羅生門

川上 神楽

第1話 初任給

 いきなり人生の壁にぶち当たった。んな大袈裟なもんじゃなく、ただよそ見しながら歩いていたら自動販売機にぶつかっただけだ。けど、やっぱしっかりと前を向いて歩いていかなきゃな、いろんな意味でな。

「脇汗メキル君、ほら、今日は給料日だよ」

 頭髪の薄くなった轡口くつわぐち部長から給与明細と給料が入った封筒を渡された。税金や保険、年金を差し引かれて16万8692円。それが俺の初任給だった。同僚の濯谷すすぎたにとがっちり握手を交わした。春から、浮腫足むくみあしコーポレーションに入社して初めて手にしたカネ。キュウリを貰ったのだ。いや、キュウリなど要らない。俺はカブトムシじゃない、給料を貰ったのである。事務員の毛蟹沢けがにざわも満面の笑みで祝福してくれる。ってさっきから登場人物の苗字がややこしいな、スッと頭に入ってこんわ、馬鹿たれが。

 そんなわけで俺は浮足立ってよそ見をしながら歩いていたのである。家では母が待っている。早く給料を渡したい。俺はスキップをしながら駅へと向かった。へっ、スキップすると2倍の速度で進む事が出来るな。でも2倍の体力を消耗するんだよな。フツーに歩いた方がいいのかな、ま、どっちでもいいや。って考えているとコンビニの前でたむろしている3人組の連中に出くわした。

「うわ、やべっ、ヤンキーだ」

 ふっ、舐められちゃあ困るな、喧嘩上等だ! もちろん俺は歌舞伎役者のように鋭い視線でキッと睨み返した。というわけにはいかず俺はマムシのように気配を消して、そーっとコンビニの前を通り過ぎようとすれば3人組が声をかけてくる。

「おい、そこのくねくねしてるヤツ!」

「ほへ? お、俺の事っすか?」

「そうだよ、お前だよ、お前、カネ持ってねーか?」

「ふへ? あ、いや、カネなんて1円も持って…」

「おいコラ、ワレ、舐めとったらあかんど、ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯に詰まった食べカス綺麗に掃除したろかい! ってちょっと優しいな。じゃっかぁしいわい、ガタガタぬかしやがって、はよカネ出さんかい! ん? そのクマ柄のバッグが怪しいな、お前そのクマ柄のバッグの中身見せてみろよ」

「ふぬへ? お、俺、カネなんて持ってませんよ、クマ柄のバッグの中に16万なんて入ってませ… あ、しまった…」

「へっ、なんだよ、お前、16万も持ってんのかよ、じゃ、10万よこせよ」

「あ、やめてください、はうあああ」

 3人組の男に囲まれて腹に重いパンチを打ち込まれ10万円をカツアゲされた。ああ、なんてこった。せっかくの給料日なのに最悪じゃねーか。俺はしょんぼりしながら駅までの道をとぼとぼ歩いた。

 駅前では募金箱を持った若い女性が大きな声を出して通行人に呼びかけている。募金箱には「恵まれないアルマジロに愛の手を」と書かれていた。小さい頃の自分の姿とアルマジロの姿を重ねてみると涙が溢れてきた。そういえば俺も小さい頃はアルマジロみたいに固い殻に閉じこもっていたもんなぁ…。

 気が付けば涙をぬぐいながら募金箱に2万円を放り込んでいた。それから電車に乗り込んだ。電車の中で給料袋の中身を見ると4万8692円になっていたのである。

 地元の駅に着くと川沿いの曲がりくねった道を歩いた。なんだよ、せっかくの給料日なのに4万8692円しかねーじゃんかよ、こんなのお金をドブに捨てるようなもんじゃねーかよ、クソったれ。俺はやけになって4万円をドブ川に投げ捨てた。4枚の1万円札はひらひらと桜のように舞い川面に吸い込まれていった。そして母が待つ我が家の玄関を勢いよく開けた。

「ただいま、給料日だよ!」

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