第3話・戦い

 タケルは興味しんしんで、じいじの話に聞き入りました。じいじの語り口には強い力があり、聞けば聞くほど、それが本当のことのように思われてしかたがありません。

 そのときです。突然、外でもの音が聞こえました。かと思うと、とびらが勢いよく開いて、ふたつの人影があばら屋に飛びこんできました。

「はあ、はあ・・・くそっ。だめですっ、失敗しました・・・」

 入ってきた男が、息せき切って言いました。もうひとりの肩にすがりつくように身を預けています。

「ううっ、無念だっ・・・」

 彼は、ひたいと足に深い痛手を負っている様子です。いったいなにがあったというのでしょうか?

「もうすぐロボット軍が私たちをさがしにくるわ。長老さま、どうすれば・・・」

 タケルは、けがをした男を抱きかかえているひとを見て、あっと声を上げました。それは若くて美しい女性だったからです。

 振り向いてじいじを見ると、今までに見せたことのないようなけわしい表情を、そのシワだらけの顔に浮かべていました。まるで、にがい薬をのんだときのようです。そうしてしばらく考えこんでいたじいじは、やがてタケルに向き直りました。そして、感情をおさえたおだやかな、しかし心の底に響くしっかりした声で言いました。

「タケルよ、このふたりはパルとチザンといって、わしとともにロボット軍と戦っている勇かんな戦士じゃ」

「戦う!?た、戦うって、あの強いロボット軍と!?」

 タケルは耳を疑いました。あんなに頑丈でかしこいロボットたちを相手に、弱い人間が戦うなどとは、とても勝ち目がないように思われたのです。優しいじいじがそんな恐ろしいことを考えていようとは、タケルには思いもよりませんでした。そもそも、その頃の人間には、ロボットに刃向かうなどという発想じたいが許されないことだったのです。

 しかしじいじは、き然とした態度で若者たちに命令をくだしました。いったいじいじは何者なのでしょうか?このしわくちゃの老人の一言で、その場の空気がピンと張りつめるのが、子供のタケルにもわかりました。

「パルよ。この者たちと、すぐに裏山の向こうの秘密基地に隠れるのじゃ。あそこならロボット兵の手が届くことはない」

「は、はい。長老さま」

 美しい女性が応じました。

 ロボットたちは、ロボット要塞の中にあるエネルギー源から、竹筒ほどもある太いコードでつながれているのです。そこからのエネルギー供給がなければ、いくら強いロボット兵といえども、たちまち動けなくなってしまうのです。そして、そのコードの長さの届かないところに、人間たちは秘密基地をつくったのでした。じいじの言う、ロボット兵の手が届かない、とは、言葉通りに「届かない」という意味なのです。

 じいじはタケルに向き直って言いました。その瞳の奥には、普段のおだやかな表情からは想像もつかない強い光が宿っていました。

「タケルよ。おまえも一人前の戦士として戦うときがきたようじゃ。わしはここに残って時間をかせぐ。タケルはパルとともに、けがをしたチザンを秘密基地に連れていっておくれ」

 じいじは視線で、パルと呼ばれた若い女性を示しました。タケルがそちらのほうを向くと、パルは少年に決意をうながすようにうなずいていました。

 タケルはまだ、その秘密基地とやらに行ったことがありませんでした。しかし、自分をまっすぐに見つめるパルとじいじの瞳に、並々ならぬ覚悟を感じ取り、ついに決心しました。

「わかったよ、じいじ」

 大きくうなずいて見せます。なんと頼もしい態度でしょう。

「うむ。それでこそ、男じゃ」

 タケルはチザンという男の腕を肩にかつぎました。そして振り向いて、じいじと目を交わします。

「たのんだぞ、タケルや」

「うんっ」

 少年は力強くうなずきます。その小さな戦士を見るじいじの顔はけわしいままでしたが、なんともいえない愛に満ちていました。

 タケルは、パルとともにすみかを出て、急いで裏山に向かいました。

「大丈夫?タケルくん」

 美しい女性戦士パルが、心配そうに声をかけてくれます。タケルはその心づかいにほんの少し、小さな頃に死んだ母親の面影を見ていました。

「平気さ、これくらい」

 タケルは歯を食いしばりました。チザンのきたえ上げたからだはみっしりと重く、体重を預けられた幼い背骨はメキメキと音を立ててきしみます。しかし人間の戦士のたくましい筋肉に触れ、タケルはその肌の底を流れる血しおと、生命のぬくもりを感じ取っていました。ロボットには決して感じることのできない体温です。そうか、と、さっきじいじから聞かされた話を思い出しました。

(触れあって心地よい温かみ・・・)

 たしかに、それは人間同士だからこそ感じあえるものです。その中にタケルはおぼろげに、仲間意識のようなものを見いだしていました。人間は、おたがいに助けあう生きものなのです。そここそが、人間のとうとさなのです。

 そのとき、後方で大きな音がひびき渡りました。

 ドーン!

「じいじっ!」

 タケルが振り返ると、今まで自分がいた家(ぼろぼろのあばら屋ではあるけれど、思い出深い家)から、巨大な火柱が上がっていました。暗闇の中で、天幕や、屋根がわりに空をおおっていたカヤなどが炎に巻かれて、あたり一面に飛び散りました。

 そのかたわらでは、三体のロボット兵が、やりたい放題に破壊のかぎりをつくしていました。彼らのお尻へと長く伸びたコードには、帝国のエネルギー源から強力なエネルギーが送られています。するとロボット兵は、驚くべき力を発揮するのです。

「じいじ・・・じいじーっ!」

 思わず叫んだそのタケルの口は、しかし何者かの手によって押さえふさがれました。それはパルの手でした。

「今行ったら、あなたもやられるわ。長老さまならきっと大丈夫よ。あなたも戦士なら、もっと先の大きな目的を・・・『大義』を見すえなさい」

「じいじ・・・」

 タケルの瞳には、赤々と燃える炎に照らし出されるロボット兵の、不気味に光る目が、強く焼きつけられました。

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