第二章 佐伯怜香   (五十一)

「私、もう何処にも行くところがないんです。なんでもします。だからお願いです。怜香さん、私をここにおいてください。」

「牧原さん・・」

 怜香と孝一の部屋に通された直美が部屋に入るなり両手をつき、額を畳みに押しつけている。怜香は困っているようだ。


 無理もない。・・と、その様子をみた理恵は思った。

 一楽の若女将とはいっても怜香はまだまだ大女将から教えを請う立場だ。実権などあろうはずがないし、まして直美を雇うとなれば、これまでのことをどう説明するか。それも怜香にとっては重要な問題だ。


「ね、怜香さん。ヤヤちゃんが可哀想だよ。おいてあげようよ。母さんには僕が話すよ」と孝一が真剣な顔を怜香に向けて言った。

「でも、そうなれば・・、お金のことも話さないといけないわ」と、怜香が困ったよう孝一に言うと、「構わないよ、僕が働いて返すから」と孝一はきっぱり言い切って怜香ににこにこと笑顔を見せている。

 その言葉を聞いた直美が涙目になって「孝ちゃん・・」と言ったきり、両手で口を押さえた。


「心配いらないよ!ヤヤちゃん。ヤヤちゃんがいてくれたから僕は怜香さんと結婚出来たんだ。諦めるな・・って、ヤヤちゃんが言ってくれたから、励ましてくれたから。だからここにいればいいよ、ヤヤちゃん」

「孝ちゃん・・。ありがとう」

 直美は、ホロホロと涙を流しながら孝一に向けて感謝の言葉を言っている。その横で怜香が諦めたようにため息をつき、理恵に苦笑してみせた。それから直美を見て、孝一を見ると・・。

 怜香は笑顔で孝一に話しかけた。


「仕方がないわね。あなた一人を悪者にする訳にはいかないわ。二人で、お母さんに今から話にいきましょう。」

 怜香の顔にもう迷いはないと理恵は思った。

「怜香さん、ありがとう。僕、嬉しいよ」

 孝一は飛び上がらんばかりに喜んだ。

「あら、誓ったじゃない、みんなの前で。どんな困難があっても二人で乗り越えて行きますって。だからこれは二人の問題よ」

「うん、そうだね。二人で頑張ろうね」

 孝一の嬉しそうな顔と無邪気なこたえに、理恵は吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。


「ええ、頑張りましょう。孝一さんと二人なら、私はなにも怖くないし、なんでも出来るわ」

「僕だって、怜香さんと二人ならなんでも出来るよ」

「分かったわ。じゃ、今からお母さんのところに二人で行きましょう」

「うん。分かった、行こう」

「ええ」


「あのぉー・・、私は、どうしたらぁー」と直美がおずおずと怜香に聞いた。

「ああぁ、牧原さんは理恵さんとここにいて、話が済むまでここにいてくれる」

「心配いらないから、ヤヤちゃんは、ここで待ってて」

「理恵さん、すみませんが話が済むまで牧原さんと一緒にいてくださいませんか。お願いします」

「ええ、それはいいけど…」とこたえながら理恵は、怜香は孝一と結婚して本当に幸せなのだと思った。


「じゃ、お願いします。孝一さん、行くわよ」

「うん、行こう」

 二人が手を繋いで真剣な顔で見合わせると、決心したように固くうなずき合い、バタバタと襖を閉めて部屋を出て行くと、理恵と直美は部屋に取り残された。


 そして、怜香の幸せを目の前で見て安心したのだが、急に静かになった部屋の空気に理恵は、なんだかひどく部外者が味わう疎外感のようなものを感じはじめて、少し寂しいような気がしだいしていた。

 そんな気まずさに直美が理恵に気を遣ったのだろう。


「なんかぁー、怜香さん。変わりましたね」

 直美が、頬の涙を手で乱暴に拭いながら泣き笑いの笑顔で理恵に話しかけてきた。

「ええ、そうね」と理恵が静かにこたえる。

「それに・・、ラブラブだし、ふたりとも・・」

「ええ、素敵でしょ?」

 理恵の笑顔に直美は大きく頷いて、幸せそうな笑顔を向けていた。が、どこか怯えた光がチラチラと見え隠れする瞳の奥が気になる。

 だか、理恵にはどうしてやることも出来ない。ただ祈るだけだ。二人の説得が上手くいくようにと・・。


―さて、一楽の大女将は、この因縁ある女性を何とするのだろうか・・―

 直美の泣き笑いの笑顔を見ながら理恵は、少しでも直美の緊張がほぐれればと思い・・、柔らかく笑い返しすのだった。




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…名前の一字目に 『お』 の文字があるあなたへ、


…あなたが幸せになる為への「ひと言アドバイス」 …


☆誠実なあなたは、信頼出来る関係を何よりも大切にする人。だから、焦らず(周りに流されず)、じっくりと人間関係(信頼関係)を築くとこが大事☆




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