第6話中間試験です!

鬼みたいな化け物が振るう巨大な拳をギリギリで避ける。

わざとじゃなく思いっきり飛んで、めいいっぱい頑張って何とかぎりぎり避けられてる。

避けた拳がそのまま横薙ぎに払われるが「その拳が動くより先に」しゃがんで躱す。


息を整える為に間合いを取りたい。だが普通に動いてもすぐ追いつかれてしまう。

そう思い、休憩の為に短時間で少し手を考えて実行に移す。


俺はその場から軽く後ろにバックステップするふりをしてすぐ着地をする。

するとそこに俺の体より遥かにでかい足の前蹴りが飛んでくる。

俺が逃げる気だと、直線的な攻撃を仕掛けて来てくれた。


俺は片手を剣の刃面に添えて、蹴りの威力を殺す様に後ろに飛びつつ受ける。

蹴りの威力は凄まじく、俺は大きく後ろに吹き飛んだ。

とはいえ自ら飛んだ事と、持ってる剣のおかげで腕が少し痺れただけで済んでいる。


思い通り距離を取れたので息を整え、持っている魔導技工剣を青眼に構える。

刃面を触っていた筈の俺の手は全く傷はついていないが、これを盾にした事で奴の足はズタズタになっている。ここに至るまでに奴は両腕も傷だらけだ。


いける。見てからではまるで反応できないぐらい性能は段違いに俺のほうが低い。

けど、魔物なら対応出来る。それがここまでで確信できた。


魔物。普通の動物とは違う生き物。

その差は単純に魔力を無意識のうちに迸らせているかどうか。

普通の動物も魔力がないわけではないが、周囲を歪ませる魔力放射はしていない。


魔物はその体の周囲を、自らの魔力と周囲の魔力の流れを歪ませている。

これは魔術が使えないと解らない。

そして魔術が少しでも使えるならば魔物の行動を少しだけ先読み出来る。

魔物は攻撃の意思を無意識に魔力に載せ、周囲に迸らせる。

なのでその流れを見れば大体どこを攻撃してくるのか、少しだけ先読み出来るってわけだ。


だがその性質のせいで未熟な魔術師の魔術は通らない。魔力の流れが常に揺らぎ続けるからだ。

下手をすれば自爆する。つまり俺の魔術はコイツには一切通らない。

なら俺はこの剣で攻撃するしかあいつにダメージを与える方法がない。


けど普通なら、いくら先読みが出来ても力が違い過ぎてモノの数分でミンチになる自信がある。

行ける理由はこの剣ならあいつを切れるからだ。

俺が初めて戦って、素の状態じゃゴミみたいに払われたあの鬼を。

あの、グオスドゥエルトという鬼みたいな魔物を。


この剣をくれたイナイさんに感謝しないと。

俺が強くなったからじゃないって解ってるけど、あれに勝てそうな日が来るとは思わなかった。

いや、ほんとイナイさんありがとう。


『魔導技工剣 ステル・ベドルゥク』


イナイさんが俺用に作ってくれた剣だ。逆螺旋剣と普段は呼んでる。

本来の名前には何か意味があるらしいが教えてくれなかった。

その名前にリンさんがポカーンとして、ミルカさんがあーあって顔して、アロネスさんがニヤニヤして、セルエスさんがあらあらってニコニコ笑ってたので何かまたあるのだろう。

セルエスさんはいつも通りだな・・・。


見た目は中央に大きな杭の様な物が一本あって、それの周りに刃が外向きに螺旋状になって付いている。手元に向かって螺旋になっているので、逆螺旋剣、だ。

柄に名前も掘られている。


一応これは起動のキーワードでもある。

逆螺旋剣が1段階。ステル・ベドルゥクが2段階目の起動キーワードだ。

逆螺旋剣は俺の命名。剣の本当の名前は製作者のイナイさんが付けた名前だ。

これは魔力を載せて言葉にするか、その名前を確固たる意思を持って心に浮かべるかすると機能を発揮する。


ちなみに2段階目を起動すると俺は倒れた。

魔導の名に違わず魔力を使うのだが、強制的に魔力を吸い上げられてぶっ倒れた。


俺の魔力の許容量はそこまで多くないらしく、もっと技量を上げるか魔力補填の補助道具を作るまで2段階目は後先考えない一撃のみとなる。

俺の性能を考えれば破格の威力の攻撃だったのだが、同じ規模を涼しげにセルエスさんが補助なしの魔術でやってのけた。化けもんかあの人。


今回はそれは使えない。使ったら帰れない。

この武器を使っても良いから、こいつを自力で倒して自力で家に帰る。

それが今回リンさんに課せられた試験だ。


ぶっちゃけ最初は拒否した。だって勝てるビジョンが浮かばなかったんだもん。

その時アロネスさんだけはちょっと微妙な顔をしていたが、誰もそれを止めなかった。


「あの技工剣があれば攻撃は問題ねえ。あたしが久々に本業外の、魔導技工武具の仕事したんだ。ぶっ殺して来い」


イナイさんはそんな風に、明らかに倒す前提のお言葉を言われました。

いやまあ、この剣の性能考えれば当然なのかもしれないけどさあ。


「タロウさんの実力は鍛えた私たちが良く解ってます。リンねえの理不尽と私の基礎鍛錬、セルねえの魔術講義を受けてたんです。あれぐらいなら大丈夫ですよ。イナイの作った武器なら最悪最大の一撃ぶつければ終わりますし」


ミルカさんもそう言って、首飾りを「お守りです」と言って渡してきた。

あ、これ逃げれない。やるしかねえ。と思って絶望しました。


それがどうだね! やれんじゃん! 意外とやれんじゃん俺!

いや、この剣なかったらもう3発程まともに食らってんすけどね。


この技工剣は理屈はさっぱり解らんのだけど、攻撃する時はアホみたいな威力があるのに受けるとクッション挟んだみたいに衝撃が緩和する。

その上持ち主である俺が刃面に触れても怪我は一切ない。

むしろこれ自体に俺への補助がかかってる。


とはいえ、今はまだその機能をほどんど使ってない。使ってなくてこの威力だ。

とんでもねー武器貰ってしまった。

リンさんがなんで私に作ってくれないんだって、これ貰った時にごねてた理由が良く解る。


イナイさんに理由を聞いたら、意地悪で作ってあげない訳じゃないらしいけどね。

リンさんの使用に耐えられる技工剣が作れないと言っていた。


リンさんが本気で使う武器は全て、この世界で一番硬いと思われる金属で作られているらしい。

でないと全力戦闘ではもたないそうだ。

その辺の鈍らでも鉄を普通に切り裂く技量を持ちながら、そんな金属じゃないといけないとかどんだけ無茶な使い方だよ。

技工剣は様々な仕組みを内蔵させるので、そんな硬い金属使ってられないそうだ。


「んなもんまともに加工できるか!」


と、イナイさんは言っていた。


さて、息は整った。あいつの動きは速いが単調で単純だ。

リンさんの様な理不尽な速さと技量はない。

ミルカさんの体術の様な、スピード任せじゃない巧みな動きもフェイントも鋭さもない。

セルエスさんの様な抵抗も許さない大魔術が使えるわけでもない。


なら、今の俺が出来る事は一つだけだ。

懐に潜って逆螺旋剣を起動して一撃で打ち砕く。


いや、一撃で決めなければいけない。

通常起動ならまだもつけど、機能をガッツリ使えば魔力をごっそり持っていかれる。

そうなると、歩いて帰るぐらいは出来てもそれ以上の戦闘は無理だ。


行けるとは思う。ここまでで手応えは充分あった。

この剣の力を借りれば、倒せるという確信は持てている。


実力じゃないのは分かってる。あれに勝てる可能性は完全に技工剣のおかげだ。

けど、勝てる。あの化物に。ただの高校生だった俺が。


「くくっ」


思わず笑いが零れる。少し信じられないぐらい楽しい。

ちょっと前までただの小僧だった。いや、今でもただの小僧か。

けど少なくとも、あんな化物の相手なんて絶対に無理だった。

自分の今の非常識さが余りにもありえなくて、この状況で笑いが出る。


「RPGゲーム好きだったもんなぁ。特に箱庭系」


完全にゲームキャラの気分だ。けどこれはゲームじゃない。ミスれば死ぬ。

手汗をべっとりかいている感覚がある自分は、その恐怖もちゃんと理解出来ている様だ。


おそらく無理なら逃げて良いって、きっと皆思ってる。

でも、この剣を持ってる以上引けない。引くわけには行かない。

勝てる可能性のある勝負を引いて、これからどうやって生きて行くんだ。


俺はゆっくりと自分に補助魔術をかけていく。息を整えたのはこの為だ。

魔力を乗せ、まだまだ未熟な補助魔術を詠唱してこの身にかける。


「その体、疾く。その体、風を纏う」


俺の詠唱は実に単純だ。その方が発動が速いし想像しやすい。その代わり効果も弱めだが。

この魔術の詠唱、良くあるゲームやアニメみたいに決まった詠唱があるわけじゃない。

あくまで言葉に力を乗せて世界に干渉するための物。

イメージを具現する言葉に力を乗せる事で、世界もそれにスムーズに対応してくれる。

言葉は世界に語りかけ、世界はその言葉に返しの言葉をくれる。魔術という言葉を。


無詠唱はこの作業を魔力操作のみでやる。

どう難しいの? って感じだがシャレにならないぐらい難しい。

一度試してみたら魔力が世界の力と混ざり合わず、力が逆流してきて昏倒した。

近くにセルエスさんが居なかったら体のどこかが爆発してたと言われた。怖い。


剣を構えて腰を落とす。


あの化物はこっちに走って来てる。

多分あの化物は俺の今までの速度のつもりで突っ込んでくる。その隙を突く。


つま先に力を込める。


今俺にかかってる強化は、セルエスさんがかけてくれた様な強力な強化じゃない。

俺のたいしたことない、いつもよりちょっと速く動けるだけの強化魔術だ。

けど、今はあの時と違う。

リンさんを見て学んだ、ミルカさんにシゴかれて理解した、人の体の使い方を。

まだまだあの域にはこれっぽっちも達していないが、それでも前とは違う。


全力で駆ける。


俺と化物の距離はまだかなり空いていたが、その距離を一気に詰める。

化物は面食らってたたらを踏むが、それでも拳を振りかぶる。

体勢を整えないままに振るわれた拳を技工剣でいなしながら懐に入り、ガラ空きの懐で叫ぶ。


「開け! 逆螺旋剣!」


瞬間ごっそり魔力を持ってかれるが、俺は一切を気にせずそのまま剣を突く。

剣が淡く光って魔力を帯び、逆螺旋を描いていた刃が花開く。

剣は回転し始め、刃はその形を変え、花の様な形になりそのまま円状に開くように鬼を懐から切り裂いていく。

それと同時に魔力の刃が同じように回転し、剣から離れて放出され鬼を更に切り裂く。

上空まで回転する魔力の刃が花の様に咲き誇る。


後には、腹から上半身が全て吹っ飛んだ鬼が残るだけだった。


「や・・・った・・・」


やった。一人でやった。

あの化物を一人で倒した。


「やってやったぞこんちくしょーーーー!」


思わず叫んでガッツポーズをする。そんな俺に影が落ちた。

あれー? なんかやな予感がするぞー?

振り向くとあれと同族の魔物がいた。やばい、走れるかな。

慌てて走ろうとすると上手く足が動かず倒れてしまった。


あ、これ、死ぬ。そう感じて震えが出て来る。

さっきとは違う、完全に何も出来ない状態に死への恐怖が一番前に出てきた。


魔物の拳が迫ってくるが、俺はそれに対して目をつぶる事しか出来なかった。

だが俺に衝撃は訪れず、ボグォっという打撃音が耳に入る。

そーっと目を開けるとそこにはミルカさんが立っていた。


「危なかったですね。最後まで油断しちゃダメですよ?」


そんな風に言った後、彼女は魔物にとどめを刺しに行く。

なんで素手であんな事出来るの、あの人も。


「いやー、無事倒したけど、それで逃げる力残さず使ったらいかんね」

「そうねー、使い切らなかっただけ良いけど、戦場だったら終わりだったものねぇー」


後ろを見るとリンさんとセルエスさんもいた。

いつから居たんだろう。


「もしかして、ずっと傍にいたんですか?」


それにしては何も感じなかった。

いや、この人たちが本気で隠れたら見つけられないか。


「いや、あたしらは家にいたよ」

「うんー。ただずっと覗いてたけどねー」


覗いてた?

まあ、セルエスさんならそういう事が出来るのだろう。

あんまり不思議でもない。


「じゃあ、ここにはどうやって。いくらなんでも駆けつけるの早すぎますよね?」

「転移ー」


セルエスさんが短く答える。転移って転移魔術って事かな。

ん? 転移?

もしかしてそれ突き詰めれば次元の狭間とやらくぐれるんじゃないの?


「無理ー」

「まだ何も言ってないですセルエスさん」


心を読まないで下さい。いやまあ、顔に出てたんだと思うけど。

しかしそうか、無理なのか。

セルエスさんが無理って言うなら無理なんだろうな。

この人魔術に関しては凄い人みたいだし。


「お疲れタロウ。今日は及第点にしてあげる。今度はちゃんと余力を持て戦える様になろうか」

「は、はい、ありがとうございます!」


良かった、一応合格の様だ。

この日はどうやら疲れ切っていた様で、風呂に入った後泥の様に眠った。

イナイさんが寝る前に体をほぐしてくれていたのだが途中から記憶がない。

凄く気持ちよかったです。

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