第8話・決戦
とある山のふところに、人間の秘密基地は築かれています。そこはロボットからは見えないように、山かげに巧妙に隠されていました。
中心の広場には、ついに完成した巨大な大砲が横たえられています。まるで倒れた巨塔のようです。準備は万端。あとは時を待つのみです。
そのすぐわきに、タケルとパルがふたりきり立っています。ふたりは、自らおとり役への志願を申し出たのです。この作戦にはどうしても男手が必要でした。そのために、おとりになるのはパルとタケルきりしかいなかったのです。ふたりは率先して立ち上がり、みんなの意気をふるい立たせました。そのときのふたりの行動は、大変な勇気と言っていいでしょう。
タケルは瞳をらんらんと光らせて、逃げる意志などみじんもないことをパルに知らしめました。走ることにかけては誰にも負けない自信があります。その表情には、闘志がみなぎっています。実際、パルはタケルの顔を見て、本当に頼もしく感じました。
静けさがその場を支配していました。と、思うと、突如として、広場を見下ろす山の稜線の向こうに、もうもうとした土ぼこりが上がりだしました。それと同時に、地鳴りのような恐ろしい音と、大地をも揺るがす振動がはじまりました。
ず、ず、ず、ず,ず・・・ど、ど、ど、ど、ど・・・
「きたわ・・・用意はいいわね?」
パルが、隣にいるタケルに目くばせで合図を送りました。少年は力強くうなずきました。
「あたりまえだいっ」
パルは一瞬ほほえみを浮かべ、タケルを安心させました。しかしすぐに、彼女の口元は引きしまりました。
「じゃ、みんな。あとのことは頼んだわよ」
パルが広場の四方に視線を走らせると、人間たちは、それぞれに掘った穴から鼻先を出してうなずき、ふたりの無事を祈りました。
「きたっ!」
誰かが叫び、みないっせいに穴の奥に隠れました。その直後に、尾根に小さな人影がおどり出てきました。ちょびひげの隊長です。でっぷりとしたお腹を揺らしながら、必死に尾根を駆け下りてきます。つづいて、入道雲のように盛り上がる土ぼこりに追われて、人間の戦士たちが次々と姿を現しました。
2人、3人、5人・・・それが7人を数えたとたんです。恐るべき光景が視界いっぱいに展開されました。南北に長々と連なる小高い山の稜線を埋めつくすほどのロボット軍が、人間らを追って広場に押し寄せてきたのです。それはすさまじい数でした。ロボット兵の大群は、お尻から突き出た太いコードをそれぞれに引きずって、ものすごい地響きとともに、こちらに迫ってきます。
ようやく隊長たち先けん隊は、広場の中央にたどり着きました。みな、息も絶え絶えですが、7人ともなんとか無傷で走り通せたようです。
パルが、地面に寝かされた巨大な大砲の影からそっと顔を出し、ひそひそ声で勇敢な戦士たちをねぎらいました。
「隊長、そしてみんな。お見事な走りっぷりだったわ」
誰もがへとへとでしたが、自分の責任をまっとうして、笑顔を輝かせました。
「はい。あとはまかせました。幸運を祈りますよ、パル博士!」
隊長と戦士たちは、広場にあらかじめゆわえつけてあった気球に飛び乗りました。疲れ果てた足をなんとか乗り組み用のカゴの中に引っぱりこんで、荒い息をつきます。そしてパルとタケルに向かって親指を立てて見せました。
「グッドラック!」
しかし悠長なことをしているひまはありません。ロボット兵たちはものすごい勢いで、憎い人間たちが乗りこんだ気球を追いつめてきます。
「い、急げ!」
隊長が声をかけると、カゴの中の戦士たちはあわててナイフを取り出しました。自分たちの乗った気球を地面に固定している縄を切るためです。しかし縄がことのほか丈夫で、なかなか切れません。
「まずい。急ぐんだ。やつらがすぐそこまできてるぞ!」
ロボット軍は巨大な津波のように押し寄せて、今にも気球を飲みこみそうでした。それでもまだ縄は切れません。
「早くっ!」
あせる人間たちを目前に、ロボット兵たちは勝ち誇ったように目のレッドランプを光らせました。その鉄の手は、もうカゴに届きそうです。とても間にあいません。隊長は覚悟を決め、十字を切りました。
「神よっ・・・」
絶体絶命。一巻の終わりかに見えた、しかしそのときです。世にも奇妙なことが起きました。突然、鋼鉄の軍団の前進が止まったのです。止まったというよりも、なにか大きな力によって止められた、と言いあらわすべきでしょうか。目に見えないアミに引っかかりでもしたかのように、ロボット兵たちは勝手につんのめり、次々にすってんころりんと転びはじめました。不思議なことに、気球のわずか数フィート手前で、ロボット兵たちはひとり残らずその場にこてんと転がり、次から次へと折り重なって倒れこんでいくのです。そうして、じたばたするばかりです。まるで、後ろからなにか大きなものに引っぱられているみたいです。
「そうか!お尻のコードだ!」
大砲の影に隠れていたタケルは、パルをどんぐり眼で見つめました。
「計算通りね、ふふっ」
パル「博士」は、いたずらっぽく微笑みました。
そうです。ロボット要塞から伸びたロボット兵たちのお尻の太いコードは、ちょうど気球の手前で長さが終わっていたのです。ロボット兵たちは、その張りつめたコードにお尻を引っぱられて、つんのめって転んでしまうのです。その長さを計算した上での、パル博士の見事な作戦でした。
気球を地面に固定していた縄がやっと切れ、7人の勇者たちの乗りこんだカゴが大地から離れました。地上への束縛を振り切った気球は、ふわりと空中へ舞い上がり、気ままを楽しむかのように大空の散歩に出かけました。それは実に愉快な光景でした。コードに自由を制限されたロボットと、縄から解き放たれた人間との対比は、その場面を穴の底から隠し見ている人間たちに、どれだけの希望を与えたことでしょう。
そのときです。めりめりっ、という気味の悪い音が、はるか何マイルも彼方で鳴り響きました。それは大きな切り株が地面から引っぱがされたような、そんな音でした。いったいなにが起こったというのでしょう?なにかこれ以上に恐ろしいことがはじまるとでもいうのでしょうか。
その想像はあたったようです。その遠くの音を合図にしたかのように、ロボット兵たちは再び自由自在に歩きまわりはじめたのです。さっきまでお尻のコードを引っぱられて動けなかったのがウソのように、自由な行動範囲が与えられました。それはまるで、彼らをつないでいた鎖が切れたかのようでした。
「しまった。コードが切れてしまったんだ。だからロボットたちは自由に動けるように・・・」
「それはちがうわ、タケルくん。コードが切れたら、エネルギーの供給がストップし、ロボットは動けなくなってしまうはずよ」
「だったらなぜ・・・?」
そうか、と、タケルははたと思いつきました。またしてもパル博士の計算通りだったのです。どこまで頭のよい女のひとなのでしょう。
その理由はともかく、ロボット兵たちには動きまわれる距離の制限がなくなったのです。それはつまり、ふたたび人間たちに危機がおとずれたことを意味しました。
転んでいたロボット兵たちは再び自由を得て、それぞれに立ち上がりはじめました。そして勢いこんで、隊長たちの乗った気球の下に押し寄せてきます。しかし間一髪、気球は大地を離れた後でした。なのでロボット兵たちは、手の届かない空に向かってピョンピョン飛びはねては、じだんだを踏んで悔しがるしかありませんでした。
「あっかんべ~」
隊長は空の上で高笑いをしています。他の戦士たちも、ロボットたちを見下ろして笑いあいました。
それにしても、いったいなにが起こったというのでしょうか?
横たわった大砲の裏で、パルとタケルはほくそ笑みました。
「やったわ!」
「すごいや、パル博士」
タケルが誉めると、女策士は得意な顔をして言いました。
「あんまり大勢のロボット兵が、たくさんのコードでエネルギー源を引っぱったために、エネルギー源の方が要塞から引っぱり出されてしまったのよ」
「じゃ、作戦は成功なんだね?」
「そうね。でも本番はこれからよ。用意はいい?タケルくん」
「いつでもオッケーさ」
ふたりはうなずきあうと、息を合わせて、いきなり大砲の砲身の影から身をおどらせました。なんとあの大勢のロボット軍に、生身で向かいあったのです。その行為は、いかにも無謀に見えました。
「ばあ~。へへーだ」
驚いたことに、タケルは自分のお尻を叩いて挑発をはじめました。しかもさらにパルまでもが、ロボット兵の大群に向かって大声で呼びかけました。
「こっちよ、おまぬけなロボットさんたち!」
風船をつかもうとする子供のように大空に向かって腕を振り上げていたロボットたちは、その声に気がつき、いっせいに光る目をパルとタケルの方に向けました。
「今度はぼくらが相手だい。くやしかったらつかまえてみなー!」
「鬼ごっこよ。それっ!」
ふたりはさっと身をひるがえすと、大砲のあんぐりと開いた筒口の中に駆けこみました。そこはまるで巨大なトンネルのようです。
「あっ、あの女!要塞に忍びこんだ反逆者たちの親玉ではないか。あいつを追え!」
ロボット将軍が叫ぶと、ロボット兵たちはみな一直線に筒口に殺到しました。ふたりの人間を追って、大砲のトンネルの中へと次々となだれこんでいきます。ふたりをつかまえて八つ裂きにする勢いです。
「へんっ、つかまるもんか」
「タケルくん、早く!」
パルとタケルは、大砲の砲身の中を一気に駆け抜けました。そして、砲弾をこめるお尻の部分に新しくつくった出口から、外に飛び出しました。大砲のはしからはしまで、通り抜けたわけです。
大砲の口に飛びこんだロボット兵たちも、砲身の中でひしめきあいながら、憎たらしい人間を追いかけました。そして次から次へと、砲底にうがたれた出口から外に飛び出していきます。真っ暗闇のトンネルを通り抜けて、めくらむような明るさの広場にふたたび出ると、ふたりの人間は原っぱをひろびろと横切って、遠くへ走り去っていくところでした。
「いたぞ!あそこだ!」
人間ふたりとロボット軍との、壮大な鬼ごっこがはじまりました。
パルとタケルは、広場を抜け、人間の村とは反対側の山を登り、尾根を越えて、岩場を駆けくだり、はるかな荒野へと走りました。
ロボット兵たちも続々とトンネルを抜け出し、ふたりの後を追います。どのロボットもいきり立ち、目のランプをまっ赤に染めあげています。胸の中のピストンがフル回転して、出力を猛烈に上げているのです。すべて、後ろにコードでつながったエネルギー源から得ている力です。そして、そのエネルギー源が大地から引っぱがされた今、ロボットたちはきっとどこまでも追いかけてくるはずです。
「ふはは、我々は疲れ知らずだ。どこまで逃げられるかな?」
ロボット将軍には勝算がありました。たしかに、人間がロボットに鬼ごっこでかなうわけがありません。人間は、いつか疲れてしまうからです。いったいどこまで逃げれば、安全になるというのでしょうか?そしてもしもつかまったら、ふたりはどうなることでしょう。
「ふたりとも・・・がんばってくれ・・・」
轟音が遠ざかる中、広場で隠れていたひとりのひとがつぶやきました。それを合図に、人間たちは次々と穴から顔をのぞかせました。
「どうか生きて帰ってきてくれ・・・」
誰からともなく、祈りはじめました。そこにいるすべての人々が、パル博士とタケル少年の無事を心から祈りました。
やがて、追い駆けっこの集団が見えなくなり、大地を揺るがす鉄の足音が山の向こうへと消え入りました。そこには砂嵐が行き過ぎたかのように、もくもくと土ぼこりの煙幕が立ちこめていました。それを北風が一掃し、ようやく視界があざやかになりました。
隠れていた人間たちは地面から這い出し、そこに残された光景を見て、作戦が上々に進んでいることを実感しました。
「パル博士・・・たいしたものだ・・・」
そこには、巨大な大砲の砲身をつらぬくロボット兵たちのコードの束があったのです。
ずり、ずり、ずり、ずりずりずり・・・
それはうごめくミミズの群れのように、今なおトンネルをくぐって進みつづけていました。よどみなく飲みこまれ、束ねられ、吐き出されていく、数えきれないほどのコード。それはちょうど、広域から流れこんだたくさんの水脈が橋の下で合わさって、一本に流れをまとめた大河のようでした。その大河が、人間の未来を運ぼうとしていました。
「なにをもたもたしとるのだ!すぐにあれがやってくるぞ!次の段階の準備だ」
その号令は、ゆっくりと空から地上に舞い降りてくる気球から聞こえました。それはちょびひげの隊長でした。
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