第七話
ツィダルタ村方面から向かってくるのは、二十代から六十代の筋骨隆々な男達。
全員で八人いる彼らは、迷う事なくグウェンとサリアナの許へと歩を進める。
それを二人は、冷めた目で迎え入れた。
「お前らは何度言えば分かるんだ。俺らの縄張りを荒らすんじゃねぇ!退治依頼を受けるんなら掃除屋になってからにしやがれ!!」
目の前で立ち止まるなり、怒鳴り散らす年長の男。彼の横や背後に立つ者達は、それに同意を示した。
男達の睨みを受け、面倒そうに二人は嘆息した。
「煩い。耳が馬鹿になる。静かにしたら」
「何だと!?」
眉間に皺を寄せて言葉を放つサリアナに、怒鳴り声を上げた男が更に熱り立つ。
掴み掛からんばかりの勢いに、今度はグウェンが口を開いた。
「そもそも彼らの依頼を断ったのは誰だ?こちらに回って来る前に掃除屋であるあんたらが受けていれば、俺達が出る可能性は低かったと思うが」
掃除屋としての仕事を阻害されたと怒る彼らだが、しかしそれは間違っている。
ツィダルタ村の者は、先ず近くの掃除屋に依頼を持って行ったのだ。出来る限り早く、コラティーマを退治て貰うために。にも拘らずサリアナに討伐依頼が来たのは、掃除屋である彼らが断ったからで。
「己の身可愛さに依頼を断った奴らに、文句を言われる筋合いはない。迷惑だ」
グウェンの言葉が男達に突き刺さる。
「それに捨てた依頼をわたし達が遂行するところ、陰から見てたくせに。討伐が終わってから来て、自分達の言い分だけ通そうなんて都合が良過ぎ」
「ぐっ……!!」
サリアナの指摘に、男達は苦虫を噛み潰したような表情となった。──図星なのだろう。
「じゃあな、俺達は帰る」
話しは終わったとばかりに、サリアナを促して掃除屋共の横を通り過ぎようとしたグウェン。その肩をまだ若い男が掴んだ。
「待て!勝手に……っっ!!」
帰るな、と口にしようとした男は、言葉を発する代わりに息を詰めた。男の喉元には、何時の間に抜いたのか、サリアナが突き出した剣先が触れていた。
「何、死にたいの?」
目にも留まらぬその早業に息を呑んだ男達は、サリアナから発せられる気に一瞬で顔から血の気を引かせた。それはコラティーマを相手にしていた時とは比べ物にならない程に強烈な殺気。
掃除屋を生業にし、数多くの死地を潜り抜けて来たはずの男達は、自分達の首が飛ぶ様を想像して嫌な汗を浮かべる。──と、その時。肩に触れる男の手を払い落としたグウェンの大きな手が、ぽんっ、とサリアナの頭に置かれた。
瞬間、迸る殺気が霧散した。
「──死骸はあんたらにくれてやる。好きにしろ」
向けられた殺気から解放され、一気に力を抜かせた男達に淡々と告げると、今度こそグウェンはサリアナを伴って彼らの横を通り過ぎた。
コラティーマは掃除屋にすら忌避される存在。そのためその肉や皮が市場に出回る事は非常に少なく、故に死骸から取れるそれぞれの部位は、かなりの高値で取引される。解体の際、毒や針が含まれる尾は特に取り扱いに注意が必要だが、しかし取り出す事に成功すれば、ただ一つで家族四人が二年もの間生活に困らない程の収入となり。
ここにあるコラティーマの死骸は七体。奥まった岩場には更に十三体ある。
──身から取れる部位を合わせれば、どれ程の金になるか。
にも拘らず、全てくれてやると、グウェンは言い放ち。
呆気に取られた男達を背に、当のグウェンとサリアナはその場を後にした。
・*・*・*・*・*・
「──ありがとうございました。これで、皆安心して街道を進めます」
ツィダルタに戻った二人に、ディーキンを始めとする多くの村民が深々と頭を下げる。
それを感慨もなく視界に映したサリアナは、礼として差し出された微量の金を受け取った。
「任務は完遂した。わたし達は帰る」
「え。そんな、どうかお泊りになって下さい。些細ではありますが、宴の用意などもしてございますので……」
「宴……。ポワの花酒ある?」
「あ、ええ。用意してございます」
礼をしたいディーキンが嬉々として発した言葉に、サリアナはきらりと目を光らせた。
グウェンは小さく笑った。
『ポワの花酒』というのは、十五年に一度しかその枝に花を咲かせない、美しい川のほとりのみで生息するポワという樹から採取した開花する直前の蕾だけを、穀物を発酵させて製造した酒に一年間以上浸して熟成させた澄酒の事である。
雪のように白いポワの蕾は、酒に浸しておけば不思議と色褪せる事も腐敗する事もなく長く可憐な姿を保ち、呑み頃になるとその花片を外へと広げ、美しく変化する。
そして、香り良く柔らかな口当たりのそれは、サリアナの好物でもあった。
「一泊だけ、してくか?」
「うん!」
グウェンが声を掛けると、僅かに口角を上げたサリアナは勢い良く頷いた。
──人々の騒ぐ声が、村中に響き渡る。
宴は代々村長が譲り受けて来た家の、集会などでも使用する広い庭で行われていた。庭に面する建て具を取り外し、屋内も活用しつつ、村人は恐怖が取り除かれた喜びに羽目を外す。
それには全く興味のないグウェンとサリアナは板敷きに腰を下ろし、ただ飲食物を口に運ぶ。
「……んふ」
「美味いか?」
片手に収まる程小振りな陶器の器から唇を離したサリアナに、グウェンは穏やかな目を向ける。
「うん。美味しい」
「そうか。良かったな」
サリアナが先程から幾度も幾度も口に運んでいるのは、彼女の好物であるポワの花酒。優しい香りの立つ花酒は、サリアナに良く似合っていた。
「あんまり呑み過ぎんなよ」
「はーい」
常よりも機嫌の良い彼女は食べる事よりも呑む事に重きを置いているようで、僅かな不安が頭を
(……まあ、
少しは食べているし自分が気に掛けておけば良いか、と、今はサリアナの自由にさせてやる事にする。
態々、楽しみを奪うような真似をする事はない。
──一角に人が集中し、見張りが手薄になったツィダルタ村。幾つもの影が、静かに中に入り込む。
騒々しい時間が過ぎ、短い眠りから目覚めたサリアナは上体を起こすと、ぐっ、と伸びをした。
外はまだ薄暗く、夜が明けたとは少しばかり言い難い。
手早く着替えを済ませたサリアナは、そっと物音を立てずに部屋を出る。先程まで眠っていたのは、ディーキンがサリアナのために用意した部屋。グウェンは隣室だ。
静かに彼の気配を窺った
僅かにひんやりとした外気が、サリアナの身を包む。
散歩でもしよう、と思い立ち、一人村中を歩く。
昨夜遅くまで人々が騒いでいたとは思えない程に、辺りは静かだった。
景色に視線を流しながら、比較的ゆっくりとした足取りで進むサリアナ。
──その時、後頭部に強い衝撃が走った。
「……よし、上手く行ったぞ!」
「──っっ……」
サリアナの少し小さな身体は前へと傾ぎ、そのまま
(……グ、ウェン……)
消え掛かる意識。その中で複数ある男の声や足音を聞きながら、彼女は愛する男の名を呼んだ。
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