第五話
「──ようこそお越し下さいました」
翌日の正午過ぎ。
目的のツィダルタ村に到着したグウェンとサリアナを出迎えたのは、依頼人である夫妻。──だけではなかった。
「大剣使い殿でいらっしゃいますね。遠路、足を運んで下さり、感謝申し上げます。
夫妻の一歩前へと歩み出たのは、白髪の混じった初老の男。
頭を下げ、グウェンとサリアナを迎え入れるディーキンに、しかし一瞥を投げただけで二人は直ぐに視線を外す。サリアナは夫妻に淡々と言葉を放った。
「相手を確認したい。案内して」
あまりの愛想のなさに戸惑いを見せた者達を意に介する事もなく、グウェンもサリアナに同調した。
「悪いな。出来れば早く終わらせたいんだ」
サリアナよりは幾分柔らかい。だが、慣れ合うつもりのない事はありありと伝わった。
「しかし、お疲れでは……」
自分達が依頼したからとはいえ、一日と半日、移動し続けた二人。十分に村で休んで貰うつもりであった。が。
「問題ない」
すっぱりとサリアナは切り捨てた。
彼らは依頼した側。これ以上、求める事は出来ない。
顔を上げたディーキンから視線で了承を得た夫妻が歩み出る。
・*・*・*・*・*・
「……もう直ぐです」
ロアイという名の商業街へと続く道すがら、振り返り先を示す男は、その顔を怯えに彩らせていた。
──無理もない。
進む先には、掃除屋達にすら倦厭されるコラティーマが存在するのだ。対抗する力のない者には、恐怖以外の何物でもないだろう。
現在、グウェンとサリアナの目の前にいるのは、案内を務める男のみ。妻である女は、村に残した。
「……あの辺りから奥が、コラティーマの狩り場となっています」
男の指が、一点を指した。
示されたのは、巨大な岩々が立ち並ぶその間に創られた
傭兵団を雇い進む一行もあるが、その顔色は宜しくない。
雇う金のない者達は己の身を護るため、その一団と距離を詰めたり、と、多少考えてはいるが、しかし意味はないように思われた。
サリアナが、微かに眉根を寄せた。
「……グウェン」
「ああ。倍はいるな」
相棒の呼び掛けに、グウェンは軽い調子で応じる。
「旦那は此処で待っててくれるか?」
「え……?それは、構いませんが……」
「悪いな」
二人の会話に首を傾げる様子を見せた依頼人に、グウェンは求めた。
戦う術のない男としては、狩り場にこれ以上近付かなくて済むという事は喜ばしい事であるが、しかし突然の要請に戸惑いも生まれ、複雑な表情となった。
グウェンは視線をサリアナに向ける。
「──行けるな?」
「何時でも」
そう、淡々とした調子でサリアナが応じた直後だった──。
「ヲォォォ──……」
「……──ぅ"ぁ"ぁ"ぁぁぁっっ──……!!」
獣の咆哮のような音と共に、遠くから悲鳴のような声が届いた。
「!?」
びくっと身体を震わせた男は、先程自身が示した方角へと勢い良く顔を向ける。と、その横を何かが一瞬で通り抜けた。
驚き振り返った男の目に、そこにいるはずのグウェンとサリアナの姿は映らなかった──。
人とは思えぬ速度で男の傍らを走り抜けた二人は、一度視線を交差させると、グウェンは岨道へ、サリアナは聳える岩々へと向かってそれぞれ駆けて行く。
道を阻むのは、己の身の丈よりも遥かに大きな物体。
それを、重く巨大な大剣を背負っているにも拘らず、サリアナは人間離れした超脚力で軽やかに登り越え、次々と駆け渡り。
時間で言えば僅か数分後。黄蘗色の瞳が標的を捉えた。
(──こっちは十三、か)
複数あるそれは、討伐目標であるコラティーマ。──先程の雄叫びと悲鳴は、コラティーマが狩りを始めた事を示していた。
コラティーマは元来群れを成して狩りを行う妖魔だが、今回のこれらは実行するもの・待機するものに別れているらしい。多分、地形のためだろう。
「!グルァァァッ!!」
サリアナに気付いた標的が、威嚇の声を上げて殺気立った。
サリアナは次々と岩を飛び移り、背負う大剣の柄を握ると、群れのただ中へと身を投じる。
「ググァッッ!!」
一瞬で距離を詰められ、慌てふためくコラティーマは声を荒げた。──人の顔を持つが、人語を話す事が出来ないその声は、まるで獣。
慌てるコラティーマの鋭い爪が付いた前脚が、サリアナ目掛けて振り下ろされる。が、それを高い跳躍で難なく躱すと、宙に浮いたまま鞘から剣を引き抜いた。
重力に従い落下してくるサリアナへ向けて、コラティーマ達は己の尾を突き上げた。
僅かな量で人を死に到らしめる猛毒を放出させる事の出来る鋭い針が、自分を待ち構える。にも拘らず、サリアナの無表情は変わらない。
「──遅い」
それは瞬きする時間よりも早く。
「ギ、ギギャアァァッッ!」
「グギャァッ!」
──サリアナに襲い掛かったコラティーマの尾が、その身から斬り落とされた。
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