第10話 運動会

 富岡製糸場と聞いてケンイチは一応、自分の股間を確認した。へぇ、これが世界遺産なのか。ユリコが

「今日はケンタの運動会よ」

 と呟いた。そう、今日は小学校の運動会。ケンタの晴れ舞台を一眼見なくてはいけない。ケンイチはスーツに着替えて張り切っていた。

「ねぇ、あなた、先に学校に行って場所取りしてきて」

「ああ、わかったよ」

 ケンイチがデジタルカメラを持って家を出ようとするとユリコに呼び止められた。

「手ぶらで行って場所取り出来るんかい!」

「ああ、それもそうだな…」

 ケンイチは慌ててスーツを脱いでブラジャーを付けた。それからビニールシート、弁当箱、水筒を持って眼他理科めたりか小学校へと足早に向かった。道を歩いていると、遠くの方から開会式の音楽が流れてくる。行進曲は静かで叙情的なギターのフェイド・インから始まり、突如、激しく重い鋼鉄のリフを奏でた。メタリカの「ブラッケンド」だ! そのギターのリフに合わせて児童が運動場に入場する。ケンイチが小学校に到着する頃には

「太古の歴史を顧みず、金剛山地に囲まれて、熱きメタルの鉄槌を、止まらぬエンターサンドマン、我ら眼他理科小学校」

 という校歌を子供たちが朗らかに歌っていた。それから国歌を歌っていたんだけど「岩尾とな~りて~」の部分で引っ掛かってしまって、頭の中でフット岩尾が邪魔をして「俺は岩尾になってしまうのか…」とケンイチは悩んでしまった。


 ケンタは「かけっこ」の種眼しゅもくに登場した。さながらオリンピック競技のように2000メートルの距離を走る。ケンタは懸命に走った。そして小学校1年生ながら日本記録5分7秒24を10年ぶりに塗り替える5分7秒21というタイムでゴールインしたのだ。しかし残念ながら2着だった。で「つな引き」が始まる頃にユリコが学校に到着した。

「ああ、ユリコ遅かったね、ケンタ、かけっこ2位だったよ」

「そう、惜しかったね、次はつな引きかぁ。ケンタは紅組かしら?」

「そうだな、一番後ろでくねくねしてるのがケンタだな」

 紅組と白組に分かれてカジキマグロを引っ張り合う。ってそれはツナ引きだね。ツナは引っ張らない。ちゃんと綱を引っ張るのである。オーエス、オーエス、オーエルノケツサイコーと高らかな声援に包まれる。ちなみに「オーエス」はフランス語だそうだ。水夫が帆を上げる時の掛け声が起源だ、だけどそんな事はどーでもいい。


 ほんでから保護者参加の「玉入れ」のアナウンスが流れた。

「ねぇ、あなた行ってくれば?」

「ほへ? 俺? でも俺、玉、2つしか持ってないぞ!」

「あんたの玉じゃ、籠に入っても網眼あみめから零れるわ、馬鹿たれが」

 仕方なくケンイチは玉入れに参加した。ケンタと一緒に紅組で参加した。そこにボランティアの鈴木もやってきた。

「あ、鈴木のおじちゃん!」

「やあ、ケンタ君、一緒に紅組で頑張ろうね」

 児童と保護者、全員で一斉に玉を投げ入れた。ケンタとケンイチは懸命に玉を投げ続ける。鈴木は校舎の屋上に潜んでいたスナイパーに背中を撃たれながらも懸命に玉を投げ続けた。額から汗が滴り落ちる。鈴木の背中から鮮血が滴り落ちる。白熱した試合だった。先生の笛の合図で玉入れは終了し、それから先生達がひとーつ、ふたーつ、と玉を上空に高々と放り投げて数えた。56、57、58、59、60、思っていたよりも結構玉入ったな。紅組も白組も一歩も譲らない接戦だ。147、148、149、まだ続くな、1268、1269、1270、1271、まだまだ終わりそうにない、8913、8914、8915、8916、まさに激戦だ! 結局、4万2768対4万2767の1個差で惜しくも紅組が負けてしまったのだ。ケンタは悔しそうな顔を浮かべた。


 続いて「玉転がし」が行われた。しかしながらケンイチもユリコも視力に自信がなくて、ケンタの姿が見当たらない。

「なあユリコ、ケンタ、どこ?」

「紅い帽子よ」

「紅い帽子いっぱいおるぞ」

「青い靴よ」

「青い靴いっぱいおるぞ」

「ほら、やる気なさそうなアレよ」

「やる気なさそうなヤツいっぱいおるぞ」

「うるさい、1番やる気なさそうなヤツよ」

 ケンイチは1年生の群衆の中から最もくねくねとしたケンタを見つけ出した。慌ててカメラでパシャリコンとするとぷにぷにとした得体の知れない赤い物体が写っていた。ケンイチの左手の指だった、阿呆さらせ。ほんでから、玉転がしは始まった。押せ押せケンタ! フレー、フレー! あ、これは英語だそうだ。

 そして「千葉県」ではなく「騎馬戦」やら「組み立て体操」やらを経て、メタリカの「ONE」で締めくくり閉会式を迎えたのであった。ちょっと「ONE」のイントロが長すぎるんじゃねーかと思いながらも無事、運動会は幕を閉じたのである。


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