第二章 佐伯怜香   (五十六)

「怜香さん、この名前は・・」

「いけませんか?」

「いけないと言うことはないのよ。ただ、相性があまり良くないと思うわ・・」と理恵が言った。

「でも、私、気に入っているんです。どうしても、この名前をつけたいんです。理恵さんなら知恵を絞ってくれますよね」

「ええ、それは構わないけど・・。怜香さん、まだ生まれてもいないのよ?そんなに急がなくてもいいんじゃんない?」

「いえ、準備は完璧にしておきたいんです」

「相変わらずね。そこは怜香嬢と言われていた当時のままということね」

「ええ、そうです」

「分かったわ。取りあえず、この話はいったん持って帰ります。ゆっくり吟味して良い方向になるように考えてみるわ」

「嬉しい、お願いします。理恵さん」


 孝一と直美がいなくなった部屋で怜香が理恵に話したのは、子どもが出来たという報告だった。それ自体は大変喜ばしいことで理恵は心から祝福した。

 が、次に怜香の口から出たのは生まれてくる子どもの名前だった。怜香には心に決めた名前があり・・。

 男女、どちらにも使えると考えているようだった。だが、それはまだ生まれてはいないことなので・・。

 理恵は即答を避けたのだ。

 なぜなら怜香が望む子どもの名前に、理恵は手放しで喜べなかった。だから怜香の気が変わることを願って、理恵はもう一度念おしの提案をした。


「ねぇ、怜香さん。今から言うのはあくまでも一般論よ。結婚にしろ、出産にしろ、お目出度いことは、あまり早くから用意するより、ギリギリがいいと言われているから。だからどうかしら?生まれてくる赤ちゃんが、女の子か男の子か分かってから。生まれてから・・でどうかしら。それまで時間をくれないから?」

 理恵は怜香が気を悪くしないように言葉を選びながら話した。


「分かりました。でも、どうしても私、この名前をつけたいんです。孝一さんとも話し合って二人で決めたんです。だから理恵さん、良い方に転ぶようにお願いします」

 どうやら怜香の意思は固そうだ。

 理恵は心の中で深いため息を吐きながら、顔は笑顔でこたえていた。

 不意に、一瞬冷たい風が理恵の頬を切るようにスーっと素早く通り過ぎたように感じた。

 確かに和作りの古い家だが、さっきまでは寒さなど感じなかった。


―なに、この感覚・・―

 理恵は、一瞬寒気とも悪寒とも言えない・・冷たさを背筋に感じて身震いした。


「どうしたんですか?理恵さん」

「えっ、あっ、ごめんなさい。今、冷たい風が吹いたような気がして・・」

「あら?」

 怜香が立ち上がり障子を開けた。

「あら、いやだ、少しだけ開いているわ・・」

 怜香はそう言うと素早く縁側に出てほんの少し開いていたガラス戸を閉めた。


「三月終わりですけど、まだちょっと風は冷たいから・・」

 ガラス戸を閉めた怜香は、朗らかに笑いながら振り返った。


―さっきの風は、ただ単に、外の風だったのね・・―

 そう思うと理恵の気持ちはほっと和んだ。どうやら自分は、考えすぎていたようだと、自分の不安な考えが恥ずかしくなった。


「ええ、そうね。まだほんの少し寒く感じるわね。怜香さん、身体を冷やさないようにね。もう一人の身体じゃないんですから」

「はい、気をつけます」

「でも、孝一さん。喜んだでしょう。大女将も・・・」

「ええ、二人とも大興奮でした。孝一さんなんて、喜びすぎてこの部屋から飛び出して、お義母さんに報告に行くとき、すっ転んだんです。だから、そのままの格好でツゥーと廊下を滑っていたんですよ」

「あら、それは大変!」


〝ふふっ〟と、幸せそうに笑う怜香の嬉しそうな笑顔と、場の空気の明るさが戻ったことで、理恵はさっき感じたことは、自分の勘違いだと・・。この時、理恵は自分の頬を冷たく通った風のことなど、生まれてくる小さな命の楽しさに、すぐに忘れてしまっていた。




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…名前の一字目に 『さ』 の文字があるあなたへ、


…あなたが幸せになる為への「ひと言アドバイス」 …


☆束縛を嫌い、自分の好きなことをして結果を出すことができるあなたに必要なこと、それは周りの人への感謝。自分の好きが出来るのは、周りの協力があるからこそと、感謝を言葉にして「ありがとう」が言える自分であることが大事☆ 

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