第3話 深夜病棟

 ハットトリックって帽子を使った手品かと思ってたよ、馬鹿たれが。で、桃尻ももじり病院で働く看護師の俺は1人で夜勤を任されている。夜の病院は巨大な冷蔵庫のようにひっそりと静まり返っていて。だけど嫌な忠告をする先輩ナースもいる。

「メキル君、幽霊には気を付けてね、今日は13日の金曜日だからね」

 なんて言われてね、へっ、でも俺は大体そういう心霊現象なんて信じていない。幽霊なんているかよ、クソが。

 ほんで、とりあえず夕食の時間も終わり俺がカーテンを閉めようとしたら窓の外から見知らぬ青白い顔の女が覗いていた。長い黒髪は腰の辺りまで伸びている。

「なかなか可愛いな、黒髪好きなんだよな俺、でもここ3階なんだけどな、ま、可愛いからいっか」

 で、俺がトイレで用を足していたら、またさっきの青白い女が背後に立っていた。

「ちょっと、勘弁して下さいよ、ここは男子トイレですよ、男子トイレは男の聖域ですよ、女子便所はあっち」

 と指差した。トイレくらいゆっくりさせてくれよな、ま、でも可愛い女子に見られるのも悪くないな、なんて思いながら夜食を食べていると、またさっきの女が背後に立っていたのだ。

「うらめしや~」

「ほへ? うらめしや? 裏に飯屋なんてありませんよ、大体この時間は飲食店、閉まってますしね」

「うらめしや~」

「なんだ、お腹空いてるの? でもバナナしかないですよ、半分食べますか?」

 その時、俺の首筋に冷たい感触があった。振り返ると背後に覆面を被った男が、首筋にバタフライナイフを突きつけていたのだ。

「あ、ちょうどいいところにナイフありましたね、そのナイフ貸して下さいよ、バナナ切って半分っこしましょう」

 俺は男にバタフライナイフを借りて3等分し、青白い女と覆面の男と一緒にバナナを食べた。

「その覆面カッコいいっすね、なんかスリップノットみたいですね、どこで売ってるんすか?  え? 名前がジェイソン? ああ、アメリカ人なんですね、そうそうジェイソンで思い出しましたけどジェイソン・ムラーズのアルバム良かったですよ」

 なんて会話で盛り上がった。美女とラウドロックな男に囲まれて俺は幸せだな。


 とりあえず青白い女と覆面の男には「部外者は立ち入り禁止だから」と言って帰ってもらった。

「アイツら終電間に合ったかな? タクシー代くらい渡したら良かったかな?」

 なんてちょっと心配しながら、窓の外を眺めていると、今度は光り輝く未確認物体が不規則な軌道を描いて遠くの山脈の稜線に消えていった。

「蛍かな? 蛍にしては季節が早過ぎないかな?」

 なんて思いながら昔、子供の頃に奈良の河原で見た蛍の光を瞼の裏に浮かべた。ま、そのあとは深夜に突然、電話が鳴ってワンコールで切れたり、テレビが勝手に点いたり、蛍光灯がチカチカと点滅したり、冷蔵庫の扉が勝手に開いたりしたけど「電化製品の故障が多いな」なんて思っているうちに朝を迎えた。

 ほんで朝礼で「夜勤、何も異常は有りませんでした」と報告してから俺は帰宅の途についた。ムーンウォークしながら道を歩いていると眼の前をベローシファカが横切った。電信柱の陰からじーっと俺の姿をテンレックが見つめている。俺の足取りは重かった。両足にワオキツネザルの亡霊が7匹もしがみ付いていたからだ。今日はやけにマダガスカルの絶滅危惧種を見かけるなぁ、ま、そんな日もあるよね。マダガスカルな日だな。

 家に着いた俺はベッドに横たわった。やっぱり幽霊なんていないよな、くだらない迷信だよね。そう考えているうちに睡魔が襲ってきた。チーズフォンデュにたっぷりと浸ったフランスパンのようにいつの間にか眠りに落ちたのだった。


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