同じ穴のムジカ

岩橋のり輔

前略、お母様。



前略、お母様。


永い間ご無沙汰しております。


突然ですが、憶えてらっしゃるでしょうか。その昔、わたくしがまだ小さく、半ズボンからスネ毛の無いツルツルとした脚を、スラリと伸ばしていた頃を。


憶えてらっしゃるでしょうか。小学校一年生の授業参観の折、青っぱな垂らしとオカッパ頭の群れに紛れて漢字の抜き打ちテストが行われ、あの幼稚園の園長先生がそのまま進級(?)したかのような担任は、あろうことか『足す』の訓読みを授業で教えずに用紙に盛り込み、正答率〇パーセントという社会主義も真っ青(真っ赤?)な結果を叩き出した、あの歴史的最先端教育の現場を。


中学校半ばまでは満点であらねば人に非ず、といった教育的プロパガンダを包み隠すことなく、親子共々鼻つまみ者を演じていたあの宮川さん家。そのご尊母が、赤穂浪士か白虎隊もかくやという思いつめた表情で、愛娘の成績に残された一つの汚点を払拭せんと『被告・星野先生』に詰め寄ったあの事件を。


そして何より、不肖わたくしめが『(そっく)す』と書き、その模範的誤答をこの上なく自信満々に発表し、一同を明るい笑いの渦へ巻き込んだ、あの人生における最も輝かしいモーメントを、お憶えでしょうか。


思えば、わたくしはお母様を赤面させるようなことばかりしてきました。


『両親に尋ねて趣味についてのマニュアルを書く』という課題を端から全部想像でこなし、三者面談で話を噛み合わなくさせたり。そのクセ、不器用すぎて家庭科の編み物の実習はまるで手付かずで、集合写真を撮る前日になってついに痺れを切らした担任から電話があり、夜なべに付き合わせたり。


ただ、そんなわたくしでも断言できることが一つあります。


そんなのはまだ可愛らしいモンで、赤面の裏にはこんなコケティッシュでチャーミングな息子に対するはにかみもあったという事を。


ただ、小学四年生の授業参観。二次性徴を目前に控えた子供たちに『将来の夢』という賞味期限ギリギリの作文を書かせた時の、息子の答え。それに勝る『穴があったら入ってついでにセメントで目張りしたい』と思える瞬間を、わたくしは未だに想像できません。


なんでしょうか、『年金生活者』って。


なんなんでしょうか、『じゃなかったら庄屋』って。


あの青春性も時代考証もまるで無視した意見は、意外にも理路整然と本文で理由が述べられていました。


「将来、人の役に立たずに、平和に暮らしたい」


庄屋さんとご老人に謝れ、です。


その時のご心境、わたくしも二十九になりまして、同学年の仲間たちは次々と出産ラッシュに見舞われており、おぼろげながら想像が付くようになりました。お気持ち、お察しいたします。若くして出涸らしのような、まあトンデモナイ根性の息子さんです。


ただ世の中には『初志貫徹』という便利な四字熟語がありまして。


『三つ子の魂百まで』と言われれば元も子も無いんですが、そんな捻じ曲がった性根でも、『継続は力なり』、四半世紀も続けていると意外に逞しく育つモンです。もちろん、『需要と供給』の社会の大原則から大きく逸脱していますので、その道のりには障碍も多く、一筋縄では行きません。世の中の役に立たない物を勉強し、役に立たない仕事を、役に立とうとしない根性でやる。敢えて逆風の中に身を投じ、人生のアンチテーゼを追及する。それもまた一つの生き方――一編の大河ドラマを紡ぐのに、相応しいモットーではないでしょうか。



まあなにはともあれ。


お母様、息子めは元気でやっております。



* * *



後日、それに対する母からの返信。


「能書きはいいから、さっさと孫の顔を見せろ」



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