次元の裂け目に落ちた転移の先で

四つ目

理不尽との出会い、始まる今までと違う日々。

第1話目が覚めたら恐竜と美人がいた!

うーん、なんかペロペロと凄い顔舐められてる。

寝てる間にめっちゃ顔べたべたにされてんな。ポチかな?

じーちゃんが餌でも忘れたか?

まったくじー様はしょうがないな。


ああ解った解った、そんなに舐めるなよ。今起きるから。

寝ぼけつつポチを撫でると何か堅い感触が手に当たった。

ん、ポチ、何つけてんだ。なんか硬いの・・・が・・・。


「ど、どなた様でしょう」


目を開けるとそこにはティラノサウルスをきちんと4足歩行にした様な、若干不格好な恐竜の様な生物が居た。硬いと感じたのはこいつの表皮だった。

何これ。

いや、マジデナニコレ、意味が解らない。


「ちょ、何これ、どういう状況!」


そうか夢だ。こんな事現実にあってたまるか。そう思いながら周囲を見る。

なんか森の中っぽい。

手に触る土の感触、風に揺れる木の音、目の前の恐竜モドキの息遣い。

・・・凄いリアルなんですけど。特に息遣いが生々しすぎる。

え、本当に何これ。夢だよね?


ちょっと待て、ちょっと落ち着こう。俺確かさっきまで遊んでたはず。

高2の夏休みに田舎のじーちゃんちに来て、近所のガキどもと川傍で遊んで、滑って川おちて足つって流され・・・て・・・。

あれ、俺もしかして死んだ? ここ天国? いや地獄?


俺の困惑をよそに舐め続ける恐竜モドキ。何だろう、なつかれているのだろうか。

そう思うとこのでか過ぎる図体も可愛く見えてきた様な気がする。


なんて思ってたらガバァーっと口を大きく開けてきたー!

ですよね! そうですよね! きっと味見とかだったんですよね!

わーい、死んじゃう! 死んだのにもっかい死ぬとかどういう事なの!

いや俺死んだの!?


「ひゃ、ひゃすけえへー」


だめだ、混乱と恐怖で呂律も回んねえし声量も無い。

噛みつきに来ようとしている動きが何か凄いスローモーションに見える。

でも体が動かないからどうしようもない。

やばい、あの牙は死ぬ。


「あいよー」


いきなり聞こえた軽い声と共に何か大きい物を振りぬく音がしたと思ったら、目の前から恐竜が消えた。どっか遠くで凄い音と振動も感じる。

完全に訳が分からな過ぎて固まっていると、頭の上から声が聞こえた。


「こっちこっち」


ツンツンと頭をつつかれ、反応して顔を上げる。

そこには赤い髪のスタイルの良い美人が立っていた。


「大丈夫かいー?」

「ひゃ、ひゃい」


また噛んでしまった。恥ずかしい

とりあえず立とうとすると、それも出来なかった。

腰が抜けとる。重ねて情けねー。


「あ、あの、ありがとう」

「ん? ああ、はい、どういたしまして」


礼を言うと、女性はニッコリと笑いながら返してくれた。

身長は180ぐらいだろうか。ショートヘアの赤い髪に赤い目、服装はホットパンツに上はポンチョかな。中に白いシャツを着ているようだ。

凄い美人だ。普通ならお近づきになりたいと思える程の美人だけど、この人にはちょっとそういう考えが起きない。


彼女の右手にバカでっかいカナヅチが握られているからだ。

何それ、見た目より軽いの? 明らかにキロの重さじゃなさそうなんですけど。

槌部分が地面から浮いて、地面と平行になっているのが余計に怖い。どういう腕力だ。


あ、後ろにもう一人いる。

腰まである黒髪に灰色の眠そうな目で、こっちは170ぐらいかな。

スカートの前側が凄く短く横から後ろにグルリと長くなってて、凄いコスプレっぽい。

中にレギンスを履いている様なので短くてもいいのかな?

腕とか足にファンタジーで出てきそうな腕輪や足輪、首にも何か凄いのついてる。

極めつけに物凄い『魔法使い』って感じのローブを羽織っていた。


・・・コスプレ会場ですか?


「あたしはリンって言うんだ。見ての通り剣士。あんたは何でこんなとこに居たの? 見たところ丸腰だし、あいつに食われかかってたみたいだけど」


見ての通り?

母さん、僕の目は悪くなったのでしょうか。

どう見てもこの方の持っているものが槌にしか見えません。

そんな事を考えてポカーンとしていると、フォローが入った。


「リンねえ、リンねえ」

「ん、なに?」

「自分の格好、みて。剣士に見えない」


黒髪の人がリンと名乗った女性に突っ込みを入れてくれた。

そう、どう見ても剣士には見えない。

剣士って言い張るなら剣持っててください。


「ああ、そっか、今日鎧着てなかった。剣士に見えないねー」


あっはっはとわらうリンさん。

違うから。絶対問題点そこじゃないから。突っ込んでもうひとりの人。

俺は突っ込まないよ。だって怖いもん。

あんな物振り回せる人に下手な事言う勇気なんか俺には無いぞ。


「リンねえ、槌」

「槌?」

「そう、槌」

「槌がどうしたの?」


もどかしい。何だこのやりとり。

もうちょっと会話をして頂けませんか。


「剣持ってない」


そうだよね、俺間違って無いよね。

剣持ってないのに見ての通り剣士って言われても困るよね。


「え、でもこれ仕込み槌だよ? ミルカはしってるでしょ?」


なんで槌に仕込むの。どういう意味があるの。まるで意味が分からない。

大体そんなもの振り回せるなら刃物要らないでしょう。


黒髪の人はミルカさんっていうのか。

この人は突っ込みいれた所を見るに、まだまともそうだ。

問題は何故コスプレをしているのかという点だけど。


「知ってる。アルネが凄い、愚痴ってたから。仕込み槌作れとか、バカじゃないのかって」

「そうそう凄い怒ってたね。でもなんで怒るのかなー。仕込み武器ってカッコよくない?」

「持ち手に負担のかかる武器の、持ち手に仕込むというのが面倒だから、怒ってた」

「えー、でもこの金属なら大丈夫でしょー?」

「普通の人なら。リンねえの馬鹿力じゃ、中空洞の槌は曲がっていく」


俺を置いてきぼりにして会話が進む。寂しい。

あるねってどなた。


「そうじゃなくて、仕込み槌なんて普通考えない。ぱっと見で剣持ってなかったら、剣士に見えない」

「ああ、そっかそっか」


やっともとの話題に戻ってくれた。

良かった。これで放置は終わってくれるだろうか。


「あのー、ところでココドコなのか聞いて良いですか?」


とりあえず話を聞いてくれそうな雰囲気になったので訊ねてみる。

人に何かを訊ねる時は丁寧に。爺様とクソオヤジが耳にタコが出来る程俺に言ってた言葉だ。

とりあえず現在地というか、現状を把握したい。

だが二人は俺の言葉に、何言ってんだこいつって顔をした。


「ウムル王国の北の樹海だよ。知らないで入ったの?」

「・・・貴方、珍しい言葉を喋りますね。どこの国からいらしたのですか?」


ウムル王国? 富士の樹海とかじゃなくて?

いや、富士の樹海にあんな恐竜いないけど。

それよりも言葉だ。ミルカさん他の人にはこういう喋り方になるのか。

じゃなくて何言ってんだこの人。さっきから話通じてるじゃないか・・・あれ?


いや、うん、今気がついた。

むこうが言ってる意味はわかる。こっちの言葉も通じる。

けど二人が喋ってる言葉がまるで知らない発音だった。

どうなってんのこれ?

もう頭がパンクしそうです。助けてポチー!


「なんで、言葉が通じてるんですか?」

「えっと、翻訳の魔術? だっけ? 何かそんなのが使える、んだよね?」


こてん、と首を曲げながらミルカさんに聞くリンさん。なんかちょっと可愛い。


「ええ・・・、貴方本当にどちらから来たのですか? かなりの田舎でなければこの魔術自体を知らないという事はない筈ですが」


魔術?

・・・姉さん事件です。ファンタジーの世界に今居る様です。

やっぱ夢なのかこれ。すごいリアルだなー。


うん、ごめん、無理だよね。

だって俺、さっきのでちょっとチビっちゃってるんだ。

夢と思うとか無理があるわ。

下着変えたい。泣きそう。


「・・・ねえ、ミルカ。この服見たことある?」

「ううん。珍しい」


普通のポリエステルですが何か?


「えーと、なんとなく認めたくないんですけど、ここって、魔物とか出ます?」

「え、うん、出るよ。さっき食われそうになってたでしょ?」


当たり前の様にリンさんが答える。

そうかー、魔物いるのかー、さっきのやつ魔物だったのかー。

助けてください。ほんと、俺が何をした。


「信じて貰えるか判らないですけど、俺そういうのが居ない所から来たんです」

「魔物が居ない所?」

「・・・貴方、ここに来る前はどこに居ました?」


ミルカさんが不思議な事を聞いてきた。

どこって、日本しかないよな。


「えっと・・・日本です、けど・・・」

「いえ、えっと・・・」


何を聞きたいんだろう。

まず俺は自分の状況がさっぱり解らないので、答えるにも厳しいと思うんだけど。


「ここに来る直前の事、覚えてますか?」


直前? 

意識を失う前の最後の記憶って事かな。


「えっと、川で溺れて・・・あ、そうだ、何か引きずり込まれる様な感じがして、その後は覚えてない・・・」

「そう、ですか」

「どったのミルカちゃん?」


難しそうに考え込む様子を見せるミルカさんと、さっきより首を捻ってるリンさん。

そんな真剣な顔されると凄く不安なのですが。

今の俺って何か不味い状況なのかね。いや自身の認識でも大分不味い気はするけど。


「次元の裂け目に落ちたのかもしれません。そしてたまたまここにたどり着いたのかも」

「次元の裂け目?」

「はい。どこに繋がっているのかも分からない不安定な空間が存在するのですが、そこに呑まれると基本は帰って来れません。帰ってきた事例があるようですが、その場合は同じような形で裂け目に呑まれたそうです」


えっとじゃあ、もしかして俺、帰れる?

流石にあんな化け物が居るような所、怖過ぎるから帰れるなら帰りたいのですが。


「ですが基本的に事故の様なもので、帰ってきた話は一人だけです。こちらの世界には裂け目を作り出す術を持っていた魔物が居たのでかなりの量の人間が飲まれていますが、帰還者がたった一人という事を考えると貴方が元の世界に帰るのは難しいでしょう」


帰れるかもという希望は打ち砕かれました。

まじか、あんなのが居る世界で生きてかないといけないのか。

絶望しか感じないぞこれ。


「そ、そすか・・」

「あ、えっと、その、ごめんなさい。げ、元気出して」


へこむ俺を見て謝り、励ますミルカさん。

でも申し訳ないがこれはきっつい。

訳の解らないうちに訳の解らない世界に飛ばされて、しかも普通に生きていくのがきつそう。

これでへこまないやつはちょっと心が強靭すぎるだろ。


「いやしかし、凄いね。君は今の話ちゃんと解るんだ」

「へ?」

「この翻訳ってさ、ある程度教養がないと薄ぼんやりとした伝え方になって、いまいち伝わらない事もあってさ。君の言う事はっきり解るし、こっちの言う事もはっきり伝わるからさ」

「きょ、教養ですか。一応義務教育は終えて高校に行ってますけど」

「義務教育? そっちでは教育に義務があるの? へぇー、凄いねぇ」

「素敵な国なのですね。魔物もいないようですし平和な所なのでしょう」


どうかな、うちの国が平和ボケなだけで国外はそうでもない。

それを言って残念がらせる必要もないだろう。行けないんだし。


「でもその言い方だと、リンねえに教養があるみたいで、違和感」

「あっはっは! 言うねえ!」


そう言ってリンさんはバーンとミルカさんの背中を叩く。

するとミルカさんは4メートルぐらい吹っ飛んで受身を取って転がっていった。

驚きながらそーっとリンさんの方を見ると、やっちまったという顔をしている。


「あ、アノネ、ミルカちゃん、力加減をね、その、間違えてさ、ご、ごめんね?」


慌てて謝るリンさん。

ミルカさんはそれを聞いてるのか聞いていないのか黙って立ち上がり、その場から消えた。

・・・え、消えた?


「避けるな!!!」


慌てて声のした方を見ると、さっきまでリンさんが立っていた所に拳を突き出したミルカさんが立っていた。

てっきり常識人かと思っていたらこの人もぶっ飛んでいた様です。

何で消えたと思ったら背後に居るの。

そもそもこの人、どうやら魔法使いじゃないっぽい。構えが堂に入ってる。


「いやいやいやミルカ! 全力で殴られたら流石の私も避けるって!」

「全力じゃない! 9割ぐらい!」

「ほぼ全力じゃんかそれ!」

「リンねえの軽くと同じぐらい!」

「嘘だ! 流石にそれは嘘だ!」

「ともかく一発殴る!」


そう言ってまたかき消えるミルカさん。リンさんも良く見えなくなった。

そこにいるのは判るんだけど、動きが人外過ぎて何やってるのか判らない。

残像がかすかに残る様なスピードで二人とも動いている。

まじかー、これが当たり前の世界かー。俺死んだな。


「まってまって! 悪かったから! ごめんて!」


リンさんは謝っているが、ミルカさんは答えない。

相当怒っているのだろうか。


あ、これなんか見覚えが有る。

漫画とかでモブがあいつら何やってんだ? って状態だ。

わーい、漫画の中でしか見れない非現実的な経験できたぞー!。

そして悲しい事に俺は異世界でモブ的存在だと認識できてしまったぞ。

お先真っ暗すぎる。


悲しい現実を理解しつつも逃避していると、二人が止まった。

ミルカさんは肩で息をして、リンさんはふへーと息を吐いているが余裕そうだ。


「はあ、はあ・・・一発もかすらない・・・もう・・・!」

「いやー、成長したねミルカ。前より速くなってるね!」

「・・・!」


余計な言葉に更にミルカさんの怒りが増した様だ。この人何やってんの?


「あ、ごめん、今の無し! ミルカがいつも並んで買ってるケーキ並んでくるから! だから許して!」


それにピクリと反応を見せたミルカさん。

踏み込もうとした瞬間の体制のまま止まった。


「・・・プリンも」

「解った! 解ったから!」


可愛いやりとりだなー。さっきの殴り合いさえなければ。


「あのー、そろそろ良いですか?」


忘れ去られてそうなので発言しておく。

いや、本当に忘れられてそうなんだもん。


「あ、御免ね。えーと結論から言うと、君多分行くとこないよね」


ズバっというリンさん。現実突きつけられてきつい。泣きそう。

でもその通りだ。このまま放置されたらのたれ死ぬ自信がある。

俺はあんな恐竜に抵抗なんて出来る気がしない。出来るわけがない。


「ソ、ソデスネ」

「で、さ、君さえ良ければ私が面倒見てあげようか? 私というか私達か」

「え、良いんですか?」


訳の解らない状況で、何も当てのない状態では願ってもない話だ。

こんな強い人に助けて貰えるのはとても助かる。


「行くあてなく助けてくれた人の言葉だからだとは思いますが、初対面の人間の甘い言葉は疑った方が良いですよ」

「アッ、ハイ」


リンさんの言葉に素直に喜んでいると、ミルカさんに冷静に突っ込まれた。

そうっすね、初対面ですもんね。警戒心なさすぎですよね俺。


「・・・ふふ、ごめんなさい、意地悪でしたね」


なんて素敵な笑顔。さっきまでの眠たそうな目が嘘のよう。

でもすぐに眠たそうな目に戻っちゃった。この人基本的にこういう顔なんだな。


「じゃあ、よろしく! えーと、君の名前なんだっけ」

「太郎です。田中太郎」


書類記入の見本に書いてあるような名前だが、ここではきっと珍しいかも。


「タロウか、よろしくタロウ。君が一人で生活できるように鍛えてあげるからね!」


え、面倒見るってそういう事ですか?

まさかの俺も戦える様にって事?

ミルカさんがこの人に祝福をみたいな事言ってる。何それ怖い。


大丈夫かな、俺。

この先本当に生きていけるんだろうか。

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