第11話鍛冶もやってみます!
「帰ってきたぞー!!」
ある日居間でのんびりしていると、そんな大きな声と共にドアが開け放たれる。
驚いて目を向けると、玄関に筋骨隆々の大男が立っていた。
プロレスラーかと思う様な凄まじいガタイだ。どなただろうか。
「おー、おかえりー」
だが驚いている俺とは真逆に、イナイさんは笑顔で彼を出迎えた。
という事は以前はここに住んでた人なのかな。
おれがここに来てから結構な日数が経ってる筈だけど、一体その間何をしていたんだろう。
「ああ、ただい・・・イナイ、服の趣味変わったか?」
「・・・気にすんな」
イナイさんが可愛くふいっと顔を背け、男性は首を傾げる。
彼女は今日も今日とてフリルのついた可愛らしい服を着ている。
これでエプロンもフリル付きなら可愛いのだが、イナイさんは実用性重視なのか革のシンプルなエプロンだ。明らかな仕事用だ。
「いやー、やっと帰って来れた。中々疲れたぞ」
「早く帰って来れた方なんじゃねーか? あたしは昔2年ぐらい帰ってこれなかったぞ?」
「アロネスとお前は張り切りすぎなんだ。教えたって出来ないことは有るんだから、後は本人の研鑽しだいなんだぞ?」
「耳が痛いな」
何の話かは解らないけど、誰かに何か教えに行ってて、彼はそれで家に居なかったって事かな。
イナイさんとアロネスさんも教えに行ってた事があるって、技工と錬金術の事かなぁ。
「んで、これ誰だ?」
そこで彼は俺の存在に気が付いたのか、俺を指さしてイナイさんに聞いてきた。
まあ彼女は家主みたいなものだし、イナイさんに聞くか、普通は。
「初対面の人間にこれって言うな。指をさすな。相変わらずだなそういうとこ」
「相変わらず母親みたいだな。いやー、お前の説教を聞くと帰ってきた気がするな」
男性はイナイの注意を聞いて、わははと豪快に楽しそうに笑う。
そんな彼の態度に、イナイさんは方眉を上げて少し困った顔をしていた。
だが一つため息を吐くと、普段の表情に戻って口を開く。
「コイツはタロウ。諸事情あってうちで鍛えてる」
「田中太郎です、よろしくお願いします」
「説明が簡素すぎるだろう。何だ諸事情って」
「めんどくせえなぁ、タロウは次元の狭間に落ちたらしくてな、別の世界からこっちに来ちまったらしい。んで、リンが一人で生きられる様に鍛えてやるって言って、連れてきたんだよ」
「そりゃまた災難な」
イナイさんの説明を聞いた男性は、本気で気の毒そうな表情で俺を見つめる。
ここに来て初めて、そこまで同情的な表情された気がする。
嬉しいと言えば嬉しいが、なんか複雑。
「そうですねぇ、家族が心配してるだろうなぁとは思います。でも最近は、帰れない以上この世界を楽しもうと開き直ってます」
同情してくれる彼にそう伝えると、少し驚いてまた豪快に笑った。
この人本当に楽しそうに笑うなぁ。
「あっはっは、お前面白いな」
「そうなんだよな、ぜんっぜんへこんでねーの。それどころか喜々としてあいつらの理不尽な訓練を楽しんでんだよ」
あの訓練理不尽だったのか・・・リンさん以外はまともだと思ってたのに。
リンさんの訓練は、あの理不尽な攻撃をとにかく受けきれっていう訓練だからな。
正直ただのいじめかと思うレベルだ。受けきれなくて何回も骨折もしてるし。
セルエスさんが居なかったら、俺は全身骨折で暫く寝たきりだ。
「んで、今どんな事ができるんだ? 俺が居なくなってからだから、1年位だろう?」
「そうですね、そのぐらいでしょうか」
「・・・そういえばタロウはまだそれ程度しかいないんだよな」
イナイさんが何か神妙な顔をしてこちらを見つめている。
何かしら、また何か怒られちゃうのかしら。
前の皆のやらかし話があってから、最近は何をしているのか全部話してる筈なんだけど。
「その程度じゃやれる事なんてたかが知れてるだろうけど、ここの連中は皆自分の得意分野に関しては突出してるからな。いい先生になってるだろ?」
「ええ、おかげで色々出来るように成りました」
向こうにいた時の事を考えると、相当に色々出来る様になったよな、実際。
男性の問いに答えていると、イナイさんが彼に声をかける。
「なあアルネ」
「ん、どうした?」
「一年程で広域殲滅魔術を習得し、仙術を覚え、本気じゃないとはいえリンの訓練についていき、魔導技工剣の製作と錬金術を完全じゃないとはいえやってのけるってどう思う?」
「何だその天才。いや、やって見せようとする根性も凄いな。それ普通途中で心が折れるだろ」
男性の名前はアルネさんっていうのか。どっかで聞いた事があるような気がする
そう思っていると、イナイさんが俺の方を親指でくいっと指さした。
さっき彼に指さしちゃいけないって叱ってなかったかしら。何か違うのかしら。
「マジか?」
「マジ」
ん、ああそっか、さっきの俺の事か。天才ではないと思うなぁ。だってズルしてるし。
魔術と仙術は自分の力のみで習得したわけじゃない。セルエスさんの魔術の賜物だ。
そしてその魔術が無いと、他は全部出来てない。
根性はまあ、あるない関係なく出来ないと生きて行けないし。
「凄いな。俺は魔術の習得はかなり時間かかったぞ」
「魔術に関しては、セルエスさんがちょっとズルをしてくれたので。あれがなかったらまだまだ最初の訓練も終わってませんよ」
「まあ、それは確かにそうかもな」
アルネさんの言葉に答える俺の言葉に、イナイさんが頷きながら同意する。
実際あれが無かったら何年かかってるのやらと言う話だ。
「いや、それでも凄いだろう。基礎終わった後も結構大変だぞ」
はぁ~と息を吐きながら、感心する様に俺をまじまじと見るアルネさん。
よく考えたら俺、この世界の人ってこの人達しか知らないんだよな。
世間のレベルはどれぐらいなんだろう?
「しかし、イナイとアロネスが人に業を教えるのは珍しいな。国に依頼されない限りやらなかったっていうのに」
今聞き流しちゃいけない言葉が聞こえた気がする。
国に依頼て事は、二人は国に直接依頼されるようなレベルなの?
フリーランサー的な物なのかな、普段家に居るし。
「コイツは物覚えが良いからな。何より楽しそうにやるからこっちも楽しくなっちまうんだよ」
「実際楽しいですよ」
これは本音。
戦闘訓練は正直辛い事もかなり多いけど、技工と錬金術は何だかんだ楽しんでいる。
他がきついから息抜きになっているとも言う。
「ほう、じゃあ、俺も教えてみるか。イナイ、整備はやってくれているのか?」
「いつでもどーぞ」
「さすがイナイ」
教える?
アルネさんは何をしてる人なんだろう。
「あの、スミマセン、何するんですか?」
「ああすまん、自己紹介はまだだったな。俺はアルネ。鍛冶師だ。ちょっと国に頼まれて、暫く国外に技術指導に行っていたんだ。そんな堅っ苦しい喋り方じゃなくてもいいんだぞ?」
成程、それで長期間帰ってこなかったのか。
しかし技術指導か。国家間の交流とかも結構盛んな感じなのかな。
「これは癖みたいなもので、目上の人、特に初対面の人には丁寧にって、爺さんに子供の頃から言われてたので」
「そうそう、タロウはあたしに初めてあった時もこういう感じだったんだよな。しかし言葉も上手くなったなー」
座ってる俺の頭を、くしゃくしゃっと楽しそうに撫でるイナイさん。
ちょっと恥ずかしい。まあ、楽しそうだしいっか。
「・・・ふ~ん」
アルネさんは何か得心がいった様な顔をして、イナイさんを見つめていた。
だがすぐにさっきまでの様な笑顔に戻り、俺に話しかけて来る。
「ま、それは後で聞くとして、タロウ、鍛冶師の技を学んでみてみるか?」
「いいんですか? 迷惑でなければお願いしたいです」
「あっはっは! このメンツに色々理不尽に詰め込まれてるだろうに、すぐに了承か! やっぱり面白いなお前!」
アルネさんはまた豪快に笑う。見た目通りの雰囲気で、気さくな人だな。
それに教えて貰えるなら、貰った方が得じゃんね?
・・・いずれは一人で生きてかないといけないわけだし、さ。
この家は地下が3階まであって、1階がほぼ倉庫。2階がイナイさんの作業場。
そして3階が鍛冶場になっていた。
地下が鍛冶場って大丈夫なの?
とは思ったが換気というか、空気の入れ替えは問題なくできてるらしい。
イナイさんの道具が大活躍してるおかげだ。
炉も技工具だった。魔力を通して火を上げている。
普通の炉もあるらしいけど、こっちの方が便利で楽との事だ。
最初は見てるだけ、基本的なことを教えて貰うだけだったが、すぐに「ほれ、やってみな」と道具を渡され作ることになった。
言われた通り見よう見まねで汗をダラっだら流しながら頑張ってみる。
結果はまあ、当然出来るはずもなく、ひしゃげた鉄くずが出来ただけだった。
「あっはっは、流石にいきなりやれって言われても無理か」
解っててやらせたらしい。
そりゃ当然でしょう。出来ないですよ。
「ま、俺はあいつらと違って気は長い方だ。のんびりやろうか」
にかっと、良い笑顔で気軽に言ってくれるのは有りがたい。
こういう感じで言ってくれると、本当に気楽にやれる。
「はい、ありがとうございます」
こうしてまた覚える物が増えたのであった。大変だけど、結構楽しい。
・・・訓練もっときついからなぁ。
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