第13話・勝利

 最後の最後に、ずっと泣きわめいていたロボット王のコードが引き抜かれ、広場に静寂がおとずれました。そしてその直後に、人間たちの勝利の雄たけびが上がりました。ロボット王の沈黙は、人間がロボット帝国に完全勝利したことを意味しているのです。人々はその歴史的な偉業に酔いしれました。

「やったぞ!」

「人間は勝った!」

「ついにロボットたちの支配から開放されたんだ!」

 うおー、という、ものすごい歓声がしばらくつづきました。それは、山々の枯れ枝を振るわすほどのものでした。無理もありません。これまで人間は、どれだけロボットの無慈悲な扱いに苦しめられてきたことでしょう。喜びが爆発するのは当然のことなのです。

 しかし、いつまでも大騒ぎをしているわけにはいきません。ひとしきり喜びあうと、人間たちは次の大切な作業にうつりました。太陽の片割れを装てんした巨大な大砲に縄を巻きつけ、力を合わせて砲身を立たせるのです。

 それは、そこにいた全員がこん身の力をふりしぼらなければならないほどの、大変な作業でした。しかし、その大仕事に挑む人々の目には希望の光がきらめき、肉体にはすばらしい力がみなぎりました。誰も出し惜しみをする者などいません。

「オー、エス!オー、エス!」

 みんなで声を合わせると、砲身はゆっくりと立ち上がりました。

「よーし、照準ぴったしだ」

 人々は、大砲の指す方向を見上げました。砲口はまっすぐに空の太陽に向けられています。彼らの心をよぎるのは、勝利の旗印を見上げる感慨無量の想いでした。

 そのとき、広場のすみにふたつの人影が現れました。タケル少年と、パル博士です。

「パル博士だ!よくぞご無事で!」

 人々は彼女を中心に歓喜の輪をつくり、この勝利の女神を祝福しました。

 タケルのまわりにも輪ができました。

「みんな。このタケルくんが、私たち人間の新しい未来をつくったのよ」

「おおーっ!」

「我々の英雄だ!」

 考えてもみてください。この作戦は、タケルの思いがけないあのひと言にひらめきがあったのです。ほら、パル博士に、逆転の発想、と言わしめた、あのひと言です。重いエネルギー源はロボットたちに運んでもらえばいい、という。

「この小さな勇者に、賞賛の拍手を!」

 ちょびひげの隊長がタケルの小さなからだをみんなの前にかかげると、少年は人々の笑顔にもみくちゃにされました。そして握手と祝福のキッスを求められ、あげくに大砲の導火線とたいまつを持たされました。

「さあ、勝利の花火に、きみが火をつけるんだ。どかんと景気よく打ち上げてくれよ」

 いっせいに歓声が上がりました。タケルは戸惑いながらも、誇らしげに目を輝かせました。

「さ、点火して。タケルくん」

「うん」

 パルにうながされ、タケルは大砲の砲底から伸びる導火線に、たいまつの炎で点火しました。

 火は導火線をチリチリと焼いて進み、ゆっくりと砲底に這い入っていきます。すると突然、ドカン、という、大地を揺るがすものすごい音がとどろき渡りました。今まで「エネルギー源」と呼ばれてきた太陽の片割れが、大空に打ち上げられたのです。

 空には、さびしく浮かぶ半球の太陽が、雲間からちらちらと地上の出来事をのぞいていました。しかし自分の失われた半身がこちらに向かってくるとわかると、我が身を隠していた雲をこじ開け、刃を入れられたまんまるの切り口をさらしました。

 打ち上げられた地上の太陽は、炎のかけらをほうき星の尾のように散らせながら、天高くのぼりました。もう落ちてなるものか、という気をみなぎらせて。その身は、まっすぐに空の太陽へと向かっていきます。

 そして空の太陽と地上の太陽のふたりは、お互いの手が届く距離まで近づくと、切り口同志をしっかりと合わせて、ついに思いきり抱きあいました。凹と凸とがピッタリとかみあった、すばらしい抱擁です。すると、なんということでしょう。今まで空一面をおおっていた厚い雲が見る見る退散し、見たこともないような青空がひろがったのです。

 地上でも、劇的な景色がひろがりだしました。草はメキメキと背を伸ばし、堅いつぼみを割って、美しい花を一帯に咲かせました。どこに隠れていたのか、鳥たちが歌声を取り戻しました。リスが枝を駆け、ヘビが地を這い、昆虫がうごめき、大地は生命の気配に満たされました。

 そして人間は、まぶしい陽光を額にあびようと、長い間きゅうくつに曲がっていた背骨を伸ばしました。深呼吸をして、まんまるの太陽の暖かさと、柔らかい春のにおいを楽しみました。それは、深く深く遺伝子にまで浸透していくようでした。

「これが世界じゃよ」

 背中から聞こえたその声を、タケルは一瞬まぼろしかと思いました。しかしその声はまぎれもなく、優しいぬくもりと重い尊厳に満ちた、大好きなじいじの声でした。

「じいじ!」

 振り返ると、じいじは両脇を男たちに抱えられて立っていました。

「たいした活躍じゃったな、タケルよ。でかしたぞ」

 じいじはいつものおだやかな笑顔を見せ、タケルをゆっくりと、そして力強く抱きしめました。

「無事だったんだね?」

「ロボット兵に襲われる寸前に、地下通路に逃げこむことができたんじゃ」

 長く長く抱きあった後、じいじはタケルの顔をじっと見つめました。

「立派な戦士の顔じゃ」

 タケルはちょっと照れて、そして胸を張りました。

 じいじは、しかし次の瞬間、けわしい表情になりました。

 明るい陽のさす広場では、みな浮かれ、おどったり歌ったりして、抑圧からの解放を喜びあっていました。ついにロボットを倒し、太陽を奪い返したのです。無理もないことです。しかしじいじは、人々にしゅん厳な態度を向けました。

「みなのもの、よく聞くのじゃ」

 その重々しい声に、人々は動きを止めました。そして尊敬する長老の話を聞こうと、そのまわりに集まりはじめました。

 じいじは、人々のさんざめきがおさまると、ようやく言葉をつぎました。

「我々はロボットとの決戦に勝利し、自由を勝ち得た。しかし、決して忘れてはならんことがある。それは」

 じいじはまぶしそうに大空を見やりました。今や完全なまんまるの球となった太陽が、思いきり笑顔をひらいて、思う存分に熱と光とを振りまいています。

「それは、かつて人間が太陽を切り刻んだという事実じゃ」

 どよめきが起きました。人々の表情に、まるで矢に射抜かれたかのような動揺が走りました。

「ち、長老さま、それはいったい・・・」

「人間はロボットをつくり、太陽を刻んで地上に運び、あげくに仲間内で殺しあって滅んでいったんじゃ。すべては人間の身から出たサビにすぎん。ロボットによる抑圧は、人間が自ら招いた苦しみだったのじゃ」

 人々は複雑な表情を見せました。

「人間が人間を殺すためにつくられたロボットという存在は、本当にあわれな存在じゃった。そして人間の都合だけで切り刻まれた太陽も同様にな」

「そうだったのね・・・」

 パルが、ロボット王のむくろを見て、悲しげな目をしました。タケルは太陽を見ました。みんなが犠牲者だったのです。

「人間はおろかじゃ。だからこそ、自分たちがおろかであることを忘れてはならぬ」

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