」
イナイが寂しそうに笑いながら言う。
「ああ、気が付いたら当たり前になってた」
アロにいが真面目な顔で答える。
「いい数年間だった」
アルネにしては珍しく、この手の感想を言った。そうか、アルネもそう思ってたんだ。
「寂しい、な」
思わず私はそう言ってしまった。
そんな私を、みんなが優しい笑顔で見る。
「う、な、なに」
ちょっと恥ずかしくて狼狽えていると、またセルねえに頭をクシャクシャにされた。
あと半年から2年程か。
それまでにタロウさんをできる限り鍛えてあげる事と、イナイを泣かせたら殴ることも決意した。
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