第7話覗き見ですか?
「んー、なかなか出てこないねぇ」
「そうねー、森の出口近くの魔物は大概排除しちゃったから、もうちょっと奥に行かないと出てこないかもねー」
リンとセルが、タロウの映っている映像を見ながらそんな会話をしている。
この仕掛けの媒体はミルカがタロウに渡した首飾りだ。私作の技工具で、少し仕掛けがある。
あの渡し方なら、タロウは本当にお守りだと思ってるだろう。
遠、中、近の三種類の映像が壁に並んでいる。そのどれも、今はタロウと森しか映っていない。
今ここで映像を見ているのは、リン、ミルカ、セル、私だ。
アロネスは仕事が詰まってると自室にいる。戦闘が始まったら呼んでくれとの事だ。
「あんま奥行くと亜竜が出てくっから行きすぎんなよ」
「イナイ、映像に言っても無駄」
「わーってるよんなこたぁ」
言われんでも、自分で作ったんだから解ってるわい。でも心配なんだよ。
ぶっ殺せ、とは言ったものの無理なら逃げろよ、タロウ。
「いやー、しかしセルはともかく、二人がこれ同意してくれると思わなかった」
映像を見つめていると、リンがそんな事を言いだした。
阿呆な事を言い出したリンに、私とミルカは思わず冷たい目を向けてしまった。
「え、何、何で!?」
リンは私たちの目の意味が解らない様だ。
こいつほんとふざけんなよ。
「リンねえ、言っとくけど、私はイナイが技工剣作らなかったら、行かせてない」
「あたしも、あの剣と首飾り持たせてなかったら行かせねぇ」
「そうねー、まだタロウ君本人の力量じゃ、あれには勝てないわねー」
皆でリンへの目線の意味を教える。
一応首飾りには死ぬような一撃から保護される仕掛けを付けてある。
それが発動するか、そんな一撃を喰らう直前にセルが転移で介入する手はずだ。
「う、ミルカが素直に同意したのはそういう事だったのか」
「当たり前。でなかったら一緒についてってる」
「当然だろ。あいつはまだまだだ」
まだまだこの樹海を突っ切るような力量はない。そう『この樹海』が基準ならまだまだだ。
タロウにはまだ誰も教えてない。この樹海がこの国で一番危険な所だと。
私達が森の出口傍に家を構えているのには理由がある事も。
家族じゃない私達が一緒にここに住んでいる理由も。
もはやその理由もどうでもよくなるぐらい「家族」になってしまった気もするが。
いや、今はそんなことはいいか。今はタロウだ。
「ねー、リンちゃん。ちょっと聞きたいんだけど、タロウ君がちゃんと勝算があると思っていかせたのよね?」
「へ?」
「「「え?」」」
すっとぼけたリンの返事に、思わず三人の声が揃った。
「おま、お前! まさか何の考えもなしに行かせたのか!?」
「リンねえ! いくら何でもそれは酷い! 私達じゃないんだから!」
「リンちゃんー、これは擁護できないよー?」
三人で全く何も考えてなかったバカを責める。
こいつ本物の馬鹿だな!
「いや、だって、最近タロウメキメキ伸びてきたから、いい勝負、出来る、かなーって?」
「呆れた。リンねえ、タロウさんが勝つ手段理解してないんだ」
「あー、駄目だ駄目だ、もうこの真性の馬鹿はほっとけ。言うだけ無駄だ」
「これ、タロウ君に教えないほうが良いわねー」
馬鹿だ馬鹿だと常に思ってたが、人の命が危険にさらされる程の事を認識してねぇ馬鹿だとは思わなかったぞ。
ここまで馬鹿だったっけか、こいつ。
「い、一応危なくなったら駆けつけるつもりだったんだよ? ただ今回3人とも協力してくれるから、こういう形なだけで」
ああ、一応そこは考えてたのか。
良かった。昔からのツレを見下げ果てなくて済んだ。
「タロウが勝つ方法、ねえ」
正直私には、あれにタロウが勝つ方法は二つしか思いつかない。
初っ端で『ギャクラセンケン』を使うのではなく、『ステル・ベドルゥク』を起動させてぶっぱなすか、自身に強化をかけて持久戦で削っていくか、だ。
『ギャクラセンケン』起動状態では魔力の刃を当てるにしても、懐で完全にあれを捉えなけりゃいけない。距離が広がれば威力は落ちるし、切り裂くにしてもガードされたら終わりだ。
今のタロウじゃ一撃威力があるのを打ったらまともに動けないだろう。
しかし『ギャクラセンケン』の意味を結局教えてくれなかったなアイツ。
向こうの言葉らしいが、意味を言うとセンスの無さがバレるので内緒とかぬかしやがった。
文字も特殊で面倒だった。向こうの世界はあんな面倒な文字が多いのかと思った。
まあ、私もあの剣の意味を教えてないからお互い様か。
・・・なんであんな名前にしたんだ私。
出来上がった時のハイテンションな私ぶん殴りてえ! あー、今思い出しても恥ずかしい!
いや、いい、とりあえず暫くは気がつかない。
アロネス辺りがポロっと言いそうだから、口止めはしておいた。言ったら地獄を見せてやる。
「イナイは訓練全部見てないから、タロウさんの実力、把握しきれてない」
思考にふけっていると、ミルカがそんな事を言ってきた。
確かに普段は家の事してるからな。しょっちゅう見に行っちゃいない。
「いや、まあ、そりゃそうだが、大体は解ってるぞ」
「そう、それは解ってる。だからあの剣2段式にしたんだろうし」
そうだな、本来あんな面倒な作りはしない。
1段目は今のタロウが使える様に。
2段目は何時かタロウが今よりも強くなった、その時の為に。
単純明快に出力そのものを機能として抑える様にしている。
本来はそれは使い手の意志でやる物だ。
「けど、いきなり何でそんな事言いだした」
「イナイは多分、初手で倒すか、持久戦じゃないと無理。そう思ってる」
こいついつも眠そうにしてるくせに、こういう事は鋭い。
戦う事に関しては、頭の回転がいつもと違う。
「それ以外に有るって言い草だな」
「ある。私の訓練はその為の牙を磨く訓練」
「そうねー、多分タロウ君にとって、一番身になってるのはミルカちゃんの訓練でしょうねー」
「そうだったの?」
リンが一番何もわかってない。
こいつもう何もさせねーほうが良いんじゃねーか?
「まず初手一撃。それはタロウさんの性格からして絶対やらないし、その場で倒れるのは勝ちじゃない。生きて帰ってこれないならそれは敗北」
まあ、それはわかる。
敵倒しても、倒れちゃその後の危険に対処できないしな。
「次に持久戦。イナイはタロウさんが剣を完全起動させず、強化魔術を使いつつ削っていくと思ったんじゃない? けどそれは無理。それをやり続ける程の地力はまだタロウさんには無い」
「そうか? んなこたねーと思うが。アイツ、なんだかんだセルの教えについってんだし」
「んー、技工剣が『イナイ作魔導技工剣』じゃなければ、その手もあったかもねー。これはイナイちゃんが張り切りすぎたせいでもあるわねー」
・・・そうか、しまった。
あいつは完全起動じゃない通常起動状態でも、少なくない『自分の魔力』を使ってる。
あたしが張り切りすぎて強力な物にしたせいで、魔力の供給に対する制御が出来ないんだ。
魔術の技量があるか、リンみたいにふざけた容量があれば通常使用には問題ないんだがな。
リンは魔術は出来ないくせに、魔力はアホみたいにあるんだよな。
技工剣が強制的に魔力を吸い上げてもこいつなら余裕で耐えられる。
こいつ実は魔物じゃねーの?
「む、なんか失礼な目で見られてる」
「大丈夫だ。ちょっと心の中で馬鹿にしただけだ」
「それ失礼だよね!?」
何か文句を言っているが、馬鹿の事は無視する。
今回はちょっと怒ってんだよ。
「で、ミルカはどうやって勝つと思ってんだ?」
「強化無しで打ち合い。癖とタイミングを覚え、ここぞという場面での強化で、一合で取る」
「・・・流石に強化無しは無理じゃねーか? タロウはそんなに速く動けない」
タロウの地の速度はあれに遠く及ばない。
強化無しでついていくのは、いくらなんでも無理だろう。
例え魔力の流れが読めるとしても、反応出来ると思えない。
「タロウさんは、リンねえの動きをかすかに『見る』だけなら出来る様になった。例え強化込みでも、それが出来ると出来ないで全く違う」
「・・・マジカ?」
「大マジ」
うっそだろ、あいつもうリンの動き見えんのかよ。
私でも本気で集中しねーと見えねーんだぞ。
「成程、じゃあ、あれの動きなんて普通に見える」
「うん。でもそれでも、タロウさんとは天と地の差がある」
「だな。それはどうする」
「だからこそ、私は彼に『技』を見せ続けた。リンねえの様な理不尽なスピードと、恵まれた体で行う技じゃない。自分が才能なんてない弱者である事を認め、弱者でありながら強者についていく為に、時には強者を屠るために磨いた弱者の為の牙。だから出来る。自分の全てを使って対処できる」
そう言ったミルカの手は強く握られていた。
ああ、コイツも心配なんだな。でも、信じてる。
あいつが自分の教えが正しかったと見せてくれるところを。
「まあ、今回は私の教えはあんまり役に立たないわねー」
「魔術は多分通らねーだろうからな」
「そう、そして強化も下手をすると、使えない」
そうか、つまり強化を維持できるタイミングと時間で、一撃を入れる。
致命の一撃を。ちゃんと最低限歩く余力を残して、か。
「でも、これでもタロウさんは『かろうじて歩いて帰って来れる』程度だと思うから、出番はあるかも」
「その場合は一応及第点だねー。そういうんだよ、リンちゃん」
「え、あ、はい」
こいつ、聞いてなかったな。
今晩一品抜いてやろうかな、こいつ。
その後接敵したタロウは、ほぼミルカの予見通りだった。
危ない所をセル達が転移で助けに行き、私は皆が帰ってくるまでに風呂と食事の用意をした。
今日は疲れただろうし、体もほぐしてやろう。
お疲れ、タロウ
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