第二話




 険しい山道。

 只人の脚では急いでも二日は掛かるその道を僅か三時間弱で下ったグウェンとサリアナは、賑わう街に入ると早々に、予めさばいておいた獣を馴染みの店で売り払った。

「何時も良いのありがとなー」

 店主の言葉に、こっちこそ、と礼を返してその場を後にする。

「何か欲しい物あるか?」

「グウェンの愛」

「おい」

 間髪入れない答えに、グウェンの頬が引き攣った。

 サリアナは軽く頬を膨らませる。表情筋は然程動かないものの、その代わりに瞳の色が豊かだ。様々な感情を伝える。

「足りない。とっても足りない」

「お前な……」

「さあ、どんと来い」

 無表情に両手を広げたサリアナの額を、グウェンの指が弾いた。

「痛い……」

 広げた手が、己の額を押さえる。

「どんと来い、じゃねぇよ」

「だって」

「んな事言ってると、ローブ買ってやんねぇぞ。すそ、引っ掛けたんだろ?」

「!」

 グウェンの言葉に、不満そうだったサリアナの目が驚きによって開かれた。

 確かにローブの裾は、今朝、獣を追っている時に樹の枝に引っ掛けて破ってしまっていた。けれどもそれは内側。二枚構造になっているため外からは分かり辛い。

 まだ着れもする。なので言うつもりはなかったのだが。

 サリアナの目が喜びに輝く。

「今、とってもグウェンの愛を感じた!すっごく感じた!!」

「……だーっ!こんなとこで引っ付くな!」

 人の多い街中で飛び付かれ、グウェンは慌てる。が、サリアナは気にしない。

「グウェン、大好きー!」

「あの……」

 じゃれ合う二人。そこに男の声が掛かった。

 ぴたっ、と動きを止めたグウェンとサリアナの視線が、声を発した男に向けられる。

 そこにいたのは壮年の男。傍らには男と然程歳の変わらない女の姿があった。

 彼らは向けられた視線に一瞬怯んだように一歩足を引いたが、しかし気を取り直したようにして向き直る。

「掃除屋の大剣使い殿でいらっしゃいますか?」

 その言葉はグウェンに抱き着く少女に向けられ。

 ぽんぽんっ、とグウェンに頭を軽く叩かれると、サリアナは漸く身を離した。真っ直ぐに二人を見据えた冷たい双眸が、何の用かと訊ねる。

「こら」

「だって、邪魔された」

 機嫌の悪さを感じ取ったグウェンが嗜めると、不貞腐れたように眼球を動かして見上げた。

 それに苦笑したグウェンは少し身を屈めると、己の右手でサリアナの左手を包み込む。

「これならどうだ?」

「!うん」

 たったそれだけでサリアナの機嫌は直る。

 口角が僅かに上がり、しっかりと繋がれた自分の左手に、ちらちらと幾度も視線を送る。

「大変仲が良ろしいのですね」

 二人の遣り取りを微笑ましそうに男と女は見る。

「うん、仲良し」

 機嫌良く、サリアナは肯定した。が、

が羨ましい。娘御にここまで慕われて……」

 笑みを零しながらの言葉に、ぴたっと固まった。

 グウェンが苦笑しながら口を開く。

「悪りぃが、俺は父親じゃねぇよ」

 男と女は瞬く。

「では、お兄上様でいらっしゃいましたか……」

「兄でもねぇな」

 失礼をしました、と彼らが詫びる前に、再度訂正が入る。

 困惑も露わに、二人は首を傾げた。

「では……?」

「俺達に血の繋がりはねぇよ」

 血縁関係にはないと、告げる。

 聞いた彼らの脳裏に、声を掛ける直前に見た光景が蘇った。

 ──複雑な家庭環境か。あるいは──。

「「──」」

 疑惑の目がグウェンに向けられた。

「……おい、何だその目は。喧嘩売ってんのか」

 向けられた嫌疑に、グウェンの蟀谷こめかみに血管が浮く。

「誤解しているようだから言っておくが、こいつは──」

「わたしは」

 グウェンの言葉に、サリアナの強い声が被さる。

 彼らが言葉を交わしている間も繋いだ手はそのままに、彼女は怒りに震えていた。

(……違うのに。……違うのに。わたしは、わたしは──……)

 目の前に立つ二人をめ付け、口を開く。

「わたしは、子供じゃない…………っ!」

「「え……?」」

(だって、わたしは──)




「わたしは十八だ!」

「期待を裏切るようで悪りぃが、こいつは大人だ」



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