第2話とりあえず訓練してみた!
「はーい、行ってこーい!」
「無理っす!」
「無理じゃない! 行ける行ける!」
「行けないから無理って言うんです!」
言い合いをしている俺達の向こうには、物凄くいでかい鬼みたいなのが向かって来ている。
3階建て一軒家ぐらいはありそうな大きさの化け物が。
何あの太すぎる手足。本当に化け物だわ。
ギガオークとか言うらしいけど豚じゃないって。どう見ても顔が鬼だって。
ていうか、ギガってなんすか。
「大丈夫大丈夫、セルの魔術の強化で防御だけは硬くなってるから、死にゃしないって」
「はいはーい、ちょっとやそっとじゃ死なないですよー。とっても痛いだけで済みますよー」
リンさんに続き、とってもぽわぽわした感じで怖い事を言う魔術師のセルエスさん。
ロングスカートとチュニックっぽい服の似合う、銀髪を後ろで纏めた温和そうな顔立ちの女性だ。ただ言動は一切温和じゃないけど。
ここの人達は基本あまり完全武装しないそうで、普段着で戦う事が多いらしい。
ミルカさんだけは普段と狩りをきちっと分けたいと正装にしているそうだが。
理由はリンさん曰く「この辺の魔物、弱いもん」だそうだ。
つまりあの化け物も彼女達にとっては武装をする必要が無いと。
うん、やっぱこの世界頭おかしい。
「いやいやいや! やっぱ痛いんじゃないですか! そもそも俺何の訓練もしてないっすよ!」
「実戦に勝る訓練は無い!」
「無茶苦茶だー!」
そう言ってるうちに鬼がどんどん接近してくる。
ちょ、速い速い。何あれ怖い。なんでその図体でそんな速度で走れるの。
走る際の振動音がなおさら恐怖をそそる。
「あれ図体でかいけど速度はたいした事ないから、この樹海では一番弱いんだよ?」
「まじ・・・すか・・・」
この世界は俺にとっては難易度が高過ぎる様だ。
あれが一番弱いとか、やっぱりこの世界狂ってる。
「ちくしょー! やってやらー!」
こうなったらもうやけくそだ。
俺は貸してもらった剣を持ち、無茶苦茶な構えで突進していく。
「うりゃー!」
剣を上段からふり下ろそうとした瞬間ペイって感じで振り払われ、簡単に吹き飛ぶ俺。
ですよね。知ってた。
「うあー!」
軽く20メートルぐらい吹っ飛んだのではなかろうか。
地面に落ちてゴロゴロと転がり、何とか止まって起き上がる。
「あいてて・・・あ、凄い。痛いけど痛いだけですんでる」
受身も取れてないのにたいしたケガがない。魔術ってすげー!
因みに魔法ではない。魔法って言ったら怒られた。
魔法がそうそう使える訳無いだろ! って凄い剣幕で。
魔法は人には通常体現成し得ない奇跡レベルの物を言って、他は魔術と言うらしい。
そんなもん存在しなかった俺からしたら、どっちも魔法なのだが。
「ほらー! やっぱ無理じゃないっすか!」
「ほんとだねー。想像以上に弱いね、君」
うん、知ってる。
だって元の世界で武道とかした事もない、ただの学生ですもん。
「うーん、どうすっかなー」
なんて言いつつリンさんは平然とした顔で鬼を殴り飛ばす。
あの人本当に人間ですか?
「リンちゃんー。とりあえずあの子にフルで強化かけて、実戦もどきさせてみるー?」
「まあ最初だし、それでいこっか」
「はーい。タロウくーん、こっち戻って来てー」
セルエスさんの呼びかけに応え、トボトボと歩きながら戻っていく。
まだ何かやるのか。辛い。
「戻りました・・・」
「あらー、落ち込んでるねー。よしよし、お姉さんがちょっとだけ力を貸してあげるからね~」
そう言いながら彼女は軽く俺の頭を撫でる。
なんか、はずい。
そして最後にポンポンと軽く頭を叩いて手を離した。
「はーい準備完了ー。もう良いよー」
「さっきも思ってたんですけど、こういうの詠唱みたいなのとかいらないんですね」
「いらないよー。心で念じて、きちんとイメージして、ぎゅーって絞る様に体の中にある力みたいなものを出せば良いだけだよー」
「へぇー」
でも俺はその時見た。横に居るリンさんが「んなわけねえ」って顔してるのを。
危ない、騙されるところだった。
この人達相手だとこの世界の基準がさっぱり解らない。
「さって、強化も終わった事だし、第2ラウンド行ってみよう!」
「え、リンさんさっき殴り飛ばしてたでしょ!?」
「吹っ飛ばしただけだよ?」
「あ、はい、もう何か解りました」
つまり距離稼いだだけだという事ですね、解ります。
一切解りたくないけど。
でも鬼が起き上がってこちらに向かってきているのを見てしまった。
・・・行くしかないよなぁ。
「良いですよ! 行ってきますよ!」
「行ってらっしゃーい!」
「行ってらっしゃ~い~」
俺はまた剣を握って走り出す。
その瞬間、風になった様に物凄い速度で鬼に肉薄した。
「・・・は?」
何この速度。
驚き過ぎて鬼の目の前で棒立ちしてしまう。
鬼の方も驚いたようで狼狽えているが、一瞬で気持ちを切り替えて殴ってきた。
「うわっふ!」
焦って変な叫びがでた。
・・・あれ、避けれた?
続けて振るわれる攻撃も見ていれば難なく避けられる。あれ、全部見える?
フル強化って、もしかして本当に全能力強化? 何このチート。
ただの一般人の俺が超ステータスになってる。やっぱ魔術ってすげー!
イヤ、リンさんの反応から察するに、セルエスさんが異常なのか。
実戦もどきっていうのはこういう事か。俺の力じゃないもんな。
俺はあくまでただの一般人。そこ勘違いしないでおこう。
とりあえず避けてばっかじゃどうしようもないので剣で切りつける。
すると、そうなるのが当たり前の様に一刀両断してしまった。
は? 俺適当に振っただけだよ?
「セル、ちょっと強化かけすぎじゃない?」
「だね~、ちょっとやりすぎたかもー。剣に強化は要らなかったかー」
あ、やっぱそういう事っすか。
どうやら持っていた剣も何かしらの強化がかかっていたらしい。
いくら身体能力高くても、あんなに綺麗には切れないよね。
「あたしとしては同じぐらいにして、戦闘ってものを軽く理解して欲しかったんだけどなぁ」
「ごめんねぇ、落ち込んでる姿が可愛かったからつい~」
「え、セルってタロウみたいなのが好みなの?」
「ああいう感じの弟が欲しかったのー。実弟は殺し合いするような仲だからさー」
うん、俺の中でセルエスさんは逆らってはいけない人認定。
いや、どうせ逆らえないけど。あの人怖い。あの鬼より怖い。
弟さん生きてんのかな。
「うーん、いやね、実を言うとあたしの剣技とか体術ってほぼ我流なのよね。だから実戦で覚えてもらうしかないのよ」
「我流でそれですか」
「何ていうか、決まった型が肌に合わないというか。教えられたんだけど結局実戦形式の打ち合いで肌に染み込ませた感じでさ」
「それどんな天才ですか・・・」
「リンちゃんは直接戦闘のみなら本当に天才的よー。ほかは全然ダメだけどー」
天才だったらしい。そりゃあんな無茶言うわ。
お願いなんで凡人に合わせて下さい。
「あたしとしては、簡単な物で良いから魔術を使える様になりたかった」
「リンちゃん馬鹿だもんねー?」
酷い事を言いながらクスクス笑うセルエスさん。だがこの二人はこれが当たり前の会話らしい。
仲は良いらしいです。
「ふーんだ、どうせ馬鹿ですよー」
「でもその馬鹿力が魔術障壁を破るから、規格外の馬鹿よねー」
「褒められてる気がしない」
「うん、だって褒めてないもんー」
仲、いいんだよね?
喧嘩しないでね?
「いきなり実戦させなくても、リンちゃんかミルカちゃんが手加減して稽古してあげれば良いのにー」
「ミルカなら出来るけど、あたしははずみでやっちゃうのが怖い。少なくとも殴っても大丈夫な程度になるまでは相手したくない」
「今日、ミルカちゃんはー?」
「デート」
「ああそっかー、邪魔したら激怒だねぇー」
ミルカさん彼氏いるのか。惚れる前に知る事が出来て良かった。
いや、こっちに来て優しくして貰えて少し癒されてたからさ。
うん、へこんでない。へこんでないよ?
「えっと、俺はどうすればいいんですかね?」
「んー、ちょっと良さそうなの引き連れてくるから、ここでセルに魔術でも習ってて」
そんな、ちょっとおやつでも食べててって感じで言われても。
簡単に出来るんですかそれ。いや、出来るんだろうな。
さっきも気楽に殴り飛ばしてたし。
「行ってらっしゃーい。タロウ君はリンちゃんよりは魔術の才能あるから、併せて頑張ればミルカちゃんぐらいにはなれるかもねー」
「ミルカくらいになれば普通に生きていけるでしょうね」
「ミルカさんレベルで普通なんですか・・・」
やはり難易度高い。この世界過酷すぎる。
以前見たミルカさんの動きも明らかに人外だったんだけどなぁ・・・。
「おーい、てめえら、そろそろ飯できてんぞー。食わねえのかー?」
少し離れた所から呼びかけの声が聞こえ、その人物に目を向ける。
子供サイズ、と言ったら多分怒られるので口にはしないが、130か40ぐらいの身長とノースリーブの上着にぎりっぎりのミニスカなせいで、どうしても背伸びしてる子供に見える。
サイドテールで肩口まである茶髪が余計にそういうふうに見えてしまう。
あのサイドテールはセルエスさんがやっているらしい。
「だってこの方が絶対可愛いんだもんー」
との事だ。まあ確かに可愛いけど。
彼女はのんびりとこちらに近づいて来る。
「イナイさん、すみません。ありがとうございます」
「おう、冷える前に食おうぜ」
喋りが男っぽいが、とても可愛らしい美少女が喋ってると思うと凄い違和感。
年上らしいんだよなぁ。けどこの見た目なせいでどうにも微笑ましい。
「えー、あたし今からもう一匹つれてくるつもりだったんだけど」
「じゃあ行ってこい。けどお前の分の飯は無いと思え」
「ついていきます隊長」
「よろしい」
食欲に素直なリンさんであった。
上下関係がはっきりしてる。
「今日は何~?」
「あのレッサードラゴンの肉まだ大量にあるからな。色々肉料理作ったぞ」
このレッサードラゴンとは、あの恐竜モドキの事である。
というか竜っぽいやつはみんなレッサードラゴン扱いらしい。スゲエ雑だ。
「偶にはあっさり目が食べたいなー」
「ちゃんと野菜も用意したよ」
「わーい、だからイナイちゃん大好きー」
飛びついて愛情表現をするセルエスさん。
潰れる物に目を奪われてる俺に気がついたリンさんが、ニヤッとしてこちらを見ていた。
やっべ、どこ見てるかばれてる。
「男の子だねぇ」
「いや、その! すみません・・・」
だって、ぽよんって、夢とロマンが詰まってそうなんですもん。
ていうか、あれから目を逸らす事が出来る男は少ないと思うのです。
「一応忠告しとくと、女性はたいていそういうの気がついてるから気をつけた方が良いよ。あたしはあんまり気にしないけど」
「うっす、肝に銘じます」
ここの面子は男性が一人しか居ないから、そういう事で嫌われない様に気を付けよう。
・・・怒らせたら怖いし。
いや、冗談じゃ無く怖いからね。
「とりあえずタロウくんの弱さは解ったから、今後の方向性をご飯食べながら決めようかー」
そんなセルエスさんの心抉る言葉で食事に向かうのだった。きつい。
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