第一章 其山怜香 (三十二)
一楽の女将の頼み事を承諾した翌週日曜の午後、怜香は孝一の叔父であり、怜香の上司である課長が運転する車で直美が住む町へとやって来ていた。
車は直美が住むテラスハウス前の大きな道路に停車した。
「其山くん、すまないね、僕はここで待っているよ。」
「はい、課長」
怜香は課長の言葉に応えると、車の後部座席から牧原直美に渡す慰謝料の入ったカバンを持って出た。
怜香はパタンと車のドアを閉め歩道に降り立ち前を向く。
手前左側にゴミ置き場があり、その直ぐ奥が駐車場8台分と自転車置き場、そして直美が暮らすクリーム色の二階建てテラスハウスが細長く続く、全戸8室だと聞いている。
怜香は、昨日理恵に言われたことを思い出す。
―今日、ここへ来たのは勿論一楽の女将から頼まれたことだけど、私自身のためでもあるわ。ー
怜香は覚悟を決めて歩き出した。
直美の部屋は一番奥の2階、205号室だ。
怜香は長細い駐車場の前を通り、自転車置き場の前を通り、ここからが建物敷地内ですよというように一枚ずつ微妙に色の違う小さな長方形の煉瓦が引かれた通路直ぐの角部屋、南向きベランダの前を歩く。
都心から電車でなら1時間弱、直美の住むこの辺りは昔からの家並みと、空を大きく遮る背の高い建物ものがない分日当たりは良さそうだ。
怜香は一つ目の階段前を通り過ぎた。そして、二つ目の階段・・、直美の部屋に繫がる階段をあがり始める。
グレーに塗装された階段をゆっくりと一段ずつのぼる。怜香の細いヒールの先が階段をカンカンと鳴らして乾いた音があたりに響く。
多分この音を聞いて直美は、怜香が今ここにいることに気がついているだろうとなんとはなしにそう思った。
怜香は、いつになくドキドキしていた。
昨日、理恵のサロンでの出来事は、これまでの怜香にない感情を呼び起こさせた。だから 怜香は今日ある決心を胸にしてここにきていた。
―静まれ心臓、落ち着くのよー
怜香は、クリーム色の壁の向こうに現れた濃いブルーグレーの玄関扉前に立ち、右手を胸に当て、目を瞑り、一息深く息を吸い込んだ。
それから怜香は、おもむろに右手にあるインターホンを人差し指でゆっくりと強く押した。
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