第12話人助けですか?

「はあ・・・はあ・・・ホントにあった・・・」


噂で聞いただけで半信半疑だったけど、本当にあった。

北の樹海の麓に家がある。その家には、生きた英雄の一人が隠れ住んでいる。

10年ほど前に国を救った、王直属の精鋭部隊。

愚王と呼ばれた前王の失態を全て挽回した賢王と、その部下の8英雄の一人。

錬金術師、ネーレス様が住むと言われてる屋敷。


「いっつ」


腕が痛い。ここに来るまでに魔物に何度か襲われた。

まだ樹海に入ってないってのにグオスドゥエルトにも遭遇して、命からがら逃げ延びた。

あの時は死んだと思ったけど、何とか逃げ切れて助かった。

私以外の捕まえ易そうな獲物を見つけて、気が逸れてくれたらしい。


けど、そのおかげで体はボロボロだ。

この麓に来るだけでこんなになるんだ、隠れ住むにはもってこいだと思う。

そしてこんな所に家がある噂は本当だった。これならボロボロになった甲斐がある。


扉の前で息をのみ、軽く叩いて呼びかける。


「スミマセン、どなたかいらっしゃいませんか?」


声をかけて暫く待つと、家の中からは少年が出てきた。

中々いい体つきをしている。細身だがちゃんと鍛えてある感じだ。

ネーレス様の小間使いか、弟子だろうか?


「えーと、なんの御用でしょう」

「不躾で申し訳ありません、ネーレス様はご在宅ですか?」


私の言葉に少年は首をかしげる。待って、その反応はまさか。

ここまで来るのに死ぬ思いをしたのに、それは勘弁してほしい。


「ここにはネーレスって方はいないですけど・・・」


今一番あって欲しくない返事をされてしまった。

ここに来るまでの道のりは結構命懸けだったのに、こんなのって・・・。

だがここで落ち込んでいても仕方ない。彼には何の非も無いのだから。


「そう、ですか、ご迷惑をおかけしました。では」

「あ、その、ちょっと待ってください」


がっくりと項垂れながら去ろうとすると、少年は私を引き止める。

なんだろうか。


「怪我、してますよね」

「え、ええ」

「そのままじゃダメですよ。治療するんで中にどうぞ。見た所大分大変だったようですし、少し休憩して行って下さい。」


そう言って少年は、私を家に招き入れようとする。

・・・素直にしたがって大丈夫だろうか。

いや、こんな年端も行かない少年が変に企む事も無いか。

素直に好意を受けるとしよう。







「怪我、どこにしてるかとか、全部分かります?」


少年はお茶を用意し、何処か緩そうな雰囲気を醸し出しながら聞いて来る。

怪我か。色々打ち過ぎてるし、擦り傷も多い。自分でも把握しきれていない。


「すまないが、色々ありすぎてよく分からない」

「ならもう全身やったほうが早いかな・・」

「え、全身?」


少年、まさか服を脱がせるつもりか?

流石に少年相手といえど、男の前で裸になるのはちょっと遠慮したい。

そう考えていると、私の体を優しい光が包んだ。これは、治癒魔術?


「ちょっとだけじっとしてて下さいね」


少年はそう言って私に治癒をかけていく。私はそれを唖然として見ていた。

この少年は無詠唱で、見る見るうちに私の傷をすべて治していった。

この子、高位魔術を当たり前の様に使えるのか?


「なお・・・った・・・」

「どこかおかしい所とか無いですか?」


少年に聞かれて、確認の為に色々と動かしてみる。

さっきまで痛くてしょうがなかった腕が完全に治ってる。この子は一体何者なんだろうか。

こんな山奥で、一人で暮らしているのだろうか。

いや、流石にそれは無いか。今はこの少年以外に人が居ないだけだろう。

複数人が暮らしていらしき形跡が、ちらほらと見える。


それよりも、今はこの少年を頼ったほうが良いのではないだろうか。

目的の人物はいなかったが、これだけの魔術を使えるなら助けを請うた方が良い。


「少年は、魔術師、なのかい?」

「んー、どうなんでしょう。自分でもよくわからないんですよね」


あれだけの魔術が使えて、魔術師じゃない?

まさか本業が他に有るのにあの腕なのか。

いや、詮索はよそう。こんな辺鄙な所に住んでいるのだ。きっと事情があるのだろう。


「でも、さっきの治癒魔術は素晴らしかった」

「ありがとうございます」


先程の事を褒めると、嬉しそうにニコリと笑う少年。この子可愛いな。

いやいや、今はそんな場合じゃない。


「少年、君の治癒魔術をみて、一つ頼みたい事があるんだが、聞いて貰えないか?」


そう伝えると少年は少し思案した様子を見せた後に、首を傾げながら口を開く。


「それは、さっき言ってた人と関係あるんですか?」


勿論だ。関係あるからこんな所まで来たんだ。

残念ながら、捜していた人物は居なかったがな。


「私が探してるその人は錬金術師でね。有名な人なのだが、知らないのかい?」

「すみません、なにせ世間知らずで」


彼はネーレス様を知らないのか。ずっとこんな山奥で暮らしてたせいなのかな?

だとしてもこの地に昔から住み着いていた訳では無い筈だ。何か事情でも有るのかもしれない。

とはいえ、そこを突っ込んで聞く事はやはり出来ない。


「そうなのか。すまない、馬鹿にする気はない。ただ不思議に思ったんだ」

「いえいえ気にしないで下さい」

「ありがとう。話を戻すね。私はその有名な錬金術師に薬を買いに来たんだ。母が病気で最近特に調子が悪くてね。藁にもすがる思いで噂の家に来たんだが、噂は所詮噂だった。ほかに母に効く薬を作れそうな方のあても無かったんだがな・・・」

「成程、お母さんの為ですか」

「そう、それで先程の君の治癒魔術は素晴らしかった。もし良ければ母を見て貰えないだろうか。勿論謝礼は払う。薬を買う為に持ってきた金を渡そう」

「お金・・・あっ!」


少年は私が出した金を見て、一瞬間を開けた後に声を上げた。

金額が少なかっただろうか?


「お金の価値というか、相場というか・・・全く知らないんですよね・・・」

「へ?」


詳しく聞くと、ずっとここに住んでいて金を使う機会がなく、金の価値が解らないと言われた。

なんとも世間と隔絶した暮らしだ。

という事は、少年はこのあたりが落ち着いた時からずっとここで暮らしているという事になる。

まさかとは思うものの、話しぶりから嘘とは感じられない。


だが、その割に家にある技工具は、素晴らしい物が多い様に見える。

その殆どが、クエナの形をした魔力水晶や彫り物が付いている所を見ると、この家の持ち主はステル様の作られた物を集めている様だ。

いや、流石に英雄本人作の物は無理だ。許可を得た職人達の模倣作だろう。


「まあ、それは良いとして、行きましょうか」


少し悩んでいた少年は、私に向き直ると良い笑顔でそう告げた。

助かるが、そんなに簡単に頷いて良いのだろうか。

他にも色々と条件を出しても良さそうな物なんだが。


「良いのかい?」

「でも役に立てないかもしれませんよ?」

「構わない、噂に縋り付いたんだ。君の様な魔術師に助けて貰えるだけでも有難い」


少なくとも、何もないよりは、よほど良い。

魔術では一時的な治癒可能性も大きいのは解っているが、彼ほどの使い手なら別かもしれない。







外に出て少年待っていると、彼は腰に大きな筒の様な物をつけていた。

先にクエナの意匠がある事から、これもステル様所以の物なんだろう。

だが少年は、それ以外の物を持ってこなかった。


「さて、行きましょう。道案内お願い出来ますか?」

「・・・少年、いくらなんでも軽装すぎやしないか?」

「え?」


少年は何を言われたのか解らないという顔でこちらを見る。

そんな顔をしたいのは、こちらの方なのだが。


「ここから一番近い村が私の村だが、最低3日はかかる。保存食等は持っているのかい?」

「あ、そうか、そうですね」


ああそうかしまった。この少年はさっき言ってたじゃないか。ずっとここに住んでいたと。

ならそんな事は知らないに決まってる。

責める様に言ってしまった事を悔やんでいると、少年は何かを思いついた様子を見せた。


「なら、ちょっと早めに行きましょうか、貴女のお母さんも早く救けてあげたいですし」


少年は私の言葉を気にせずそう言うと、私を抱き上げた。それも事もなげに軽く。

私は重い方ではないが、少年もそんなに力が強そうには見えないのに。

というか、いきなり過ぎて驚いた。


「あ、やってからすみません、ちょっと抱えます」

「み、見たら解る。な、何をするつもりだい」


いきなり抱き抱えられて、少年の顔が近い事に焦る。何のつもりなんだこの子。

戸惑っていると少年はいきなり飛び上がり、高い木の上に立った。


「な、な、な」

「あ、すみません。身体強化と貴女への保護をかけているので、これでぱぱっと村まで行ってしまいましょう。どっちに向かえばいいですか?」

「し、身体強化、か。す、凄いな。あっちだ。あっちに向かってくれ」


少年に聞かれて、慌てつつも村の方向を教える。

すると少年はぴょんぴょんと木を渡り歩き、私が指さした方向に向かう。

偶に少年の背中から突風が走り、どんどん加速していく。


『はは、まるで忍者だ』


と、聞いたことのない言葉で少年が何か喋っていた。そういう魔術の言葉なのだろうか?








「凄いな・・・あっという間についた」


私の苦労はなんだったんだと思うぐらい、あっさり村に帰って来れた。

その驚きに、少しほうけてしまった。


「家はどちらですか?」

「あ、ああ、こっちだ」


少年の言葉に正気に戻り、家まで案内する。

家の扉を開けて、母に声をかける。


「母さん、ただいま。大丈夫?」


帰りの言葉を口にして家に入ると、母は寝息を立てていた。


「寝てた、か」


その方が良いかも知れない。起きてると最近はいつも苦しそうだった。

血色も悪いし、もしかしたら起きられないのかもしれないが。

私が居ない間村の者に世話を頼んでいたのだが、家の中を見る限り良くしてくれていた様だ。


「この方ですか?」

「ええ、お願い出来る?」

「やるだけやってみます」


少年は真剣な表情で、母に治癒魔術をかけ始める。

そうして10分ほど経った頃だろうか、母の血色が良くなってきた様に見えた。

今は寝ているので本人が楽かどうかはわからないが、少なくともさっきよりは良くなっているのは目に見えて判る。


「ふう、やれるだけはやってみました。少なくともさっきよりは良いと思いますよ」

「ありがとう少年! 見て判るよ! こんな顔色が良い母を見るのは久しぶりだ!」


たとえ完治していないとしても十分だ。

元々、噂に頼る位だったんだ。これ以上望むべくもない。








「少年、本当に良いのかい? 君は君の仕事をしたんだよ?」


少年は謝礼を要らないと言ってきた。だが少年の仕事は無償でやるような範囲の事では無い。

その事も話したが、その上で要らないと言われた。


「貰っても使い道がないんですよねー、今のとこ」

「だが、金はあって困るものではないぞ?」

「それは知ってるんですけどね。なら、そのお金はネーレスって人を見つけたら、もしもの為の薬を買う時の資金にとっておいて下さい」

「ありが―――」


少年の言葉に心から礼を言おうとしたら、カンカンカンと、警鐘が鳴る音が聞こえた。

街にある様な立派な物じゃない、ただ金属を打ち鳴らす音。それがめいいっぱい響いていた。


私は外に出て、逃げる人の原因を見て、固まってしまった。

そんな馬鹿な。なんで山からあいつが降りているんだ。

グオスドゥエルトが樹海からこっちに出てくる事なんて、今までなかった。


いや、そうだ、私は樹海の手前であれに襲われたんだ。

それを考えれば絶対にありえないことじゃない。

今までが偶々運がよかっただけなのかもしれない。

そんな事より、少年と母を避難させなければ。


「少年、君はかなりの魔術の使い手だが、あれは危険だ。樹海に住んでいるなら知っているだろう。あれには騎士団が集団で倒す魔物だ。私は母を連れて逃げる。君も逃げるん―――」


言葉に、詰まった。

少年が腰にあった筒の様な物から、いかつい刃物を取り出した事に驚いて。

中央に杭のような物が有り、刃が外向きについて手元に向かって螺旋状になっている。


これは、技工剣?

いや違う、淡く光り魔力を帯びてる。これは魔導技工剣!


「ちょっと行ってきます。あれは一度倒した事があるので、多分大丈夫ですよ」


倒した? あれを? そんな、馬鹿な。

あれは普通単独で倒せる様な魔物じゃない。あれはそんな簡単な存在じゃない。

行かせてはいけない。あれは本当に化け物だ。


でも、それでも、この少年なら可能なのかと思ってしまった。

少年が持つ剣。魔導技工剣。


これは起動させているだけで、並みの人間なら倒れるような、とんでもない武器だ。

少なくとも私はそう聞いている。

少年はそれを事も無げに起動させ、当たり前のように構える。


そうだ、少年は樹海に住んでいるんだ。あれの存在を知っていない筈がない。

それなのに、この少年はあの樹海に住んでいる。

あそこに辿り着いた時の焦りから出て来なかった疑問が、今更に浮かぶ。


「少年・・・君は・・・」


一体何なんだと、その疑問を口にする前に、少年はもう魔物の前まで迫っていた。

魔物は迫る敵を殴り潰そうとする。少年はそれに対し真正面から剣で切りつけた。


『マワレ! ギャクラセンケン!』


聞いた事のない言葉が響き、魔物の腕が吹き飛んだ。剣が唸りを上げて回っているのが見える。

だがそれでも魔物は怯まず、残った腕で少年に殴りかかる。だが少年にその拳が当たったと思った瞬間、魔物の肘が爆散したように跳ね上がり、腕がちぎれ飛んだ。

少年はいつの間にか腕の下に潜り込み、掌を突き上げていた。


まさか、素手であんな事をやってのけたのか。


魔物はそれでも攻撃を休めず蹴りを放つが、既に少年はその場におらず、少年が居た所からは土の槍が幾つも生え、魔物の足を砕いた。あれに、あの魔物に魔術を通した。

よほどの術師でなければ魔術は通せないと言われている魔物に魔術を通し、その上でかなりの損傷を与えている。

魔物は残った力で飛びつき、最後のあがきとばかりに少年に食らいつこうとした。


『ウガテ! ギャクラセンケン!』


その言葉が私の耳に聞こえた時には、もう魔物の頭はなかった。

後には、魔物の頭があった場所に剣を突き出す少年と、中央の杭にぴたりと付いた刃、そしてそこから伸びて、雲すらも貫く魔力の刃の残滓だった。








少年は唐突に去って行った。

魔物が倒れて動かない事を確認すると、私に手を振って山に戻っていった。


彼は一体何だったんだろう。私は夢でも見ていたかの様な気分だ。


いつかあの少年にまた会えたとき、その時は言いそびれたお礼をちゃんと言いたいものだ。

あの樹海に行くのは流石にもう勘弁して欲しいので、いつかあの少年がこの村によってくれるのを祈ろう。

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